第38話 お兄ちゃん、ついに私の出モゴモゴ……

 『ホウライ』絡みの一戦から半日が経った頃、ホーラ達はレイアとヒース以外が目を覚ます。


 目を覚ました各自が自分のコンディションを確認して問題ないと分かると起きない2人に目を向ける。


 外から見る限り、傷らしい傷があるようには見えないが深い眠りなのか、全く目を覚ます様子がなかった。


 やる事はやり切ったとばかりに今度こそ寝ようとするティリティアの耳を引っ張るアリアが痛がるのを無視して質問した。


「この惰眠精霊、略して惰霊、どうしてレイアが起きない?」

「いたたた、これでも四大精霊の一柱ですよ? もう少し扱いを……惰霊? 初めて言われたんですけど!」


 文句を付けてくるティリティアに拒否権はないとばかりに両頬を掴んで引っ張り出すアリアに泣きながら許しを請う四大精霊の一柱。


 説明すると言ってやっと解放されたティリティアの話だと、レイアとヒースの精神的ダメージはホーラ達と比べて酷く、特にヒースのは深刻なレベルだと説明される。


 その為、寝る時間を魔法で延長する事で精神的な癒しを期待しているそうだ。


「身体的な癒しは出来るけど、こういう精神的な癒しはねぇ……こういうのはアクアの得意分野なんだけどね」

「確かに……そうでしたね……」


 そう答えるダンテは以前、姉のディータに滝壺に放り込まれてシホーヌとアクアに助けられ、息を吹き返した時に恐慌状態に陥ったがそれを癒してくれたのがアクアであった事を思い出す。


 ティリティアの話を聞いたスゥは、『ホウライ』戦のヒースの普段とは明らかにチグハグな行動、言動が目立った事を思い出して納得した事を確認するように隣に居る者に「どう思う?」と問いかける。


「がうぅ?」


 明らかに話を聞いてなかった様子のミュウがビーフジャーキーを咥えながら首を傾げてくるのを見たスゥは聞く相手を間違えたとばかりにダンテを探して質問し直す。


「レイアが心理的ダメージを受けてる理由は分かるの。勿論、ヒースも分かるけど、それを加味してもおかしく感じたの」

「うん、それは僕も感じた。ザガンに来てから精神的に追い詰められてたのは分かるんだけど……]


 見る影もない故郷がスラム街状態で、我が家にあったヒースの心の支えでもあった母親の肖像画は無残な姿を晒し、父が『ホウライ』に乗っ取られショックを受けた。


 それが契機になった失敗によりテツに助けられた事などで疲弊していった事はダンテは冷たい言い方をするならば、想定内であったと言うのを聞いていたホーラ達も顔を見合わせる。


「それが全ての原因でトチ狂った行動をコイツが取ったんじゃないのさ?」


 そう言うホーラが寝てるヒースを顎で示して言うのをアリア達も頷いてみせるが、テツだけは黙ってダンテの様子を見つめる。


 顎に手を添えるダンテが難しい顔をしながら、アリアとレイアを交互に見た後、被り振る。


「原因は正直、推測の領域にもいってないから口に出来ないけど、でも、僕が知るヒースはテツさんに助けられた事を本当に感謝と後悔を混ぜ合わせて苦しんでいた。だから、お父さんの体を使う『ホウライ』との戦いは最初の方は連携を取れてた」

「まあ、そうさね。最初から突っ走るか、剣も握れないんじゃないかと勘繰ったのは間違いないさ」


 そう言うホーラはダンテに続きを促すが被り振られる。


「適当に言っていいとは思えないんです。しばらく時間をくれませんか?」


 申し訳なさそうにホーラを見つめられ、困ったように眉を寄せるホーラがテツを見つめると頷かれ、肩を竦めると了承する。


 ホーラが認めた事により、この話は一旦終わりという事になった。


 仕切り直しだと言わんばかりにダンテが軽く手を叩く。


「それよりもこの後の行動をどうするかです。肝心な『ホウライ』の行方は分かりません。何から手を付けたらいいやら……」

「ん~、マサムネちゃんに会ってきたら?」


 起こされて、ちょっと不機嫌気味のティリティアが、どうせ起きてるなら、と寝床を魔法で製作しながら言ってくる。


「どうして、マサムネさんなの?」

「訓練所の場所を聞いてきたらいいんじゃ?」


 スゥの質問に答えたティリティアに言われた瞬間は、いい話だと思ったホーラ達であったが首を横に振る。


「確かに地力を付けたいとは思うの。でも、そんな事してる場合じゃ……」

「違う、違う。『ホウライ』ちゃん? の目的は四大邪精霊獣の力だから、訓練所を巡って邪精霊獣と戦っていれば会えるんじゃない?」


 何でもなさそうに言ってくるティリティアの言葉にホーラ達は驚く。


 確かに言われてみれば、その可能性は大きい、と気付く。


 気付けば、立派な寝具を完成させたティリティアがベッドに入ろうとする背にダンテは声をかける。


「ティリティアさん、有難うございます。早速、行ってみます!」

「はいはい~、いってらっしゃい。感謝はいいから、しばらく起こさないでね?」


 可愛らしく欠伸をするティリティアにお辞儀をするダンテが振り返るとホーラがレイアを抱え、テツがヒースを抱える姿があった。


「すぐに出発するさ?」


 ホーラの言葉に頷くダンテ達はホーラとテツを追いかけるように歩き始める。


「ん?」


 一緒に歩き出したと思ったアリアが足を止めてテツの背に担がれるヒースを口をへの字にして見つめている事に嫌な予感に囚われる。


 そのアリアに声をかけようとしたダンテだったが、すぐにいつもの無表情に戻り、歩き出したので置き去りにされる。


 前を歩くアリアを小さな声で呼ぶが反応を示さない事にダンテも眉を寄せながら困った顔をしながら追いかけ始めた。







 『精霊の揺り籠』から出たホーラ達はソリに乗り込み、『試練の洞窟』へと走らせた。


 走らせていくらもしない頃、眠っていた2人の内、レイアが目を覚まして、少し騒ぎになったが特に大きな問題もなく収まる。


 しばらくソリを走らせて夕方から夜に替わった頃、『試練の洞窟』に到着した。


 それに合わせたかのようにヒースも目を覚ましたが、レイアとは非にならない興奮状態にホーラ達は驚かされる。


 ガバッと起きたヒースが辺りを見渡して、外に出た事に気付くと手近にいたレイアの両肩を掴み、レイアとアリアを交互に見つめながら喚き散らす。


「お父さんの想いを叶えないといけないんだ! あの剣を僕に使わせて!! レイアとアリアが居れば使える気がするんだ!!」

「いたた、痛いってヒース。落ち着けよ、使わせてって言われてもどうやったらいいかアタシも分からないんだから!」


 激情に流されぱなしのヒースに舌打ちするホーラが「落ち着きな」と言っても聞いてる様子がないので、もう一度、力ずくで寝かせようとするが、そっとテツに止められる。


 下唇を噛み締めて血が流れるヒースが頭を下げる。


「分からないなら分かるように試させて、お願い!」

「えっと、アタシは別にいいけど……」


 そう言うレイアが背後にいる双子の姉、アリアが口をいつも以上にへの字にするのを見て溜息を吐くがそれが見えていない、いや、見てないヒースはアリアにも頭を下げて頼む。


 頼むヒースにかけられた言葉は激情に駆られたヒースに冷水を被せるものであった。


「いや……! 例え、使い方が分かっても、ヒースには使わせたくない」


 アリアが我が身を守るように胸を抱く仕草をして一歩後ろに下がる。


 目を点にするほど驚いたヒースが落ち着いた感情がぶり返らせ、レイアから離れ、アリアに詰め寄る。


「ど、どうして!」

「どうしても、へったくれもない。多分、レイアの様子を見る限り、同じ感覚を味わっている。あの剣を使われる事は裸を見られるより辛い。心を弄られているようで不快」


 アリアの言葉を聞いたホーラとスゥは同じ女であり、アリアが言いたい意味がニュアンスで理解する。


 レイアも黙って、アリアの言葉を否定してこない。


「アイツを殺せるなら我慢してもいい、と思いもあった。でも、私はどうしても許せない事がある」


 アリアが本当に怒っているが、ホーラ達ですら初めて目にする表情で黙って見つめる。


 レイアですら、『マッチョの社交場』の店主のミチルダに預けられた時に怒られた以来だが、あの時よりも激しく感じる。


 アリアの剣幕に生唾を飲み込むヒースにアリアは告げる。


「テツ兄さんにあれだけフォローされて貴方に何が出来た? 私は死の淵を突き進むようにして貴方を助けようとするテツ兄さんにどれだけ心配したか分かる? 本当に立ってるのが不思議な状態だった!」

「そ、それは……」


 今度こそ、一時の激情が鎮静化させたヒースが悔しそうに俯く。


 俯くヒースに遠慮せずに追撃をするアリア。


「貴方には何も出来ない。仲間として信用も出来ない。私に近寄らないで!」


 手を振り払うようにして言うアリアを顔をクシャクシャにするヒースが背を向けて、この場から走り去る。


 それを見たレイアが、アリアの名を叫ぶがアリアはレイアの視線から逃げるように地面を見つめる。


 舌打ちしたレイアが走り去るヒースを追いかけようとする。


 だが、そのレイアの肩をテツが優しく押さえ、被り振りながらレイアを連れてアリアの前に向かう。


 テツが前に来ると怒られるのを恐れるように身を硬くして俯くアリアを苦笑いで見つめるテツは優しげに話しかける。


「うん、アリアも言い過ぎた事にちゃんと気付いてるみたいだね。俺を心配してくれた事は本当に嬉しい。でも、これはヒースに頼まれてした事じゃない。俺がそうしたいと思ってした。俺自身の意志だ」


 アリアの頭をクシャと撫でるテツがアリアと目線を合わせるように中腰になり微笑みかける。


「2年も一緒に生活してたヒースに『仲間としても信用出来ない』は悲しいよね? アリアも勢いで言っただけで本心じゃないんだろう?」


 テツの言葉に小さく頷くアリアに笑みを深める。


「じゃ、ごめんなさい、しないとな?……ダンテ、少し時間を置いてアリアに付き添ってヒースに会いに行ってくれないか?」

「はい、分かりました」


 快く受けてくれたダンテにテツは礼を言うとアリアをスゥに預け、横でどうしたらいいか分からなくなっているレイアの頭もクシャっと撫でる。


「挟まれて辛かったよな? 大丈夫、仲直りは出来るよ」

「本当、テツ兄?」


 ああ、と迷いのない笑みを浮かべるテツに少し安心した様子のレイアに近寄るミュウが肩を叩いて肩に腕を廻してくる。


「ミュウのビーフジャーキーやる。元気だせ」

「はぁ……落ち込んでても良い事ないよな?」


 ミュウから貰ったビーフジャーキーを齧り、ミュウも自分用を取り出すと笑みを浮かべ合いながら離れていく。


 それを見送るテツの頭を叩くホーラが呆れるように言ってくる。


「まったくアンタは昔からウチのガキ共の人気者さ? こういう役はアタイには向いてないから助かるさ」


 そう言って手を振って離れるホーラは「先にマサムネの様子を見てくるさ」と告げて『試練の洞窟』に向かう。


 1人になったテツはヒースが走り去った方向を見つめる。


「ヒース、自分に負けるなよ?」


 その声は吹いている風に流される事もなく掻き消えた。





 アリアの言葉に打ちのめされたヒースは砂漠に走り去り、岩壁に囲まれた場所で1人で立ち竦んでいた。


 ブルブルと震え出したと思ったら、目の前の岩壁を素手で殴り始める。


「僕は弱い! どうして弱いんだ! つ、強くなりたい!! 強くなりたい!!」


 今まで一生懸命に自分を鍛えてきた日々を思い出しながら、岩壁を殴り続ける。


「足りなかった。全然、足りてなかった! 僕は願いを思う事すら許されてない……仲間を語る事も……」


 アリアに言われた言葉を思い出しながら、力なく地面に両膝を付き、血で濡れた拳で地面の砂を掻き毟る。


 声を殺して涙を流すヒースが地面を両手で叩きながら絞り出すように言葉を洩らす。


「嫌だ……何も出来ない自分が嫌だ! 強くなりたい! ホーラさんよりも! そして……テツさんよりも!!!」


 ドン! と全開の力で地面を叩き、砂塵が舞う中、泣くヒースの声しかなかったところに違う音が混じる。



「強くなりたいか?」



 大きな声ではないのに良く通る威厳がある声なのに、ささくれ立つヒースの心に平静を与える不思議な男の声がした。


 少し冷静になったヒースが辺りを見渡し始め、岩壁を見上げるとそこに人影があった。


 そこには4人の姿があり、4人とも忍者装束を纏い、ヒースには見慣れない格好の者達を発見する。


 中央に立つ大男、黒い長髪を無造作に縛り、口許は布で隠し立つ偉丈夫は全身、黒づくめであった。

 体格が一番の特徴に思えるがヒースには何より、男の瞳に宿る厳しさと優しさが同居する不思議な眼差しが印象的であった。


 その両脇を固める左側には金髪の少女が髪の頭頂部の一房の髪を風もほとんど吹いてないのに自己主張が激しく回転させ、 空色の瞳に無駄に自信ありげに、ムフン、と言いたげの表情でヒースを見下ろすピンク色で統一された忍者装束着ている少女。


 逆の右側に立つ青い髪のボブカット風の髪型をする青いというより蒼い瞳を少女というより女性というのがピッタリの大人の余裕を見せる笑みでヒースを見つめるが、僅かな風で揺れた自分の髪の毛が鼻を擽ったせいか可愛らしいクシャミ「クチュン」と言わせて鼻を噛む姿で台無しな彼女は青色の忍者装束を纏っていた。


 最後に赤い忍者装束を纏う4歳ぐらいの金髪の幼女が大男に肩車されていた。


 ピンク色の忍者装束を纏う少女の妹と思えるほど良く似た幼女が下から見上げるヒースを小馬鹿にするように見つめる。


 目に映る4人組を見て現実逃避しかけるヒース。まるで、気付けば、異空間にでも放り込まれてた、かのような感覚に襲われ、先程までの激情が嘘のように落ち着いている事にも気付く。


「あ、貴方達は誰なんですか?」


 問いかけるヒースをジッと見つめる偉丈夫の男は何も答えない。脇を固める2人も何も言わない。


 どうしたらいいか分からないヒースが同じ質問をしようとした時、偉丈夫の男が口を開く。


「先に質問したのはこちらだ。強くなりたくないのか?」


 そう問われたヒースは自分の意志ではなく自然に口を閉ざす。


 今、置かれている状況が理解出来ずに混乱し出すヒースは生唾を飲み込む。


 そんなヒースに嘆息する様子を見せる偉丈夫の男に気付くとヒースは何故が背筋が伸びる。


 少し目を細める偉丈夫の男から発せられる威圧が強くなる。


 見つめられてるだけで指先から震えるヒースに月をバックに偉丈夫の男が再度、問う。


「もう1度、問おう。少年、強くなりたいか? 身も心も」


 その言葉に震えを感じるヒースは内なる衝動に背を押されるように「はい!」と腹から出す力強い返事を返していた。


 ヒースの言葉を聞いた偉丈夫の男の布で覆われた口の端が上がったように見える。


 そして、偉丈夫の男を先頭に岩壁から万有引力を無視したようにゆっくりと降りてくる4人に『気を付け』をして待つヒースの下にやってくる。


 ヒースの目の前にやってくると見下ろす偉丈夫の男。


「望み通りに強く鍛えてやろう……死んだほうが楽だと思えるほど楽しくな」


 恐怖から泣きそうになっているヒースを布越しでもはっきりと分かるレベルで口の端を上げて笑みを作った。




 2章 了

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