第37話 テツ、体がいくつあっても足りない、人気者なのですぅ

 ザバダックが口に仕込んでいた爆弾で『ホウライ』を道連れにしようと自爆し、辺りは粉塵で視界が奪われ、高い天井からは、まばらに落石も起こっていた。


 膝を付いて泣きじゃくるヒースの目の前にザバダックの血が付いた服の切れ端が落ちてきて、それを胸に抱くようにキャッチする。


 そして、行き場のない想いを叩きつけるように拳で地面を殴り始める。


 実の父と育ての親を同時に失ったヒースの悲しみに何も言えない、いや、なんて声をかけたらいいか分からない。


 それでも拳が割れ、血が噴き出すのを見たダンテが辛そうにしながら近寄ろうとした時、ホーラとテツが後方に飛ぶようにして身構える。


 遅れてミュウも唸り声を上げてホーラ達が見つめる先を睨むのを見たダンテが最悪の想定を考え、地面を殴りつけ続けるヒースを羽交い締めにしてアリア達の場所へ力ずくで引っ張っていく。


 ダンテがアリア達に合流したタイミングで舞う粉塵が突風で吹き飛ばされる。


 そこから荒い息を吐き、全身から血を流す『ホウライ』の姿が現れた。


「あ、危なかった……力の制御が後少し足りなかったら本当に終わるところだった」


 どうやら命を拾ったのは本当にギリギリだったらしい『ホウライ』はホーラ達、特にテツを牽制しながら、ゆっくりと後ろへと下がり出す。


 ジリジリとホーラ達も近寄るが幽鬼のように立ち上がるヒースが『ホウライ』を見つめる。


「どうして生きている……お父さんと爺が命を賭して……どうして、お前だけ生きている!!」


 腰にあった自分の剣を抜いて気を這わせて振動させると直線的に『ホウライ』に突撃するヒース。


「駄目だよ、ヒース!」

「たく、あの馬鹿ガキが!」


 制止しようとするダンテと舌打ちするホーラに見送られる形で飛び込むヒースは体ごとぶつかると言わんばかりに突き刺しにかかる。


 ホーラやダンテだけでなく、ヒースの行動にびっくりしたアリア達もこの後、ヒースがやられる未来視を見たように目を瞑りそうになる。


 しかし、飛び込んでくるヒースを忌々しいとばかりに睨む『ホウライ』が緩慢な動きで回避行動に移る。


 胸の真ん中を狙っていたヒースの剣は『ホウライ』の肘先から無くなった方の肩を貫く。


 痛みに苦しむ『ホウライ』が突き刺した事で止まったヒースを蹴っ飛ばす。


「えっ!?」


 その様子を見たダンテが声を上げる。


「どうやら、本当に余裕がないようだな」


 ダンテだけでなく、ホーラ達も思った事を代弁するテツが梓を構えて「決めるぞ!」と精神体で透ける姿の梓に言い、梓も力強く頷く。


 ホーラ達もここで決めると目力を強めて構えるなか、悪あがきするように『ホウライ』が空中に逃げようとする。


「逃がさん!」


 追走するように飛ぶテツが『ホウライ』に肉薄する直前に、しわがれた男の声が響く。


「悪いのぉ? させる訳にはいかんわ!」


 その声と共に『ホウライ』の背後の闇から生まれたのかと思わせる現れた方をする武士装束の老人が野太刀で梓と打ち合い、テツは元の位置に飛ばされる。


 飛ばされたテツは一回転して元の位置に着地して驚いた様子で呟く。


「貴方は……!」


 テツだけでなく、絶句するホーラ達も目の前の老人を見つめる。


 突然現れたのは、カラシル戦の最後の絶体絶命だったホーラ達を結果助けた老人であった。


 ホーラ達を小馬鹿にするように見つめる老人は背後にいる『ホウライ』に言う。


「行け」

「何が何だかわからんが今は信じるしかないか……」


 そう言うと天井に浮いて頭が当たるぐらいまで上がると『ホウライ』の姿は掻き消える。


「しまった!」


 目の前の老人の登場に驚き固まったホーラ達はみすみす『ホウライ』を逃がしてしまう。


 追いかける術がないホーラ達は目の前の老人に注目するが、老人はホーラ達が見えてないかのように無防備な歩みで外に出る方向へと歩き始める。


 ホーラは魔法銃を老人に向けて構える。


 老人はそれをチラッと見ただけで気にした様子も見せずに野太刀で肩を叩きながら歩き続ける。


「ちっ! そこの爺さん、これが目に入らない?」

「ん? どれの事を言っておるんかの? その水鉄砲の事か?」


 一応、振り返ってくれた老人であったがホーラを小馬鹿にするように肩を竦める。


 普段のホーラであれば、これだけで即、引き金を引いていたが、老人の底しれない実力を感じ躊躇していた。


 小馬鹿にしているが話をする気があると見たダンテが気絶するヒースをレイアの隣に寝かせると質問を投げかける。


「どうして、今回は邪魔をされるのですか? 前回は助けて下さったのに?」

「前回? 何の話かの? お前等のような小童と顔見知りになった覚えなんぞないが?」


 今度は小馬鹿にしてる訳ではなく、本当に覚えがないとばかりに首を傾げられて頭をコリコリと掻いてみせる。


 それにさすがに苛立ったホーラが引き金に指を添える。


「もう、そんな事はどうでもいいさ。アンタは何者で何が目的か吐いて貰う……力ずくでもね!」

「ほう? 言うのは簡単だが、自分の実力と相談した方がいいのぉ?」


 そう言うと老人はホーラ達に掌を向けると水龍を生み出す。


 水龍を目撃したホーラ達が目を見開くがホーラとダンテが顔を見合わせるとすぐ頷く。


 ホーラは老人と自分達の間に土壁を作るナイフを投げ放ち、ダンテはストーンウォールを生み出す。


 2重の土壁を生み出したホーラ達を見つめる老人は口の端を上げてると水龍を放つ。


 老人が放った水龍が2重に作った土壁とぶつかり合い、土壁を粉砕すると水龍も消える。


 それから生まれた衝撃に吹き飛ばされないようにするホーラ達。


 無事なホーラ達を見て、子供のお遊戯を褒めるように拍手する老人。


「良く防げたのぉ? 少し見直したぞ」

「水龍だけなら苦手属性の土でなんとか凌げる!」


 そう言うダンテを「何を言っておるんじゃ?」と首を傾げる老人。


「今のは手加減してあったから防げただけじゃが、力ずくも出来るが有利属性がどうこう言っておるようじゃし……こんな見せ物はどうじゃ?」

「そんな馬鹿な!?」


 気負いもない老人の言葉に絶句するホーラ達の前に水龍が生み出される。


 そして、風の龍、土の龍、火の龍が生み出されて4体の龍がホーラ達の前に現れる。


 それぞれの龍から同等の魔力を感じ取れるダンテとアリアとスゥは絶望するように顔を青褪める。


「さあ? どうする小娘達?」


 ゆっくりと放つ動作をする老人を睨みつけたまま、ホーラが土壁をダンテが水の膜をアリアがシールドを張る。


「梓さん! お願いします!! 唸れ、風よぉ!!」


 テツが梓と意志を統一させ、最大の風を生み出す。


 ホーラ達の準備が済んだのをニヤニヤした笑みを浮かべて見つめる老人は「ほれ」と遊んでいるかのように手を振ってみせると4体の龍がホーラ達に襲いかかる。


 放たれた龍がぶつかると同時に閃光を放ち、ホーラ達は吹き飛ばされる。


 辺りを見渡す老人が目に映るモノに嬉しげに言う。


「おお、おっちんだ、と思ったら生きとるのぉ?」


 地面に転がり、顔を上げるのがやっとなホーラ達にゆっくりと近寄る老人。


「ほっといても、死んでしまいそうじゃがトドメを刺して……ほぉ?」


 震える足で梓を支えにするテツが老人とホーラ達の間で立ち塞がる。


「殺させない、俺が相手だ!」

「ほう、気合いは買うが立ってるのがやっとじゃろ?」


 嘲笑うようにテツを見つめ、言ってくる老人だったが、テツと見つめ合ってると嘲りがなくなり、好意的な笑みを浮かべ始める。


「良い目をするガキじゃな。命を賭してもワシの喉元に噛みついてやると良い気迫じゃ。気が変わった」


 そう言うと老人はテツに無防備に背を見せると外へと続く道へと歩き始める。


 老人の突然の行動に虚を突かれるテツだが、慌てて声をかける。


「気が変わった?」

「そうじゃ、この場は見逃してやろう。ワシはお前等を殺せ、とは依頼されておらんからのぉ」


 かっかか! と笑う老人にテツが更に質問をぶつける。


「依頼? 誰に?」

「得る事が出来るのは勝者のみ、じゃろ? 勝者のワシが問おう。ガキ、名を告げろ」


 振り返り、テツを見つめる老人の僅かに籠る威圧に負けないように腹に気合いを入れるテツ。


「俺はテツだ!」

「良い名じゃな、まさに鉄のような芯を感じさせる……覚えておくぞ」


 楽しげに笑う老人の姿が見えなくなると悔しさからホーラが一度だけ地面を叩く。


「……ユウは水以外は使えないさ……あの爺さんの正体は何さ!」


 それを悲しげに見つめるテツの膝から力が抜け、倒れそうになるのを実体化した梓が支える。


「ありがとう、梓さん」

「ご、ごめんなさいですぉ……あの老人が怖くて出て来れませんでした。何者なのでしょう……どうも覚えがあるような気が……」


 弱った顔をテツに向けていた梓が急に真顔になると老人が出ていった反対側の壁に目を向け、足下に落ちていた石を投げつける。


 投げた石が背後の壁に当たると思われたが空中で止まり、石を持った長い緑髪の少年が現れる。


 それを見てテツが驚きを見せながら、必死に立ち上がろうとする。


「久しぶりだなぁ、テツ? ああ、立たなくていい。今日はお前とやり合う気はないからよぉ」


 そう言ってテツに近づく少年、テツのライバルのセシルであった。


 テツの前にやってきたセシルだが、やり合う気がないと言うのが本当のようで敵意を向けてこない。


「本当はよぉ? さっき爺さんが出てこなかったら俺が『ホウライ』を逃がすつもりだったが、用が無くなったんでな」


 そう言うセシルがテツと梓を交互に見つめ、満足そうに頷く。


「お前もやっと手にするべき武器を手にしたんだなぁ? でもまだ一段階目のようだし、早く二段階目を終わらせろよ?」

「どうして、俺が強くなるのを待っているように言う? 以前のお前なら弱っていようが俺を仕留めようとしただろう?」


 テツがそう問いかけた瞬間、セシルの表情が消える。


「あの野郎が消えた。もうお前しか俺が最強である事を証明する術がねぇーんだ。同じ生きた伝説の鍛冶師が打った刀剣を持つ者がな……」


 セシルの言葉に合わせるようにセシルの得物、双剣から霞むように赤い着物姿の闇色の髪に漆黒の瞳の成熟した女性が現れる。


 テツに寄りそうようにいる梓が「まさか!?」と呟くのに薄く笑う女性が口を開く。


「久しぶりね、梓。相変わらず馬鹿そうで何よりだわ」

「もしかして、双葉なの? 穢れてるかもしれないとは聞いてたけど、見た目もだいぶ変わってますねぇ。先程の老人から感じてたと思ってた神剣に似た気配は貴方でしたか」


 薄く笑う女性、双葉は「貴方に感づかれるとは思わなかったわ」と小馬鹿にされ、梓は「ぐぬぬぅ」と唸る。


 牽制し合う神剣の2人を余所にテツとセシルの会話が再開する。


「どうせ、馬鹿なお前の事だ、あの野郎の意志を継いでるつもりなんだろう? そういう意味でもお前が適任なんでな」


 そう言ってくるセシルに驚くテツであったが、すぐに納得する。


 何故なら、セシルもブロッソ将軍の意志、いや、生きた証を求める者であったからである。


 だが、テツもテツである為に言う。


「セシル、君も気付いているのだろう? ブロッソ将軍の望みは……」

「うるせぇぞ、テツ!!」


 初めて激しい感情を見せたセシルがテツを睨みつける。


「あの野郎の手記で誰にも意志を継いで欲しくないと書いてたとして、お前はそれに殉じたのかよ!」


 セシルの言葉はどちらの想いでもあり、テツは分かり切った応答だったと目を伏せる。


 テツも雄一にそう言われたからといって、引き下がったりはしなかっただろう。


 静かに見つめ合うテツとセシル。


「剣で語るしかないのか?」

「分かり切った事を言ってんじゃねぇ。だから、テツよ、早く強くなれ、俺に殺されるまで死ぬんじゃねぇーぞ?」


 テツから視線を切るセシルは梓を馬鹿にする双葉に「行くぞ」と告げるとセシルも『ホウライ』のように姿を消す。


 セシルの姿が消えるとテツはもう限界だと言わんばかりにその場に仰向けに倒れる。


 慌てて駆け寄る梓に抱きかかえられる。


「テツ君、しっかりですよぉ! 死んじゃ駄目ですからねぇ!」

「はっはは、死んでられませんよ。やる事が一杯過ぎてね」


 弱々しく笑うテツに呆れる梓。


 2人を見つめるホーラがテツに言う。


「アイツが生きてたという事は、あの炎使いと魔物使いも生きてると見た方が良さそうさ……本当にウンザリさ」


 ホーラは辺りを見渡して、アリア達が呼吸してるのを見て気絶してるだけ、と理解すると「疲れたさ、寝る」と言うとそのまま寝てしまう。


 テツもその流れに乗りたいところだが必死に気力を絞って、土砂を布団のようにして眠ろうとするティリティアに声をかける。


「もう少し寝るのは我慢してください。呪い解除されたら申し訳ありませんが僕達の傷の手当てをお願いします」

「うぅぅ……仕方がありませんねぇ?」


 ショボショボさせる目で嫌々、了承するティリティアに一抹の不安があるテツは目の前の梓にお願いする。


「サボらないように監視をお願いします」

「任されましたよぉ!」


 そして、ゆっくりと目を瞑り、凄まじい睡魔に襲われるテツはうわ言のように呟く。


「俺、頑張りますよ、ユウイチさん。例え、それを望まれてなくとも」


 そして、意識を闇に沈め、幼い表情を見せるテツを梓は優しげに見つめ、テツの髪を細い指でソッと梳いた。

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