第9話 それぞれに足りないモノ? 私は3時のオヤツが足りないのですぅ

 ミュウが拉致してきた若い研究員は非戦闘員というより、勉強しかできないタイプだったようで、ミュウの剣幕にあっさり白旗を上げて言われるがままに居場所と地図を書いた。


 それを頭に叩き込むように熟読したヒースがスゥに手渡すと震える若い研究員を見下ろす。


「一応、この情報が嘘の可能性もあるけど……」

「嘘なんか言ってない! 僕は本当に駄目なんだ……子犬に吼えられただけでも逃げる程、弱虫で……」

「まあ、アタシから見ても多分そうなんだろうな? とは思うぜヒース?」


 今もガタガタと震えて青い顔をしながら涙を流す若い研究員を再度ヒースは見つめる。


「まあね、僕もそう思うけど、拘束はさせて貰うよ。1時間したら切れる仕掛けはして行くけど、嘘だったら戻ってくるよ? どういう意味か分かるよね?」


 ヒースの言葉にガクンガクンと頷く若い研究員は死ぬよりマシと思っているらしく、自分が手を後ろに廻して縛り易くするように見せてくる。


 それを後ろで見てたアリアとスゥが小声で話す。


「この事がカラシルにばれたら、とか考えないの?」

「本当に勉強しかしなくて、それ以外が無知みたい」


 結果論ではアリア達にとって最高な情報源になってくれた事には違いないので、微妙な表情を浮かべる。


 ヒースは、若い研究員を手早く縛り、下手に自分で解こうとしたら切れるのが縄ではなく自分の手首、と脅すと石像のように固まる。


 それに嘆息してミュウに振り返ると話しかける。


「ミュウ、そう言う訳で、1時間で成果が出なさそうなら脱出してホーラさん達と合流。いいね?」

「……」


 ミュウは明後日の方向を見つめて黙り込むミュウにスゥが怒るように言う。


「ミュウ、返事はなの!」

「……がぅ」


 不承不承と言った様子で頷くミュウに嘆息するスゥがヒースを見つめて肩を竦める。


 それに苦笑いを浮かべるヒースはみんなに動こうと声をかける。


 無駄にやる気に満ちるレイアに黙ってはいるがこちらの話を聞く気があるかどうかアヤシイさ抜群のミュウ。

 そして、何やら自分で考えを纏めてしまっていて勝手な行動をしかねないアリアに、みんなの様子に気付いているがどうアプローチしたらいいか悩むスゥがヒースをチラチラと見てきていた。


 回転扉を出て行くみんなを追いながらヒースは奥歯を噛み締める。


 みんなの心がバラバラで纏まりの欠片すらない。


 何度、今、自分がした指示のようなものを考えても今できる最善だとヒースは考える。


 だが、レイアは微妙だが、他の3人がヒースの考えに不安を感じるなり、信用してない事が肌で理解させられていた。


 実のところ、ヒースは自分の考えに問題あって、不安や信用されてない訳じゃない事には気付いている。


 ヒースがした指示をダンテがしていれば、最初にミュウに返事を求めた時点で渋々ではあってもミュウは返事をしただろう。


 アリアが自分で次にどうするか、など考えない。考えたとして、それを言葉にしてダンテにアイディアとして伝えたはず。


 スゥも不安そうに指示したダンテを見たりしない。


 そう、ダンテには全幅の信頼を寄せても良いと思わせる事に成功しているが、ヒースにはそれは無い事をはっきりと認識する。


 ヒースはまだパーティメンバーとしての同等と思って貰える程の信頼を勝ち取っていない。それと同時にヒースもみんなの事をどれだけ知っているかと問われたら口ごもる。


 そんな関係である事を再認識させられて悔しくて堪らない。


 最後に回転扉に触れるヒースは思わず呟く。


「ダンテ、僕はどうしたらいいんだ……」


 見た目だけ男らしくなっても、中身を見ようとする相手には何の意味もないと唇をきつく噛み締めた。


 ヒースは初めて、ダンテに対して強い嫉妬心と敗北感を覚えた。





 スゥが持つ、若い研究員が書いた地図に従い進む一行。


 どうやら、嘘を本当に言っていなかったようで、ほとんど人とすれ違わないルートを指示してくれたようだ。


 本当だったのは有難いが、こんなのが身内にいたら大変だろうな、とアリアとスゥが顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


「カラシルって奴、多分、研究以外の事は本当にどうでもいいと思ってるんだろうな~」


 呆れる声音で言うレイアに一人空気が違うミュウ以外が頷く。


 あれからミュウは、ずっと黙り込んで人には警戒しているようだが、最短コースで向かう。


 本当なら少し証拠になりそうなものを捜して進みたいアリア達であったが、ミュウの気迫が凄くて止められずにいた。


 意を決したスゥがミュウに話しかける。


「ミュウ、少し落ち着くの。気持ちは分かるけど、イレ込み過ぎなの……」

「大丈夫、ミュウ、冷静」


 話しかけるスゥに顔も向ける事もないミュウのどこに冷静さがあるのか、とスゥの後ろにいるアリアとヒースが首を被り振る。


「言葉だけで誤魔化さないで、ミュウ、落ち着いて。今のままのミュウだと敵討ちどころか返り討ちに合いかねないよ?」


 ヒースにそう言われて聞きたくないとばかりに早足になるが、その行動をしている自分に気付いて自分が冷静じゃないと気付いたらしく、歩く速度を緩める。


「ごめん、ヒース」

「ううん、僕も分かってないクセに知った口を利いてゴメンね?」


 ヒースとのやり取りを見ていたアリアとスゥが何やら話し合い、スゥがヒースに言ってくる。


「目的地のカラシルの研究室に向かうの。本当は寄り道したいところではあるのだけど……」


 スゥがチラリとミュウを見るのを見て納得したヒースが頷く。


 振り返ってミュウにヒースが声をかける。


「カラシルの下に行こう。でも焦って強引に進もうとはしないでね?」

「分かった」


 少し落ち着きを取り戻したように見えるミュウが先導して前を進む。


 そして、そこからは危なげなく無事にヒース達はカラシルの研究室まで歩を進めた。




 カラシルの研究室前に到着したヒース達はどうやって侵入しようか頭を捻っていた。


 若い研究員から聞き出している限り、今、正面にある入口は1つで、じゃ、外の窓からなどとは洞窟であるここでは出来る訳がなかったのである。


「正面突破しかない?」


 首を傾げて聞いてくるアリアにヒースが首を横に振る。


「それは最終手段で、まずは気配を消して、僕とレイアの2人で侵入するよ。上手くしたら撹乱させる事ができるしね」

「ミュウもいく!」

「馬鹿、気付いてないみたいだけど、ここに来るまでも気配が消せてなかったぞ? オトウサンも言ってただろう? 心を落ち着かせないと気配は上手く消せないって!」


 レイアに雄一の言葉を持ちだされて、さすがのミュウも雄一の言葉を否定する気になれなかったようで下唇を噛み締めて引き下がる。


 まさかレイアがミュウの説得に成功させるとは思ってなかった3人は安堵の溜息を吐く。


「じゃ、上手くいくか分からないけど行ってくるね?」


 そう言うヒースがドアノブに手を添えようとした時、中から声がする。


「こそこそしてないで、入ってきたまえ。鍵はかかってないよ」


 ヒース達はその声にびっくりして固まる。


 確かに表で話はしていたが、中にまで聞こえる声量で話してたつもりがなかったのである。


「1,2,3,4,5人か。男の子1人に女の子4人の君達に言ってるんだよ? 私は今、研究結果を書き留めるに忙しい。自分達で入ってきなさい」


 ヒースはみんなを見渡す。


「よく分からないけどバレバレみたいだね。正直、退却を勧めたいんだけど……色んな意味で無理だよね?」


 ミュウを見て、次に扉に目を向けるヒースにみんなが頷く。


 ヒースを押し退けて前に出る。


「バレてるのに隠れても無駄。開ける」


 ミュウが躊躇なく扉を開けると中に入る。


 ヒース達もミュウを追うようにして慌てて入る。


 中に入ると広い室内なのに中央にデスクが1つあるだけで何もない場所に男が1人、何やら書いていた。


 カツカツとペンと紙がぶつかる音が静かな部屋で響く中、男が顔を上げる。


「何の用か知らないが、少し待ちたまえ。もうすぐキリが付く」


 上げた顔は30になるかどうかの男で目を閉じているようにしか見えないのに大きな丸のフレームの眼鏡を付けて口許には微笑を浮かべている。


 おもちゃ売り場に小さな子供と一緒に立っていたら、お父さんと勘違いされるような容姿をしていた。


 だが、そう見えるのは見た目だけで、肌で感じるモノは禍々しいというのも優しい気持ち悪さが漂っていた。


 チラリとヒース達を見た後、すぐに書き物に戻る男。


 男にミュウが声をかける。


「お前がカラシルか?」

「そうだが? さっき言わなかったかい? 忙しいと?」


 男、カラシルがウンザリした様子で答えた返事にたいしてミュウは歯軋りで答える。


「お前がパラメキ王女に廃薬を売った?」

「廃薬? ああ、人体崩壊薬の事かね? 売ったのはレシピだがね。それよりこちらの話をちゃんと聞いているのかね?」


 ウンザリが限度が超えるとばかりに鼻の頭に皺を寄せるカラシルが顔を上げると一足飛びで迫るミュウの姿を捉える。


「ミュウ!」


 今まで見た中で一番の動きをしたミュウに反応が遅れたレイアが叫ぶが間に合うとかのレベルではなかった。


 レイア達が驚く程の動きをするミュウを見るカラシルは少し感心するように「ほう」と呟く。


「なんだ、待つ暇潰しに遊んで欲しかったのかね。もっと早く言いなさい」


 カラシルが持っていた万年筆でミュウが振り下ろす短剣を受け止めて弾き飛ばす。


 弾き飛ばされたミュウが一回転して元の位置に戻るとカラシルを睨んで歯を剥き出しにする。


「ミュウ、暴走しないで、と言ったの忘れたの!?」


 スゥにそう言われるが聞く耳を持つ様子のないミュウがカラシルを警戒するように円を描くように廻り始める。


「とはいえ、こちらも暇ではないのでね。しばらくコイツと遊んで待っていてくれ」


 カラシルが指を鳴らすと天井から何かが落ちてくる。


 身長150cm程の大きさの人型、人型だと思われるのは全身やけどを負って皮膚がただれているのかと思わせるような醜い容姿をしていた為である。


「私の用事が終わるまで、この子と遊んでいてくれたまえ」


 そう言うとミュウ達の事を忘れたように書き物に戻っていく。


「馬鹿にするなっ!」


 カラシルの物言いに腹を立てたミュウが無防備に直線的にカラシルに襲いかかる。


「駄目だ、ミュウ、下がれ!」


 レイアの叫び声に遅れて自分に迫る異形の者に気付く。


 振り払うように手をしてくるのを慌てて身を捩る事で避けようとするが僅かに腹を切り裂く。


 ミュウはバク天しながら、みんなの下に戻ると額に脂汗を浮かせる。


 それに気付いたアリアが声をかけようとした時、ミュウのかすり傷を見て目を見開く。


「聞いて! あの化け物、毒を持ってる。かすり傷も危ない」


 アリアの言葉を聞いてミュウが切られた場所に目を向けると切り口周辺が紫色になっていた。


 すぐにアリアはミュウを座らせると治療を始め、スゥが万が一襲ってきた時の盾になるべく前に立つ。


「レイア、ヒース、牽制をお願いなの。あの化け物を相手にするのにミュウが抜けるのは痛すぎるの! それに……ううん、それは後廻しなの!」


 スゥが一瞬、カラシルを見るが被り振ると異形の者の動向を見逃さないとばかりに見つめる。


 レイアとヒースが異形の者を睨みつけて身構える。


「レイア、注意力散漫になってたとはいえ、ミュウに手傷を負わす相手。油断しちゃ駄目だよ!」

「ヒースもな!」


 頷き合う2人はミュウが戦線に復帰できるまで牽制する為に飛び出した。

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