第96話 美味い酒? 私は甘いモノがいいのですぅ

 切り込んでくるテツに向かって縦に3本の風の刃を放つドラン。


 加速が付いているテツは一瞬、眉を寄せるが滑り込むように風の刃の間を縫うコースに変える。


 それを見たドランが鼻を鳴らす。


「悪手だな」


 そう言い放つと同時に抜けてこようとしたテツに先程の風の刃より大きい、テツが抜けようとしている幅に合わせたものを放たれる。


 テツに迫る風の刃に目を見開き、急ブレーキをかけると渾身の力を込めて梓で切り裂く。

 切り裂かれた風の刃が霧散した先のドランを見つめてテツは悔しげに唇を噛み締める。


 ドランに行動を制限されて誘導させられ、まんまと突進を止められた為であった。


「やはり、お前には遠距離の攻撃は決定打になり辛いか。だが、獅子よりはやりやすい」

「――ッ!」


 テツはドランの言葉に背筋を凍らされる思いにさせられる。何故なら獅子に近づく方法を先程、嫌という程に身を持って体感させられたからであった。


 舌打ちしたテツが梓を下段に構え、独特な呼吸法を始める。するとテツの姿が分裂するように数を増やして10人を超えたあたりで止まる。

 そして、飛び上がりドランに切りかかるテツを見て薄く笑うドランに気付くが気合い負けしないように叫ぶ。


「的を絞らせなければ!」

「なるほど、有効な手だ……相手が俺でなければな?」


 斬りかかるテツを薙ぎ払うように左腕を大きく振るうドランは強風を生みだす。


 強風を受けたテツは短く声を上げる。


 分身したテツは掻き消される者、背後が透ける姿にされた者にされ、本体のテツだけが鮮明にされる。


「いくら自然発生じゃない蜃気楼とはいえ、強風に煽られて無事には済まん」


 空中で無防備になるテツを睨みつけてくるドランが両手をクロスして溜めた動作から放たれた風の刃がテツに襲いかかる。


「くぅ!!」


 クロスされた風の刃を切り裂くように唐竹割りするが放たれた風の刃の威力に押される。

 空中でバク天するようにして避けたテツは地面を滑るようにして四肢を着く。


 的確に対応してくるドランから放たれるプレッシャーにテツは冷や汗が頬を伝う。


 ドランはこのやり取りをしてる間、一歩も動いていない。全て、腕を振るうだけでテツをあしらっていた。


 この差は大きい。


 ゆっくりと近づくドランが告げる。


「本当にお前は不器用な奴だ。飛び上がっても歩行を使えば、今ほど無様を晒す事もなかっただろうに」


 その言葉が痛くて思わず目を逸らしたテツに梓の警告の声が放たれ、反射で前方に飛び出して前転する。

 飛び出した背後で爆音と共に爆風が起きて前転の勢いが増し、体勢を整えるのが一拍遅れるテツ。


 テツがいた場所に目を向けた目の端に小汚いマントの端が映る。


「やはり獅子より簡単に懐に入れる」


 その声に一瞬硬直したテツが目だけで隣を見るとドランに放たれた風の刃が迫る。

 慌てて梓を間に挟みこもうとするが間に合わないと判断したテツは両手をクロスして歯を食い縛り、足は踏ん張らずに体勢を後方に逃がす。


 迫った風の刃をモロに受けたテツは吹き飛ばされて背後にあった大木に叩きつけられて大木をへし折った。





 テツが生み出した風に吹き飛ばされたレイアとリアナは漸くテツ達を視認出来る距離まで戻ってきた。

 戻ってきて最初に目をしたのが風の刃をモロに受けたテツが大木に叩きつけられたところであった。


 それを見て目を白黒させたレイアとリアナであったが最初に行動しようとしたのはリアナだ。


「いけません! お互い戦う理由などあるはずがありません。すぐに事情を……」


 なんとかテツ達の戦いを収めようと動こうとしたリアナであったが隣にいたレイアに手首を掴まれて止められる。


 止められたリアナが「この忙しい時に!」と怒りに任せて投げ飛ばそうとしたがレイアの顔を見て思わず手が止まる。


「止めちゃ駄目だ」

「貴方は何を言ってるか分かっているのですか!?」


 リアナの瞳に映るレイアは辛くて泣きそうな表情をしているのに止めてくるレイアが理解出来ずに投げ飛ばすのは止めたが掴んでいる手を振り払う。


 レイアは必死に言葉を捜すようにするが思い付かないようでありのままの言葉を吐き出す。


「アタシにだって分からないよ! でも……テツ兄は手を貸して欲しいとも止めて欲しいとも思ってない。だって、テツ兄の顔を、目を見てみろよ……」


 レイアに言われて見つめたテツは大木に埋められるようにしていたがそこから這い出る。

 その時に傷を負ったのか顔半分を血に染めるテツの表情はいつもの優しげな面影はなく、男の顔をして赤い瞳がいつも以上に色濃くしていた。


 リアナもそれに気付くと一瞬の迷いが生まれるが被り振るとレイアと違う声に止められる。


「よし、レイアに縄は要らないようさ?」

「そのようです。リアナは要りますか?」


 慌てて振り返る2人が瞳に映したのは村で救助活動していたはずの姉と慕うホーラとポプリが荒縄を手にして後ろにいた。


 いつの間に現れたか分からないが驚く2人が姉達に質問する。


「いつからそこ居られましたか?」

「そ、そうだぜ、ホーラ姉達は救助活動してたんじゃ?」

「あんな爆音が聞こえたらそれどころじゃないさ? 来るに決まってるさ」

「いつからって、貴方達が無様に吹き飛ばされた辺りです」


 2人は移動してきた距離とテツ達が戦い始めた時間で2人がこの場所までやってきた事に驚きが隠せない。そして、何より、2人が近くにいたのに声をかけられるまで気付けなかったレイアとリアナは乾いた笑いが漏れる。


 レイア達を圧倒したリアナもホーラやポプリと比べるとまだまだだと思い知らされる。


「いっ!!」

「……」


 唖然としていたがホーラ達の背後に荒縄で縛られて猿轡されて転がされるアリア達の姿があった。


 それに気付いた唯一、無事なダンテが苦笑しながら言ってくる。


「テツさんを助けると騒ごうとしたんで……」


 後半を濁すがレイア達も状況ははっきりと分かるので追及はしない。


 アリア達3人はブラコンを患っているから分かるがヒースは特に土の邪精霊の一件から心酔している疑いがある。その辺りの理由からヒースも問答無用に転がされていた。


「リアナ、貴方も縛られておきます?」


 ホーラは荒縄をピシッと引っ張ってみせ、ポプリに首を傾げて問いかけてくる言葉にリアナは全力で首を横に振って辞退する。


「じゃ、おとなしく見てるさ」


 ホーラにそう言われておとなしく観戦モードになるレイアとリアナ。


 それを横目にホーラが隣にいるポプリにだけ聞こえるような声音で質問する。


「本当に大丈夫さ?」

「ええ、勿論です。もう彼は昔のような傲慢な男ではありません。今のテツ君にきっと必要な戦いなはずです。それにホーラも気付いているのでしょ」


 視線をテツとドランの戦いに向けるホーラは呆れるように嘆息する。


「確かにテツは強くなった。認めるのは癪だけど、アタイやアンタよりも、と言えなくもない。だけども……」

「そう、テツ君は自分がとても弱いと思い込んでいる。それが本来、力を発揮できるはずのスタンスを見失っている」

「それもあるんだけどね……」


 テツは雄一やホーラと出会う一件で両親を失ったトラウマから自分は弱いと思い込んでいた。

 そして、少し強くなったという自負が生まれそうになった時、ティファーニアの一件でベルグノートに破れた時に癒えかけた傷を抉る結果になった。


 それ以降、テツは自分が弱いと戒めるようになってトラウマが悪化した。


 だから、驕らず実直にテツは自分を鍛え続けた。確かに良い側面もあるが反面もまたある。


 自分に自信が持てずに過小評価を続けて、露骨に出た結果の代表がミチルダに認められたにも関わらず、今、テツが手にしている梓を受け取る事を躊躇して後悔するハメになった。


 それらの理由があるのはホーラとポプリの共通認識であったが、ポプリと違い、ずっとテツと一緒にいる時間が多かったホーラはもっと厄介なものにも気付いていた。


「他にもあるの?」

「まあね……不器用で頑固なあの馬鹿が今回でそれに気付いてくれると助かるんだけどね」


 手のかかる弟を見つめるホーラは疲れたように溜息を零した。





 大木から飛び出したテツは無数の残像を生むようにして一直線にドランに突っ込む。

 しかし、斬りかかるとドランの姿は霞のように消え、背後から声をかけられる。


「イノシシのようだな。確かにお前は速い。だが、その土俵で俺は不利だと分かっているのに合わせる訳はないだろう?」


 テツはその声に返事をせず、踵を返して斬りかかるが同じように空を切らされる。

 空ぶらされたテツは頭上から叩きつけるような突風に不意打ちされて地面に叩きつけられる。

 追撃されるように放たれた風の刃から飛び退くと梓が叱咤してきた。


「テツ君、闇雲に突っ込んで勝てる相手じゃないですぉ!」

「分かってる! でも、どうしたら……そうか!」


 何かに気付いたらしいテツがドランから距離を取るべく飛び退く。そして、テツは梓を鞘に戻して腰だめになるとテツの周囲を小さな竜巻で覆うように発生させた。


 それを見たドランが風の刃を放つがテツが生み出した竜巻に吸収される。


「なるほど、遠距離を無効にする腹か……それだと獅子と二の舞だぞ?」

「そうなるかどうかはやってみないと分からない!」

「では、のってやろう」


 魔力を練り始めるドランを見つめるテツの頬には滝のような汗が流れる。


 ゆっくりと目を瞑って精神を集中し始めるテツが何をやろうとしてるか理解した梓が息を飲む。


「ウチはテツ君を信じるですよぉ!」

「……有難う」


 そう呟いたテツの声の後、側面から薄い紙が突き破られるような音を拾ったと同時にテツは梓を抜刀して斬りかかる。


 その行動と共に廻りにあった竜巻も掻き消え、テツが握る梓がドランの脇腹に触れるかどうかのところで寸止めされていた。


「やられたな……竜巻の内側に質の違う風の膜を張っていたとはな」


 テツは同じ風使いであるドランであれば竜巻を透過するようにして擦り抜ける事は容易に想像が出来ていた。


 だが、それに沿うように質の違う風の膜を張る事でドランの通過を知らせる役目にした。


 そこから生まれた音に超速度で反応したテツが斬りかかった。


 テツの思惑通りにいったように見える寸止めして固まるテツは悔しげに奥歯を噛み締める。


「引き分けだな」


 そう言ってくるドランにテツは何も言わない。何故なら、ドランの右手の人差指と中指を重ねた指先がテツの喉元に添えられていたからであった。


 薄い笑みを浮かべるドランがテツの喉元から指をどかしてテツの脇を抜けてこの場から離れていく。


 そして、テツに振り返らずに歩きながら言う。


「だが、俺より速い動きをする者が相手なら……」

「――ッ!」


 悔しげに唸るテツに最後まで語らず、ドランはホーラ達に見送られるようにして去る。


 その去る後ろ姿を見つめるホーラとポプリは嘆息する。


「引き分け……だいぶ譲って貰った結果でした」

「ああ、あれが殺し合いならドランは致命傷を覚悟する必要はあったが、テツは確実に……」


 残心をするように寸止めしたまま、肩を震わせるテツを見つめるホーラとポプリはテツ自身も当然、気付いている事を知る。


「やっぱり、これぐらいじゃあの馬鹿は……」


 ホーラが言葉を濁す内容を聞き出そうとしたポプリであったが、2人が話している事に気付いて聞き耳を立てるレイアとリアナに気付く。

 レイアとリアナにアリア達の縄を外すように指示して2人を引き剥がすとポプリは続きを問いただした。





 テツとの戦いを終えたドランがホーラ達が見えなくなって大きな岩が乱立する辺りに来ると歩みを止める。


 歩みを止めた先にある岩陰から黒の忍者装束を着込む偉丈夫の月影が姿を現す。


「仕事を受けてくれた事を感謝する、『辺境の風』」

「ふん、お前に感謝とか言われると腹が立つ」


 不機嫌そうに眉を寄せるドランに嘆息する月影は大きく膨らんだ革袋を手渡す。


 手渡された革袋を受け取ったドランであったが中を覗いて金貨を一枚取るとそのまま革袋を投げ返す。


「辺境じゃ、金の使い道は余りない。荷物になるだけだ」


 そう言うと月影を避けて通り過ぎようとするが月影がドランを呼び止めるように話しかける。


「俺はお前に嫌われているのは重々承知している……だが」

「分かっているなら黙れ。俺は8年前の恨みは忘れてはいない」


 ドランにとっかかりも潰すような事を言われて月影は黙り込む。


 黙り込んだ月影から更に一歩、歩を進めたドランが独り言を言うように呟く。


「だが、1つだけ……お前のおかげと言える事がある」


 その言葉に振り返った月影の視線を感じるドランは微笑みながら歩く。


 冒険者ギルドから課された辺境での依頼は熾烈を極めた。しかも、1人で助けはなく幾度となく死線を潜り抜けた。

 自分の体を血で染め上げ、ボロボロになりながら戻ってきた村で献身的な看病をされたり、無事に成功を収めたドランを称えて酒宴が繰り広げられた。


 しかし、酒宴といってもナイファ国のキュエレーに居た頃に飲んでいたような酒は当然出てこない。首都の場末な酒場ですらないかもしれないような安酒を振る舞われる。


 嬉しそうにドランに安酒を酌をしにくる村人達。あの裏表のない笑顔に囲まれ、戸惑いを隠せなかった日々を思い出す。


 そして、ドランは知る。


「美味い酒の飲み方を知るキッカケを得た事だけは感謝してやる」

「そうか……」


 ドランの言葉にどこか嬉しそうに布越しでも分かるぐらいに笑みを浮かべる月影はテツ達がいる方向に目を向けると同時に肩を落とす。


 そして、この場を離れる為に飛び上がる月影がぼやくように言う。


「しかし……アイツはどうしてあそこまで頑ななんだ?」


 そのボヤキに反応したドランは振り返り、凄い勢いでこの場を離れゆく月影の背を見て口の端を上げてるドランは月影が気付いてない答えを理解していた。


「それはアイツが強くなった理由と強くなれない理由が同じだからだ」


 月影から視線を外して再び、歩き始めたドランは呆れるように肩を竦める。


「憧れと理想像が大き過ぎるアイツは苦労する」


 そう呟いたと同時にドランを包むように吹いた旋風に掻き消されるようにドランは姿を消した。

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