第95話 胸を借りる? えっちぃのは駄目なのですぅ

 テツは自然体で構えるドランの懐に飛び込むように切り込む。

 剣を扱うテツは近距離で力を発揮し、ドランのように魔法を駆使する魔法使いが遠距離で力を発揮するのは基本である。



「なら、お前は魔法が得意なものが、遠距離から攻撃するように立ち回ったら卑怯者呼ばわりするのか? 逆にお前は近接が苦手の者に合わせて距離を取って戦ってやるのか?」



 ドランを見たせいで思い出したのか、テツは初めての敗北したあの月が綺麗な夜に雄一に言われた言葉を思い出す。


 当時、テツは雄一に指摘されたように心のどこかで卑怯だと思う気持ちがあったと今なら素直に認められる。

 だが、あれから8年、色んな戦い、そして戦場を体験したテツは生きるという事は綺麗事では片付かない事を身を持って知った。


 まして、ドランのあの気配を消す、いや、見失わせる動きの謎が解けない以上、テツは自分の有利な領域で戦うしかない、それ以外の打開策が浮かばない。


 まるでハッサンのようだとテツは下唇を噛み締める。


「俺は負けられない!」


 唸る風と一体化したようなテツが音速を思わせるような鋭い動きでドランに迫る。しかし、それを見つめるドランは焦る様子も見せずにゆっくりとした風を身に纏わせる。


「伊達に『戦神の秘蔵っ子』と呼ばれてた訳ではないな……だが」


 必死な表情のテツに反して涼しげすら感じさせる力みのない表情のドランが両目を閉じる。


 その様子に一瞬の躊躇を見せたテツだが、すぐにその迷いを振り切るようにして梓で斬りかかる。


「8年前と一緒で力任せな戦い方をする。何より無様な風だ」


 嘆息するドランが目を瞑って首を横に振るのに反応を返さずテツは力一杯、梓を振り切る。


「なっ!」


 確実に捉えたと思ったテツの目の前にいたドランの姿は姿を掻き消し、驚くテツに悲鳴のような声で梓が警告を発する。


「テツ君、右っ!!」


 テツはその言葉の意味を考える前に左へと横っ跳びすると同時に右わき腹に激痛が走る。


 わき腹を押さえて痛みに耐え、元いた場所を睨みつけると見失ったはずのドランが立っていた。


 テツとテツが持つ梓を交互に見て頷いてみせる。


「ふむ、良い武器を持っているようだな。少なくとも8年前のお前と大きな違いだ。命拾いしたな。だが、宝の持ち腐れだ」


 ゆっくりとテツに近づくように歩いてくるドランを悔しげに睨むテツが問う。


「さっきのは間違いなく貴方を捉えたと思った……どういうカラクリだ」


 ドランにしろ、ハッサンもテツはその動きを捉えることすら出来なかった。そんなテツの苦悩を呆れるように見つめるドランは告げる。


「下らん事を聞く。必要だから出来るようになった、それだけだ」


 そう言うとドランは風の刃を無数に生むとテツに放つ。


 テツはわき腹の痛みに耐えて立ち上がると迫る風の刃から再び逃げ始める。逃げるテツに追撃するように風の刃を放つドランが口を開く。


「とある辺境に全長5mは超える獅子がいた。そいつの体毛のせいで俺の風は決定打にならなかった」


 何かを語り始めたドランを訝しげに睨むテツは一向に手が緩まない風の刃から必死に逃げる。


「その体毛が邪魔しなければ勝てると俺は思った。しかし、相手は獣、俺は魔法使いであって剣士ではない。それを上回る動きは出来ない。隙を作るにしても仲間はいない助けは得られない。無茶を承知で突っ込んでも誰もフォローしてくれない。そう、俺は1人だ」


 淡々と事実だけを語るドランの言葉はテツには漠然とし過ぎていて分からない事ばかりだが、ずっしりとテツの深い所に響く。


 ただ、ドランが歩んできた道の一端を垣間見た気がしたテツは勝負以外のものでも負けた気持ちにさせられていた。


「俺の領域、遠距離で勝負出来ない。しかし、体毛を掻き分けてゼロ距離から攻撃なら勝機があった。だから出来るようになったに過ぎない」


 悔しさから一瞬、ドランが目を逸らしたテツはまたもやドランを見失う。


 そして、梓の声と耳元に男の声が同時に聞こえた。


「生き残る為に」

「テツ君、また後ろですよぉ!」


 梓の言葉に反応して前方に転がるようにして跳び、慌てて体勢を整えて振り向くと手を突き出した格好のドランが冷めた目でテツを見つめていた。


 追撃出来たはずのドランはそのまま手を下ろし、テツが想像もしてなかった事を口にし出す。


「アルビノのエルフ、魔法が使えない欠陥品とも揶揄する者もいる。しかし、俺はそうは思わない。エルフは勿論、人ですらアルビノであるお前の身体能力を上回る者はそうは多くはない」


 ドランはテツを観察し、そして得ている知識と照らし合わせて冷静な意見を述べる。それは見ているテツにも伝わり、昔と違い、驕りも傲慢さもなくした歴戦の猛者が目の前にいる事を再認識させられる。


 驚き、そして打ちのめされるテツを無視してドランは続ける。


「俺に切りかかってきた時のような生活魔法の風の運用、そして、お前が得ている刀剣。それが合わさってお前の欠陥は既に弱点でなくなっている……はずのお前は何をしている?」


 梓を杖にして立ち上がろうとしているテツに追撃、風の刃より鋭い刃で斬りかかる。


「お前はあの男から何を学んできた? どれだけアイツは師としても教育者としても無能だったんだ?」

「黙れ……だまれぇぇぇぇ!!!!」


 魂からの漏れ出すような声音で天に向かって叫ぶテツを中心にして青い風が竜巻、いや、天災と呼ぶに相応しいハリケーンが辺りの木々を薙ぎ払い、頭上にあった雲すら掻き分ける。


 近くで観戦していたレイアとリアナは慌てて避難しようとするがテツの青い風に吹き飛ばされて悲鳴を上げて森の奥へと姿を消す。


 レイア達の事に気付いてないテツは目の前でテツの風を受けても表情を変えずに佇むドランに指を突き付ける。


「お前にユウイチさんの何が分かるっ!!」

「分かる訳もないし、分かりたいと思わない。俺はお前を通してでしかアイツを語らん。だが……」


 怒髪天、風に巻き上げられる髪がテツの感情を示すようにするのを見て、初めてドランの口許に笑みが浮かぶ。


「少しはらしい顔になった。建前を語るお前と戦っても意味はない」


 ドランの言葉に訝しげに見つめるテツに突き付けられるテツと同じように指を突き付けるドランが告げる。


「言ったはずだ、雌雄を決しようと……『戦神の秘蔵っ子』でもなく、兄としてのお前でもなく、そして、アイツの意志を継ぐ者でもない。たった1人の男としてのお前……あの時のお前はそうだったのだろう?」


 言われたテツは目を見開く。


 あの時のテツは兄としてでもなく、雄一の為でもなく、たった一人の少女、ティファーニアの為に男としてあの大会に臨んでいた。


 小難しい理由などない、ただ、そうしたかったという想いだけであの場に立っていた。

 宿の主、ミランダに聞かされた少年が理屈や事情などをかなぐり捨てて、したかった事をしたように……


 ゆっくりと立ち上がり、梓を正眼に構えるテツの表情から怒りの色が消え、真っ直ぐにドランを捉える。


 それを見てドランは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「そうだ、熱い想いは胸の奥深くに秘めろ。俯瞰に徹しろ」


 そう言ってくるドランに摺り足で一歩近づくテツが静かに告げる。


「ドランさん、胸を借ります」

「こい」


 暴れ狂うようなテツの青いハリケーンは規則正しい綺麗な螺旋を描くように舞い始め、テツに対抗するようにドランから生まれた緑色のハリケーンとぶつかり合いながら火花を散らし始める。


 そしてテツは仕切り直すように最初にしたようにドランを切りつける為に真っ直ぐに駆ける。


 男と男が己が己である為の本当の戦いの火蓋が切られた。

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