第68話 飴舐めても世の中舐めるな、なのですぅ

 アリア達が理想的な位置取りをし、視線を向ける先のリアナは本を片手で開いて持つ以外では自然体で見つめ返していた。


 本当にアリア達の準備が済むまで何もする気のないらしいリアナは微笑を浮かべてるのみであった。


 その余裕が不気味で待たれてるというのに思わずけんに廻ったアリア達にリアナは挑発する。


「準備が終えたら、いつ始めて下さって良いのですよ? ホーラ姉様の合図は出てますから?」

「舐めやがって!」


 そう叫ぶレイアを見下すように目を向けるリアナは失笑する。


「汚い言葉使いですね。ですが、正当な評価をしてると思いますよ?」

「がぅ、油断し過ぎ!」


 レイアに視線を向けているリアナの背後に廻ったミュウが背後から飛びかかる。


 それを見ていたダンテが「先走り過ぎだ!」と叫ぶが、残るアリア達は完全に不意を付いてると思ったようで表情を明るくする。


 しかし、リアナはチラリと視線だけでミュウを見ただけで再びレイアを見つめる。


「油断? そんなのありませんよ」


 後ろ向きのまま、左手に持つ短剣から斬りかかろうとするミュウの手首を空いている手で掴む。


「――ッ!」


 掴まれた瞬間、ミュウは左手に持っていた短剣を手放し、空中を蹴って前転するようにしてレイアがいる場所に着地する。


 着地すると左手首を押さえながらリアナを見て唸るミュウを見て微笑む。


「うふふ、良い勘をされてますね。一瞬判断が遅ければ折れてましたよ」

「ミュウ、大丈夫!?」


 駆け寄るアリアが魔法を行使しようとするが当のミュウに止められる。


「いい。関節が抜けただけ」


 一度、右手に持つ短剣を仕舞い、左手首を掴むと歯を食い縛って引っ張ってはめる。


 はめた左手の掌を開いたり閉じたりして確認したミュウは長いピンクの髪を逆立させるようにして歯を剥き出しにしてリアナを睨む。


「冷静になってミュウ! アリアとレイアも聞いて、君達が攻撃する時は息を合わせて同時、もしくは、波状攻撃に徹して!」

「さすがですね。今のを見て、即座に判断し、相手を見縊らない。貴方だけは頭が1つ、いえ、2つは抜けてますね」


 アリア達に指示を飛ばすダンテを見て、リアナは好意的な笑みを浮かべる。


 そんなリアナにダンテはプレッシャーしか感じられないようで気圧されないように歯を食い縛る。


「スゥ、お願い!」

「わ、分かったの!」


 盾を身構えて突っ込むスゥはリアナにぶつかる。


 ぶつかったスゥは盾でリアナを押し込もうとするが手応えが薄い事に目を白黒させる。


「抑えられない!?」

「はぁ……力任せに抑えるしか能がないのですか? もっと柔軟に対応出来ないとただの壁でも変わりません」


 リアナの言葉を挑発と受け取ったらしいスゥが必死に力を込めるが手応えは変わらない。




 必死なスゥを涼しい顔で対応するリアナを観戦するホーラ達は肩を竦める。


「あんな力押しじゃ駄目だとリアナに言われたからか、余計に躍起になってるようさ?」

「リアナはスゥの押す力を真正面から受けずにずらして受ける事で力を逃がしてます。アリア達は力押しする相手や格下相手しか経験がありません。相当、戸惑ってますね」


 ホーラの言葉を補足するようにテツが答え、あのまま同じ手法でやるならスゥが押し勝つ未来はないと2人は判断する。


 同じように見ていたポプリがダンテに視線を向ける。


「でも、ちゃんとダンテは気付いているみたいですよ? お手並み拝見ですね」


 微笑むポプリの言葉を聞いていたのかと思わせるタイミングでダンテが指示を飛ばす。


 それを見たホーラとポプリが首を振る。


「ダンテの判断は悪くないさ。しかし……」

「スゥの実力が追い付いてませんね」




 リアナを力押しで抑えようとするスゥにダンテが指示を出す。


「意地になって良い事ないよ。スゥ、光文字に切り替えて!」

「クッ! 分かったの!」


 剣を仕舞って、抑えつけるリアナから飛び離れ、光文字を行使し始めたスゥを見てダンテが驚きの表情を浮かべる。


「スゥ! 何を!」

「本当に周りが見えてませんね。抑えるのを止めて少し離れた所で光文字を使おうなんて馬鹿ですね。ええ、馬鹿です」


 光文字を書き始めていたスゥに再接近したリアナが足払いをかけて倒れゆくスゥのウェーブがかかった赤髪を鷲掴みにすると地面に叩きつける。


 叩きつけられたスゥが起き上がる素振りを見せるのを見て、リアナがちょっと感心した表情を浮かべる。


「今ので意識を刈り取られませんでしたか。打たれ強さはさすが盾職ですね」


 何か言い返したいが何も言えずに盾を身構えるスゥの背後からダンテが叫ぶ。


「アリア、レイア、ミュウ、お願い!」

「おう!」


 今の状態ではスゥが畳み掛けられると判断したダンテがアリア達の同時攻撃を指示する。


 同時に三方向から攻撃するアリア達はリアナの逃げるルートを潰すように襲いかかるがリアナの余裕の表情を崩す事は出来なかった。


 リアナは自分が持つ本に指を這わせる。


「シールド」


 アリア達の進行方向に見えない壁が現れ、勢いが付き過ぎてぶつかる。


 ぶつかったアリア達がシールドを避けてリアナに順々に襲いかかる。


「3人とも、それじゃ駄目だ! 一旦、引いて!!」

「まったく、1,2,3のはい、としないと息が合わせられないのですか?」


 最初は同時攻撃をしようとしてたアリア達であったが、シールドで阻まれた事で生まれたズレを気にせずに攻撃をしかける。


 その生まれたズレを見逃さないリアナは先駆けるミュウ、レイア、アリアの順に見事な体捌きで地面に叩きつけていく。


 倒れるアリア達を踏み抜く事でトドメを刺そうとするのをダンテが阻止する。


「させない!」


 高速で水球を生み出すとリアナに放つと再び、シールドを発動させるがダンテの水球に打ち負ける。


 しかし、そのタイムラグでリアナはアリア達が居る場所から飛び離れる。


 精神集中するダンテが見つめるリアナは本当に感心するように見つめた。


「貴方の本による魔法の行使は一定以上の力は引き出せないようですね」

「さすが、このパーティの司令塔。今の2回のやり取りでそこまで見抜きましたか……その通り、どんな強い魔力を持とうが逆に弱々しい魔力だろうが等しく同じ力しか発揮しません」


 ダンテを好意的に見つめるリアナは「ユウイチ様も貴方を褒めてましたよ。噂違わぬ判断力、素晴らしい」と絶賛する。


 褒められた事は嬉しいが息も切らす事も出来ず、何より1度として攻撃を当てられないリアナに恐怖が募り始めるダンテ。


「そうと分かれば、魔法の力押しで状況を覆せる!」


 そう叫ぶと同時にダンテの周りに水球が数十個生まれる。


 生まれた水球を目を細めてみるリアナに目掛けて全弾発射するダンテ。


 リアナが本の文字に指を這わせる。


「ストーンウォール」

「無駄だ! いくら苦手属性とはいえ、僕のウォーターボールを退けない!」


 これが突破口にするという気合いを込めて叫ぶダンテはストーンウォールが出来上がる間際に見せた表情に愕然とする。


 垣間見たリアナは自信溢れる笑みを浮かべていたからであった。


 ダンテが放った水球は土壁を沿うように明後日の方向に飛ばされる。


「しまった……やられた!」


 すぐに魔法を唱える体勢に入るダンテは先程のスゥがされた事を同じ事をされた事に舌打ちする。


 生み出した土壁を真正面で受け止めず角度を付けて受け流されたのである。


 いくら受け流したとはいえ、魔力が込め方が甘い土壁では全てのダンテの水球を凌げなかったようで崩れ始める。


 しかし、崩れた先にはリアナの姿はなく、背筋に冷たい汗を感じたダンテは追い立てられるように魔法を唱え始める。


 魔法を唱え始めたダンテの耳元で声が聞こえると同時に人の気配に一瞬固まる。


「判断力、そして、次への予測と行動。やはり、貴方だけは油断しなくて良かった」

「くっ!!」


 ダンテの背後を取ったリアナは絡み付くように本を持ってない右腕を首に廻す。


「ダンテ、貴方に落ち度はなかったですよ。あったのは貴方の壁であり、腕であるべき者達が無能過ぎた」

「まだだ! 水ろ……」


 そう言うリアナがまだ立ち上がれてないアリア達を軽蔑するように見つめる。


 諦めないとばかりに水牢を発動させようとしたダンテの首を右腕一本で締めあげる。


 細い腕が頸動脈を締め上げるリアナにより、ダンテの顔色が一気に悪くなる。


「諦めない気概は買いますが私に組み付かれた時点で負けです。ユウイチ様はこう言いました」


 白目を剥いて気絶したダンテを地面に優しく下ろすリアナは手にしていた本を閉じて懐に仕舞う。


「馬鹿兄は10年に1人の逃げ足の持ち主、そして、私を100年に1人の関節技の天才だと」


 顔だけ上げるアリア達が絶望を感じるような表情を見せる。


 そんな様子を見せるアリア達に苛立ちを一瞬見せるがすぐに無表情になるリアナは掌を上に向けてクイクイとアリア達にかかってこいと言わんばかりにする。


「貴方達はダンテのように優しくして貰えると思わないように? 貴方達がどれだけ世の中を舐めているか体で教えてあげましょう」


 視線に殺気を宿らせるリアナを見て、ホーラ達は妹達がどうするか、と静かに見つめた。

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