第45話 私達はダンサーでも生きていけるのですぅ

 夕食が出来上がり、ヒースが目を覚ますとおざなりに『いただきます』を済ませ、一心不乱に食べるのを見つめる月影が話しかける。


「お前に軽い運動と臨死体験を繰り返させて2週間経った訳だが……」

「ぶほぉ! か、軽い運動ですか!? 殺しに来てるとしか思えない訓練でしたが……」


 月影のセリフに口一杯に放り込んでいたものを噴き出し、真正面で食べてた赤月の顔にぶっかけてしまう。


 それにビビるヒースに半眼で口の端を上げる赤月が瞬間移動するようにヒースの目の前に現れ、ヒースの顎にちっちゃい中指をしならせてデコピンをすると吹っ飛ばされる。


 白目を剥くヒースに嘆息する月影は水魔法で放水させ、ヒースにぶつける事で目を覚まさせる。


 跳ね起きるヒースに1つ頷く月影は口を開く。


「相変わらず弱いままで頭が痛い所だが、次に進もうと思う」

「せ、説明の前に回復魔法をお願い出来ませんか? 感触から顎にヒビが入ってる気がするんですけど……」


 月影にヒースが吹いた事で付いた食べ物を拭って貰いながら偉そうにする赤月より、自分の方が先に処置して貰えるのが当然じゃないのかと思うヒースであるが、赤月の機嫌を損ねるのを恐れて消極的に伝える。


 手早く月影に綺麗にして貰った赤月が鼻で笑うようにしてヒースに告げる。


「唾でもつけとけ」


 その一言で終わらされ、項垂れるヒースに頷いた月影は、


「で、続きだが……」

「な、流されるんだ」


 当然のように続きを話し始めようとする月影にヒースは静かに涙する。


「人の才能というか素養だな、それが発現する場所が肉体と精神にある。大抵はどちらかに依存して開花するかどうかの話だが、肉体に発現するのが基本だ」


 月影の吸いこまれそうな黒眼に引き込まれるように泣き事を言ってたヒースの背筋が伸びる。


「だが、例外とはどこにもあり、肉体、精神のその両方を掛け合わせる事で爆発させるように成長する馬鹿もいる」


 そう告げる月影の口許が優しく弧を描く。


 振り返るといつも目を輝かせて見上げる少年を思い出す。


 そんな優しげな笑みを浮かべる月影に首を傾げるヒース。


「師匠?」

「……他にも例外があり、肉体と精神だけでなく魂まで連結させないと才能を開花させられない厄介なヤツがいる。それが俺であり……お前だ、ヒース」


 ヒースに反応を返さないの月影に再び、問いかけようとしたヒースであったが、月影に告げられた内容にビックリして目を見開く。


「えっ!? 僕が師匠と同じタイプ!」

「成長の仕方が同じだけで能力は虫けらと太陽より酷い差があるわ」


 喜びを前面に出したヒースであったが、赤月に足下に転がってた石を額に投げつけられ、悶絶するヒース。


 まだ投げようとする赤月に月影が「話が進まないから後にしてくれ」と告げられ、渋々、引き下がる赤月。


「し、師匠……あの赤月さんの僕に対する攻撃的な行動を抑えてくれませんか?」

「諦めろ。これでも赤月はお前に色々してくれている。見えない所ではあるがな」


 嘆息する月影は「赤月の頑張りに一切応えてないお前が文句言う資格はない」ときっぱり言われてヒースは魂から漏れる溜息を零す。


「この魂まで必要とするタイプは本当に厄介だ。どう解放したらいいか分からないのだからな?」


 月影に魂とはどんなのか分かるか? と問われるが「見えない何か」としか答えられないヒースであったが、月影は頷いて見せる。


「概ね、それが正しい答えだろう。俺も感覚でしか語れん。しかし、感覚であろうが自分で知覚できるようにならないと俺達のような者は能力を開花させる事は出来ない」

「じゃ、どうやって知覚できるように?」


 ヒースの質問は当然であり、月影も分かっていた。


「あるだろ? 絶体絶命の状況で隠れた能力が覚醒、という英雄物語。生と死を繰り返す事で魂との境界線を曖昧にする。臨死体験だ、何度もしただろう?」

「え、英雄!?」


 ヒースはアリア達に出会うまでボッチでノースランドにも放任されてた事もあり、暇な時間は剣の訓練と本を読むという読書の虫であった。


 当然、そういった英雄物語に胸を躍らせた。


 夢見た英雄のような素養がある事を少年らしい喜色見せるヒース。


「だが、この発現出来るのは砂丘に落とした砂糖の粒を探すような可能性だ。でなければ、戦争で押されている国から英雄が大量生産という展開もなくはないからな」


 月影に言われて、綱渡りな才能だと理解して顔を青くするヒースに月影は笑ってみせる。


「何を自信なさげにしている。お前は結果こそ英雄のように出来はしなかったが、2度、発現させてるはずだ」

「どういう事ですか?」


 目をパチクリさせるヒースに告げる。


「お前は見えない剣を手にした戦った事があるだろう? あれが偶然ではあるが発現したお前の才能だ。その時の事あった状況を口にしてみろ」


 どうして月影が知ってるのか、という疑問も浮かばない程、驚いたヒースは口早に告げる。


 最初はポロネが繭に閉じこもって時間に背を押されて必死に振るった事や、父、ノースランドが『ホウライ』に取り込まれ、『精霊の揺り籠』の地下で戦った時に手にした事を月影に伝える。


「その2回は条件が揃っていた。肉体も精神も追い込まれる状況。そして、精霊の力が強く働く空間、精霊界との距離が近いという事であり、肉体と魂の境界線が曖昧になりやすい条件としては完璧だが、2度の偶然に恵まれたが同じ事を狙ったとして次はないだろうな」


 そう、ポロネの時は精霊力を暴走させており、しかも、ダンテが精霊門を開こうとしてたのであの場は生と死の境界線の世界と言っても差し支えがない空間になっていた。


 2つ目の場所の『精霊の揺り籠』も長年、土の精霊ティリティアと土の邪精霊獣が戦い続けた精霊力の歪と言って間違いない。


 月影の見立てに3度目もあると言い返さない、言い返す事が愚かである事を何度もした臨死体験から死を軽く見れない事を身をもって知っているヒースは強い視線で月影を見つめ返す。


 それに月影は口の端を上げる事で反応を返す。


「その事情から訓練や練習など出来ない……のが普通だが、俺達は例外がある。アイツ等の存在だ」


 月影が顎で示す方法に目を向けると出番がキタァ!! とばかりに金月と水月がドヤ顔でお遊戯のような踊りを披露し、キメ顔でポーズを見せてくるのを遠い視線で見つめるヒースが月影に質問する。


「あのぉ……あの人達が凄い人なのは分かるんですけど、自己紹介の時にも歌いながら踊ってましたけど何か意味が?」

「……あれを流せるようになる事も訓練の一環だ」


 ヒースから目を逸らす月影の横顔には『突っ込み厳禁』と書かれている幻視を見るヒースは何かの能力の芽生えが始まっていると納得する。


 頑張ろう、と心で自分を励ますヒース。


「俺達はアイツ等の蘇生処置で疑似体験を繰り返す事で発現させやすくできる」


 自分の時は偶然の産物で知った事だったが、と苦笑する月影の背後に相手にされなかった金月と水月が廻り込み、必死にヒースにアピールしてくる。


 それを目の端で捉えるヒースは「反応したら負けだ」と念じるが笑ってしまいそうな自分の太股を必死に抓る。


 この静かな攻防に溜息を零す月影が懐から取り出したものを背後にいる2人に見せると強奪される。


 奪った2人は元の席に戻ると嬉しそうに舐め始める。


「今日はいつもよりご褒美が凄いのですぅ!!」

「私達のダンスのキレが良かったのですよ。この『うずまきキャンディ』で乾杯です」


 それを最後に黙々と美味しそうに飴を舐める2人に「絶対に違う」と突っ込みたいのを必死に耐えるヒースに月影が告げる。


「その境界線を体感した事により、今、お前は魂に接触しやすい状況が出来上がっている。そこで次の段階に行く事にした」


 これ以上、同じ事をしていても効果はなく時間の無駄だと肩を竦める月影の『次の段階』に言い知れない恐怖を感じる。


「えっと、さっき軽い運動と言われましたよね? 次の段階って?」

「ああ、次は失敗すれば蘇生処置が出来ない寿命死が出来る修行だ」


 その言葉に立ち上がったヒースが逃げ出すが数歩行った先で立ち止まる。


 振り返ると月影は先程と同じ姿勢でおり、ヒースの周りに逃げれないようにする処置などもされていない。


 訓練中であれば逃げようとするとそのコースを潰すように月影が何かしてくるが今回は何もしてこない。


 戸惑いを見せるヒースに月影が静かに告げる。


「逃げたければ逃げろ。それも選択だ。だが、この機会は2度こない。何故なら、もう魂と肉体の境界線を揺らす事が出来なくなるからだ」


 1度折れた骨がくっつくと前より強くなるように境界線も同じように強くなる。


 先程、月影が言ったヒースが3度目の似た状況があったとしても無理だろう、と告げた事はこの理屈からきていた。


「ヒース、お前は何の為に強くなりたかったんだ?」


 歯を食い縛るヒースの背に優しげな瞳で見つめる月影が言葉を投げかける。


「お前は守りたかったのだろう? 仲間を、友を、そして、父を。何より、そこにある想いを守りたかった、そうじゃなかったのか?」


 口をへの字にするヒースが振り返る。


「ぼ、僕は逃げない! 例え、死ぬ事になろうとも!!」


 そう叫ぶと視線の先にいたはずの月影の姿が霞む。


 ヒースは涙でぼやけたのかと思い、目を擦ると真横に力強い存在を感じて見上げようとすると腕を首に廻されてロックされる。


「よーし、聞いたからな? きっちりと死んで貰おうか。楽しい、楽しい、修行の始まりだぞ~」

「えっ、えっ!?」


 引きずられるようにして連れて行かれるヒースは楽しそうに笑みを作る月影の豹変ぶりに驚きの声を上げる。


「さすがに強制的にやるのは違うというのが持論でな、自主性を重んじるのが俺のやり方だ」

「あの優しそうな雰囲気は!?」


 演技だ、と悪びれずにシレっと言う月影に目を見開く。


 暴れ出すヒースが月影のロックを解こうと足掻くがピクリとも動かせる気がしない。


「ぎゃあぁぁ! さっきのはナシ!!」

「はっはは、男の二言は許さない、という素晴らしい持論も持っている」


 引きずられて行くヒースは今までの訓練に戻して欲しいと思えるような苦行がこれから始まる。






 ヒースに行われた事から2週間が経った頃、赤月が月影にオーブのような光る玉を差し出す。


 それを受け取った月影が覗きこむと眉を寄せた。


「どうやら、新たな動きのようだ」

「そのようだな。もどかしいが俺は動けん」


 そう言う月影が洞穴の方を見つめると釣られるように赤月も目を向ける。


「そろそろ安定期に入る、か。アイツに行かせるか」

「ふむ、心許ないがこちらには他におらんしな」


 時折、苦痛に呻く声が洞穴から聞こえてくると同時にあの2人がワアァ、キャアと騒ぐ声が響く。


 それに肩を竦める赤月が月影に抱っこをせがむように手を伸ばすので抱き抱えて肩車すると不貞腐れたように月影の頭に顎を載せてぼやいてくる。


「月の字の言うように本当に何だかんだ言いながらもギリギリで逃げんかったな?」

「まだまだ、これからだ」


 そう、まだ乗船チケットを手に入れただけだと月影は告げる。


 船に乗ってどこを目指そうとするか、そして、目指す場所を間違えず、見失わないかは本当にこれからであった。


「ふん、方向音痴で迷って1周して振り出しじゃないか?」

「俺としては世界の果てを見つけて落ちるぐらいの馬鹿をしてくれる事を期待するがな」


 月影の言葉に目を白黒させた赤月は年相応の子供のように破顔させる。


「そうじゃな、同じ馬鹿ならそんな馬鹿であって欲しいな」


 1つの可能性の芽を開かそうとする少年がいる方向を見つめながら笑みを浮かべた。

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