第59話 名誉返上のチャンスを……あれれ、なのですぅ?

 抱えるリアナをソッと下ろすテツは静かに梓を抜き放つ。


 そして、沢山の兵を壁のようにする雄一を睨みつけるテツに雄一は舌打ちを鳴らし、青竜刀を横に薙ぎ払う。


「テメエ等、あの白髪エルフを近寄らせるな!」


 雄一の指示は絶対とばかりに頷く兵士達がテツに向けて武器を構える。


 そんな行動を取られる事が侮辱だと言わんばかりに眉間に皺を寄せるテツが雄一に梓を突き付ける。


「そんな方法で俺の足を止められると本当に思っているのかっ!!」


 前傾姿勢になったテツが飛び出す間際になって頬を赤くし、呆けてテツを眺めていたリアナが我に返る。


 我に返ったリアナと飛び出したテツが同時でリアナは声を張り上げる。


「お待ちになってください、テツ兄様!!」


 その叫びに兵士を斬りかかった動きを直前に止めたテツがバックジャンプして元の場所に帰ってくる。


 雄一を睨みつけていた気迫を心持ち弱める事に成功させた眼差しをリアナに向ける。


 弱められたとはいえ、一般人なら気絶しかけない気迫に身震い1つさせただけで耐えたリアナは毅然とテツを見つめる。


「何故、止める? そして、君は誰だ」

「わ、私の名はリアナ、この国の王女です。テツ兄様が取ろうとされる行動はある意味、相手の思うつぼだからです。お気付きのようですが、あの男はユウイチ様ではありません。あの男のいくつかある目的の1つにユウイチ様の名を貶める目的があるのです」


 リアナの言葉にテツの眉がピクリと跳ね上がる。


 少々、頭に血がのぼっていた事に気付いたテツは呼吸1つで気持ちを切り替えると続きを促す。


 デングラからも聞いた雄一の救国の話から、王家から離れた国民の心は雄一に依存気味になっている事、そして、ここにいる兵のほとんどが雄一の役に立てると妄信してる若者が大半である事を伝える。


「ユウイチ様と信じてる男が主導する行動が失敗に終わり、魔物が暴れる結果になれば、当然のようにあの男に助けを求めるでしょう。そこで見捨てるなり、追撃をかけるようにすれば……」


 そう言ってくるリアナが「心の支えを折られた時の人ほど脆いものはありません」と告げられ、テツは苦虫を噛み締めるように歯を食い縛る。


 テツ達も雄一を失った時の事を思い出す。


 何を信じて生きていけばいいか分からなくなったあの虚無感のどうしようもなさを思い出すだけで胸を掻き毟りたくなる。


 それだけで膝を付いてしまう者達がきっと続出するだろう。


「その結果、きっと国は荒れるでしょう。ですが、そうする理由、あの男にどんなメリットがあるか分からないのです」

「今、聞いた話で俺はだいぶ分かったよ。あの男の背後に居る者、目的、そして、あの偽者の正体もね。となると君の言う通りにしないと本当にマズイ事になる」


 テツが真実に近づき、苛立ちを見せたのが嬉しいのか口の端を上げる雄一を憎たらしげ睨みつけるテツを驚いた様子で見つめるリアナ。


「ほ、本当ですか、テツ兄様!?」

「ああ、それと君が兵士を斬ってはいけないという理由は生き証人が沢山欲しいという解釈でいいかい?」


 そう言ってくるテツを熱を帯びた視線でコックリと頷くリアナ。


「はい、仮にあの偽者を排除しても事実を告げても私達、王族、テツ兄様達が証言しようが残念な話ですが信を得られません。それほど王家の信頼は失墜しております」


 目を横に向けた先にいる父、グラ―スをテツを見つめる時と真逆でゴミを見るように見るリアナが嘆息する。


 他にも若者達の大多数が参加しているので極力、無傷で済ませたい。国力低下に繋がる為であった。


 熱い吐息を吐くリアナがテツにすり寄るように近寄ろうとするが半眼のアリア達が間に割って入る。


「はいはい、説明有難うなの」

「テツ兄さんは私達のお兄ちゃん」

「だから、アタシ達のテツ兄を『テツ兄様』って呼ぶな」

「がぅ、テツに時々、オヤツを買って貰えるのはミュウだけでいい」


 通せんぼするように両手を広げる者、犬を追い払うように手を振るような事をしてリアナを遠ざけようとする。


 テツの妹ポジションはこれ以上要らないとばかりに鉄壁の死守するつもりのようだ。


 歯を剥き出しにして威嚇し合う少女達からソッと目を逸らすテツの視線の先の雄一もどことなくビクついている。


 何やら、納得しそうになりかけてるテツの背後からダンテが声をかける。


「テツさん、いいですか?」

「ああ、ダンテ……もしかして、ヒースかい?」


 ダンテの隣にいる少年をマジマジと見つめたテツが質問すると頷くヒース。


 テツも見慣れない人物がいるとは思っていたがデングラの知り合いぐらいにしか思っていなかったが間近で見て初めてヒースと気付いた。


「はい。1カ月音沙汰なしで申し訳ありませんでした」

「その話は後にしよう。ダンテ、状況説明を」


 テツはダンテに説明を求めながらも雄一の動向に意識を割き、兵士達を目で威嚇して足止めする。


 ダンテは侵入してからの話を簡略して伝え、今は雄一が通せんぼする先にある召喚用の魔法陣を破壊して魔払いを行う事を伝える。


「魔払いはどうするんだい? ダンテがする術があるのかい?」


 そう聞くテツの言葉にダンテが反応する前にアリア達と睨み合ってたリアナが喜色を見せて手を上げてみせる。


「はいはい、私が出来ます。きっとお役に立ってみせます……ここのボンクラ妹達と違って!」


 そう言った瞬間、アリア達の目の据わり方が増し、再び睨み合いを開始する。


 更に怖さが増した事にテツとダンテとヒース、物影で隠れていたデングラも1人でいるのが怖くなったらしくアリア達に背を向けて集まる。


「魔払いの件はクリアした。魔法陣は放置出来ない状況……しかし、あの偽者はユウイチさんと比べられない程に力の差があるとはいえ、かなり強い」

「そうですね、二手に別れるのが定石ですが……そんなに強いんですか?」


 焦れた兵士が数名が突進してくるがテツがその手前の地面を薙ぎ払うと吹き飛ばされて兵士達が一歩後ろに下がる。


 また小康状態に戻ったのを確認したテツが頷く。


「まあね、何せ、あの偽者は複製だと思う。ダンテも見ただろう? カラシルの研究所で」


 テツに言われたダンテが思わず大きな声を上げる。


 一緒に聞いていたヒースも思い出し、「ミュウが見つけた本か」と苦々しく呟く。


 そう、カラシルの研究所の隠し部屋の中でミュウが発見し、スゥが朗読した本にそれに触れている一文があった。


 後発組のホーラ、テツ、ダンテも調べて廻り、その資料を読んでいた。


 目の前の雄一が油断ならなさの度合いが跳ね上がった事を知ったダンテは難しい顔をして腕組みをする。


 それを見つめていたヒースがテツに視線を向ける。


「テツさん、あの偽者を僕に任せてくれませんか?」


 言ってくるヒースをテツはジッと見つめる。


 緊張はしてるようだが、気負いせずに以前と比べて落ち着きと自信を感じさせるヒースを見つめる。


「やれるのかい? 見たところ腕を上げたようだけど本当に強いよ?」

「やれる、と言えれば格好いいでしょうけど……ですが、テツさんが王女を魔法陣に連れていき、事を終えて帰ってくるまでは持たせてみせます!」


 目力を強めたテツの視線を受け止めるヒースの変化にテツは笑みを浮かべる。


「テツさん……醜態を晒し続けた僕ですが、もう1度だけ、もう1度だけ……僕にチャンスを! 汚名返上のチャンスをください!」

「……ダンテ、アリア達と協力してヒースを援護してやってくれ」

「はい、テツさん!」


 嬉しそうにするダンテと深くテツにお辞儀をするヒース。


 お辞儀し続けるヒースの肩を叩いてダンテが声をかける。


「このチャンスをモノにするよ!」

「うん!」


 お互いの拳を叩き合うダンテとヒース。だが、ヒースの拳が硬かったのか、イレ込んでいたのか分からないがダンテの拳からペキという情けない音がするとダンテは涙目になって拳を撫でる。


 ダンテに謝るヒースを横目に見るテツがアリア達と威嚇し合うリアナの傍に行くと再び、お姫様抱っこをする。


「あわわっ! テツ兄様!?」

「あああ!」


 お姫様抱っこをされて、見て騒ぐ少女達に特別反応を見せないテツがアリア達に視線を向ける。


「アリア達はダンテの指示を受けてあの偽者の足止めを」

「……はーい」


 嬉しそうにするリアナに不満はあるがテツの指示に逆らう気もないアリア達は不承不承ではあるが頷いてみせる。


 リアナをお姫様抱っこするテツが兵士達に近づき、胸にいるリアナに質問する。


「怪我程度なら構わないな?」

「はい!」


 頷くリアナを見た後、更に抱き抱えるようにするとさすがにリアナが恥ずかしいのかワタワタし出す。


「暴れないで。必ず、君を無傷であの包囲網を突破させてみせる!」

「は、はい!」


 もうこの状況を楽しんでしまえ、と割り切った様子のリアナがテツの胸元をギュッと抱き着いて嬉しそうに目を瞑る。


 テツがする行動を隠さずに雄一に聞こえる声量で口にしたのを聞いた兵士達に緊張が増し、背後に控える雄一は馬鹿にするように口の端を上げる。


「調子乗り過ぎだろ? こいつ等を突破しても俺を抜けると思ってるのか?」

「ああ、容易い事だ」


 力みを感じさせないテツがそう言い放つとテツの周りに青い風が舞い始める。


 そして、体をしならせるようにして前傾姿勢になる。


「いくよ、なるべく体を小さくして俺に密着して」

「はい、よろしくお願いします!」


 本当に幸せそうにするリアナがテツの胸に顔を擦りつけるようにする。


 リアナが歯を食い縛る素振りを確認したテツが飛び出す。


「テメエ等、突進を止めろ! ヤツは武器を抜いてない、体ごとぶつけて止めるんだ!」


 雄一の指示を盲目的に実行する兵士達が突進するテツに向かって密集して特攻する。


 前を走る仲間を押し潰すかもしれないという発想が浮かんでないように後ろからどんどん突っ込んでくる兵士達を見つめるテツが目の端に映った身なりから国王と判断したグラ―スを見て唾棄する。


「こんな簡単な想像もつかない新兵を前線に出すとは……なんて愚かなんだ!」


 とはいえ、加速を緩めるつもりがないテツは何でも勢いだけでやれば良いという間違った発想を体で覚えろと言わんばかりに更に加速する。


 テツと兵士達がついに激突した瞬間、テツを覆う風が弾丸のように旋回しており、掘削するドリルが道を切り開くように進み、兵士達は明後日の方向に悲鳴を上げて飛んで行く。


 離れていた兵士もテツが生み出す風の余波で壁に叩きつけられ、雄一までの道が開かれると眉間に皺を寄せた雄一が歯を見せて唸る。


「使えないゴミだ! だがな?」


 疾走するテツを見て笑みを浮かべる雄一。


「お前は速い。しかし、離れた位置から見てた俺はお前の速度に慣れ、捉えている!」


 突進してくるテツに向かって青竜刀を振り上げる。


 だが、その青竜刀を見つめるテツの視線に大きな変化はない。


「捉えたら、後はそのタイミングに振り下ろす簡単なお仕事さ!」

「本当に捉えているならな?」


 そう呟くように言うテツに向かって確信した様子の雄一が青竜刀を振り下ろす。


 振り下ろした青竜刀が当たると思った瞬間、テツの姿が掻き消え、青竜刀は空振り地面を抉る。


 雄一の脇に風が通ったような感覚を感じ、振り返るとリアナをお姫様抱っこするテツの姿に目を剥く。


「クソッタレがぁ!」


 目を血走らせた雄一が背を向けるテツを睨みつける。


「あそこから加速出来るのかよ! どんなインチキした!」

「……やっぱり、お前はユウイチさんと比べる価値ないな」


 振り返るテツの路傍の石を見るような視線を向けられた雄一は仰け反る。


「本物のユウイチさんなら、あそこから俺が更に加速すると読んで確実に捉えたからな」


 悔しさから地面を踏み抜く雄一から再び背を向けるテツが呟く。


「俺は風。風は一定に吹きはしない」


 雄一を無視するようにテツは奥の通路に歩を一歩進めた。

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