第31話 折檻されてもオヤツは止められないのですぅ
『精霊の揺り籠』に突入したホーラ達は一気に最下層まで歩を進めた。
相変わらず、モンスター一匹もいない状態でロスなしで到着する。
最下層には眠る『ホウライ』と土の邪精霊獣に必死に抵抗するティリティアの姿があり、到着したホーラ達を見て半泣きの顔を晒して、いきなり泣き事から始める。
「ああっ!! マサムネちゃんの所が回復したのを感知したから、すぐに来てくれると思ってたら、全然、来てくれないからどうしようかと思ってたんだよ!」
目尻に涙を浮かべるレベルから滝のように流しながら「寝てたの!?」と泣きじゃくる。
それを見たダンテは、雄一に折檻された後のアクアのようだと思い、精霊ってみんなこんなのかな? と溜息を吐きそうになるのをホーラに頭を叩かれて止められる。
「アンタと一緒にするな、こっちも色々あったさ。それよりテツはまだ生きてる?」
ホーラにそう問われたティリティアは、なんて言おう? と悩む素振りを見せるが誤魔化す言葉が思い付かなかったようで「いいや!」とあっさり諦める。
「ごめん、初っ端から私の力が弾かれて、結構、肉体はボロボロになってる……」
「ちょっと待ってください! なんで弾かれてる? そうじゃない、僕達が帰るまで凌ぐって言ってくれたのに最初から駄目とかどういう……」
ヒースがそう叫ぶのにアリア達も続きそうな動きが生まれるが強く掌を叩く音でヒース達は思わず黙り、固まる。
固まるヒース達の前にゆっくりと歩き出たのはダンテでみんなに首を横に振ってみせる。
「今は文句や憤りをぶつける時じゃない。ティリティアさんの話が本当だと時間が惜しい。僕達が思ってたより余裕がないのかもしれない」
落ち着いてと、みんなを見つめるダンテの必死に自分を律しようとする姿を見てヒース達も悔しげではあるが落ち着こうと努力する。
ホーラも止めようとしていたが先に弟分にやられた事に肩を竦めながら褒める意味で軽くダンテの頭を叩くとティリティアに質問をぶつける。
「それで、弾かれた理由は分かってる? テツが肉体ボロボロなのは助けるのが無理という意味さ?」
今、一番確認しておきたい内容をぶつけるとティリティアは頷いてみせる。
「えっとね、私が介入する前に違う力がテツ君を守ったから弾かれて、肉体は確かにボロボロだけど生きてる。本当なら私が介入できる肉体を守ろうとしてたのだけど……」
そう言いかけた時に土の邪精霊獣が暴れ出したのでティリティアの言葉が一時的に止まる。
抑え込みに成功すると続きを始めた。
「正直、肉体は死んでない限り、なんとかしてあげられる。でも精神はどうにもならない。その違う力は精神を守ってる」
「違う力って何さ?」
ホーラがそう問いかけると、抑え込んだ土の邪精霊獣が何かに苦しむように暴れる。
それを必死に抑えようとするが今度は簡単にはいかないようでティリティアに焦りの色が見え始める。
「駄目……中でその力がテツ君に何かを及ぼして変革しようとしてるせいで土の邪精霊獣が苦しみ出して暴れて手が付けられなくなってきた……というか私も一杯一杯だから本当に助けてぇ!!」
ヒーン! と口をへの字にしてマジ泣きまで後ちょっとという具合になってるティリティアを見てホーラは舌打ちする。
振り返り、ダンテを見つめるホーラは無駄を省いた言葉で問う。
「ダンテ、作戦は?」
「はい、土の邪精霊獣に対する策で僕が思い付いたのは1つ。まず魔法、最大戦力なのは僕ですが水と土の相性は水が圧倒的に不利で基本、牽制、補助になると思います。しかも相手は邪精霊獣なので中途半端な魔法は効かないと思って間違いありません」
頷くホーラの横からスゥが「光文字は?」と聞いてくるがダンテは首を横に振り、悔しそうにスゥは下がる。
「スゥは中途半端に色々やろうとせずに盾に集中して」
そう言うダンテにホーラが「そういう意味ではアタイも牽制役だね」というのにダンテは頷く。
みんなを見渡すダンテは告げる。
「魔法は効かない、おそらく物理で押し切るのは、テツさんがいない僕達には無理だ」
その言葉にミュウが少しムッとした表情を見せるがダンテが言うなら、と思ったようで飲み込む素振りを見せる。
それを見たヒースはやっぱりダンテだとミュウも引き下がるんだな、とあの研究所の事を思い出す。
悔恨の想いに駆られるヒースが視界外に居た事で気付かないダンテは続ける。
「以前、ユウイチさんの戦いを見て、気であれば効果があるかもしれないと僕は見てる。勿論、ユウイチさんが規格外過ぎて効果があっただけかもしれないけど、テツさんを引きずり出す為の突破口ぐらい出来るかも、と思っているんだ」
「逆にそれが出来なければ消耗戦で押し切れなければ私達が負け、という事なの?」
スゥに頷いてみせるダンテはレイアとヒースを見つめる。
「やってくれるかい? 2人とも」
「おうよ! 気を使うという言葉を聞いた時からスタンバってた!」
「うん、全力を尽くすよ!」
やる気に溢れるレイアは既に赤色のオーラを纏い、ヒースは剣に白いオーラを纏わせて正面を睨んでいた。
ダンテはティリティアにお願いする。
「2人にテツさんが居る場所のエスコートをお願いします!」
「やるから、こっちもなんとかしてぇ!!」
残るメンバーを見つめるダンテは声音を強めて言う。
「スゥは2人の前を走って出来る限り凌いで、残る僕達は3人の露払いを!」
ダンテの言葉に頷き、ホーラ達は散らばり、スゥとレイアとヒースは特攻体勢になるのを見てダンテが声を上げる。
「作戦開始!!」
ダンテの声と共にスゥを先頭に3人が土の邪精霊獣に特攻を開始する。
早速とばかりに土の邪精霊獣が触手をスゥ達を狙うがそれに割り込むミュウが短剣2本を上手に使い、進路をずらす。
そのミュウの動きに反応した他の触手がミュウをターゲットするが口許を綻ばしたミュウが「がぅ!」と笑うと惹きつけてスゥ達から遠ざかる。
釣られて行く触手のおかげで数が減ったが、まだ沢山の触手が襲いかかろうとするが水の膜が生まれ、それに当たると滑るように明後日の方向へと跳ねる。
「有難うなの、ダンテ!」
「礼はいいから、前を見て集中して!!」
振り返りながら走るスゥを叱咤するダンテを恐れるように肩を竦めるスゥは、やっちゃった! と言いたげに可愛らしく舌を出す。
後ろを走るレイアが楽しくなってきたとばかりに笑う。
「この1年で戦闘中だけはダンテは怖いよな?」
「頼もしい限りだよ」
それにヒースが合わせると前方の触手を盾で叩き落としたスゥが怒鳴る。
「お喋りしてる場合じゃないの!」
「スゥが言うなよ!」
そうレイアが言い返した直後、廻り込むように襲ってきた触手がレイア達に迫る。
しかし、飛び出してきたアリアがモーニングスターを振り回して吹っ飛ばす。
「2人共も緊張感がなさ過ぎ! テツ兄さんが危ないって、あのやる気のない土の精霊が言ってる」
珍しく怒気を見せるアリアにレイアとスゥが首を竦めるが苦笑を浮かべる。
「でもテツ兄だからな?」
「きっと何とかしそうな気がするの」
「実は私もそう思うけど、痛い思いをしてるはず、早く解放して癒してあげないと駄目!」
大丈夫と言いながらも最初から目が笑ってない3人をヒースは見て思う。
言葉通りの意味では心配してないが、苦痛を耐えるテツを放置するのが堪らなく嫌だという兄想いの3人、いや、ダンテもミュウもテツを慕っている。
ダンテもアリア達に信頼され、ホーラにも作戦を任されるほど一目置かれている。
そんな2人と自分を比べて劣等感と悔しさに包まれる。
「僕もいつか!」
奥歯を噛み締めるように呟くヒースの視界の隅に『ホウライ』こと、自分の父親であるノースランドの姿を捉える。
思わず、足が止まりそうになった時、背後からダンテの声が背中を押す。
「ヒース! 順番を見失わないで!!」
「う、うん!!」
慌てて返事をし、少しの遅れが出たので加速してレイアの隣に戻る。
テツを最優先に助けると決めていたのに父親の姿が視界に入った瞬間に迷いが出た事が悔しくて言葉が漏れる。
「お父さんに近づこうと思ったら土の邪精霊獣を何とかしないと駄目なのは前に知ったはずなのに!」
「ヒース、アタシも気持ちは分かる。アタシもお父さんには思う事が色々あるからな……」
そうレイアに言われてヒースは下唇を噛み締める。
確かに体はノースランドだが、中にはアリアとレイアの父がいるのだ。気になって当然である事をヒースは気付かなかった。
気になってるはずなのにレイアはその素振りをヒースのようには見せてない。
「ごめん、テツさんを助けよう!」
「おう!」
笑みを浮かべるレイアに釣られて笑みを返すヒースはスゥの背後から正面を見据えて黙って走った。
そして、土の邪精霊獣まで5mの距離までスゥ達が近づくと目の前の地面が隆起してスゥ達に襲いかかってきた。
しかし、スゥ達の足下にナイフが飛んできて突き刺さると土壁が生まれ、隆起した土柱とぶつかり合うと相殺され、どちらも崩れ落ちる。
これは以前、この『精霊の揺り籠』で見せられた成長の道標をホーラなりに解釈し、短剣に刻まれた文字に魔力を込めておき、込められた魔力を火種程度の魔力で発動させる方法を確立した。
以前、ポロネの一件でダンテの魔力をスゥがカバーした方法と同じであるが、スゥはホーラから得たやり方を真似たものであった。
「今の内に突っ込みな!」
「「「「はいっ!」」」」
背後から声をかけるホーラにスゥ達4人は加速する。
突っ込む4人が後少しという所で今までの触手とは大きさが違う太さのスゥに襲いかかり、盾で防ぐが体勢を崩して飛ばされる。
レイアとヒースがスゥに駆け寄ろうと止まりかけるが、並走してたアリアがスゥの背後に飛び、スゥの背中を支えると叫ぶ。
「スゥは私が見る。2人はテツ兄さんを!」
「おう!」
アリアの声に返事をするレイアはヒースと頷き合うと全力の気を込めて突っ込む。
突っ込む2人にティリティアが「もうちょっと右、そこ!」と叫ぶのに合わせてレイアは拳をヒースは剣を叩きこむ。
だが、鈍い音をさせるだけで斬り口も出来ずに弾かれる。
「――ッ!!」
絶句するレイアとヒース。
難しいとは思っていたが、こうも斬れるかもしれないという感覚すらないとは思ってなかった2人は全力で何度も土の邪精霊獣に攻撃する。
「駄目! 2人とも下がって!」
ダンテの声で我に返った2人が周りを見ると触手に退路を奪われそうになっていた。
逃げ道を探すヒースにレイアは力強く外に押し出す。
気の力を使って飛ばされるヒースは驚愕の表情でレイアを見つめる。
「2人同時は逃げれそうにないや」
と笑うレイアを飛ばされながら見るヒースは被り振る。
「駄目だ! もうこれ以上、自分の間抜けで尻拭いされてノウノウと生きるのはっ!!」
背後にあった触手を足場にしてレイアに向かって跳躍するヒースより先に飛び込みレイアの手を掴む姉、アリアの姿を見つける。
驚くレイアの手を掴むアリアがヒースを見る。
「私達を引っ張って!」
「分かったっ!!」
そう言ってヒースが左手を伸ばし、アリアの手を取った瞬間、3人が繋がる。
繋がる。
そう、繋がった、と3人が同時に思った瞬間、3人を包むようにあった触手が飛び散る。
呆ける3人に新たな触手が襲いかかるが全て弾き返す。
「ヒース、前と同じの出てる!」
触手と追いかけっこしているミュウが叫ぶのを聞いたヒースが我に返り、右手を見つめるとポロネの一件で振るった見えない剣があるのに気付く。
「また使えた!」
「ヒース、ポロネの糸を切れた剣ならきっと効果あるはず!」
ダンテの言葉に頷くヒースが斬りかかろうとすると触手を諦めた土の邪精霊獣は天井を崩してくる。
踏みこんで斬ろうとしたヒースだったが落ちてくる落石を避けて遠い間合いで振り抜いてしまう。
「駄目なの! それだと浅いの!」
起き上がろうとするスゥが悲痛な声で告げるように斬ろうと思った場所が浅く切れただけであった。
もう一回! と振り上げようとするが魔力の奔流に圧されて思うように前にいけないヒースは気付く。
「土の邪精霊獣にできた亀裂から青いオーラが漏れ出してる!?」
その言葉を拾ったホーラ達の口許に笑みが漏れた。
「アタイとした事が要らない心配をしたもんさ?」
その亀裂が卵の殻が割れるようにピシリピシリと音を鳴らし始めた。
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