第76話 摩訶不思議なのですぅ

 大魚に対してどうしていいか右往左往したレイアであったが所詮は脳筋だった為、とりあえず身構えてみた。


 しかし、遠目にでも比べるべくもなくアリがゾウに挑むような絶望ぶりにコメカミから冷たい汗が垂れる。


「うん、無理。勝つ負ける以前に戦いにならない気がする」


 珍しく精神論ではなく冷静に判断したレイア。


 別に命をかけるような状態でもないし、意地を張る相手がいなかったのが功を奏していた。

 ここにリアナ辺りが居て尻込みするレイアを冷笑したりしたら結果は玉砕を選んでいただろう。


 しかし、こちらに向かってくる大魚が襲わないと限らず、逃げ道を捜して周りを見渡すがここは宙に浮いた小島で遠く離れた所に同じような小島はあるがとても跳べる距離ではなかった。


「あっ! スゥがくれた羊皮紙!」


 懐に入れていた羊皮紙を取り出し、開くと中央に光る場所と左端に光る場所を発見する。


 羊皮紙に光る自分と違う場所が光る方角を見るが島影すら見えないところから思ってるより範囲が広いらしい。


「この光はアリアなのかスゥか分からないけど反応があったのはホッとしたけどさ……どうやって行けば? それ以前にあの大魚をどうする!?」


 珍しく必死に頭を使い、知恵熱を発病させるレイア。


 いつもであれば、ダンテ辺りに振ってしまうが自分達のパーティの考えなしランキングがあるとすればトップ1,2が揃う面子、レイアとミュウ……まさに試練であった。


 徐々に近づいてくる大魚が跳躍すれば届きそうな位置にやってくるのを見ながら頭を抱えるレイアの横をミュウが駆ける。


「がぅ、美味しくなさそう……でも食べる前から決めるの良くない!」

「待てぇぇ!! そういう問題かっ!」


 駆けるミュウを捕まえようとしたが手をすり抜けられたレイアは「ああ、もう!」と文句を言うとミュウを追うように走り出す。


 加速が付いているうえ、スピードでは分の悪いレイアは追い付く事も出来ず、跳躍するミュウを追いかけて跳躍する。


 短剣を両手で抜き放ち、力強く旋回しながら大魚に襲いかかるミュウ。


「いただきます!」


 止めるのがやっぱり間に合わなかったと思ったレイアの目の前でミュウが大魚の背中に回転が乗った右手の短剣を叩きこむ。


「がぅ?」


 斬りつけた格好のままで首を傾げるミュウに追い付いたレイアが更に斬ろうとするのを止める。


「ミュウ、やめとけ。こいつが暴れ出したら足場がないアタシ達が不利だ!」

「……レイア、この魚、変」


 レイアの言葉を無視するミュウが逆手に持つ短剣を大魚の背に力一杯に突き立てるのを見たレイアが驚いた声を上げる。


 しかし、響き渡ったのレイアの驚きの声だけで斬り裂かれて吼える大魚の鳴き声もなく、ミュウの短剣を受け止めた音すらなかった。


 突き立てた状態でレイアを見上げるミュウを見て冷静になり、刃先と鱗が当たる場所を見つめる。


「脅かすなよ。寸止めしてアタシをビビらせようと……」

「違う。ミュウ、突き立てようとした。でも刺さらない……当たった手応えもない」


 ミュウの言っている意味が分からず目をパチクリさせるレイアは乗ってる大魚を踏むようにすると肉を踏んでいるような感触が伝わり、ミュウにからかわれていると思い、肩を竦める。


 肩を竦めるレイアを見て不機嫌そうにするミュウが短剣を仕舞う。


「ミュウ、嘘ない。レイア、思いっきり殴ってみる」

「またまた……えっと、アタシをからかってるんだよな?」


 ジッと見つめてくるミュウの瞳があまりに真剣な為、不安になったレイアが問うがミュウは同じように見つめるのみであった。


 半信半疑なレイアが拳に気を通わせて、八分ぐらいの力で殴りつけてみる。


 拳が大魚の鱗にヒットしたと同時に気は霧散し、当たったはずの拳には感触はあれど叩き付けた衝撃も消え去る。


「えっ? えっ? なにこれ! 気持ちワル!」


 ミュウと大魚を交互に見るレイアに鼻で溜息を吐くミュウはその場で背を向けて寝っ転がる。


 転がりながら懐からビーフジャーキーを齧り出すミュウに驚くレイアが肩を揺する。


「何、呑気に肉を食ってるんだよ!」


 降りようと引っ張るレイアに首を廻して見るミュウがレイアの背後を指差す。


「降りる必要ない。このまま乗る」

「はぁ?」


 ミュウの言っている意味は分からないが振り向かないレイアの背後を指を指し続けるので振り返ると大魚は港にやってきた船のようにレイア達がいた小島に横付けしていた。


 何が何だか分からないレイアを無視するようにゆっくり小島から離れ始めるのを眺めているとビーフジャーキーを咀嚼しながらミュウが言ってくる。


「きっと回遊魚」

「回遊魚? ああ、前にヒースが言ってた同じ所をグルグル泳いでる魚の事か?」


 ペーシア王国で海鮮物を集める時にヒースが回遊魚の事を説明した事があった。


 話を聞いていると大物が多いとの事でみんなで取りに行った事を思い出す。


「ミュウがその魚にハマって3日も帰ってこない事あったよな?」

「あいつは強敵だった。美味しかった」


 ミュウの話では1日かけて戦い、漸く勝ちをもぎ取って手にして凱旋したミュウのドヤ顔を思い出す。


 そんな事を思い出してる間も泳ぎ続けた大魚は来た方向ではなく羊皮紙に映し出された光のある方向へと泳いでいる事に気付いたレイアはミュウの隣に腰を降ろす。


「どうやって島を渡ればいいか分からないし、このまま行くか……潮の流れ任せみたいで漂流してる気分だけど……」


 あはは……と弱った笑い方をするレイアの背後で寝そべって短い尻尾を大魚の背に叩きつけるミュウを見て、ある事に気付いて話しかける。


「なあ、ミュウ。魚が食えなくて拗ねてる?」

「……拗ねてない。ミュウ、今日、肉の気分だった」


 そう言いつつも尻尾を叩きつけるのを止めないミュウの尻尾を手で押さえるとビーフジャーキーを咥えたまま、半眼で睨みつけてくる。


 怒らしそうだと思ったレイアが首を竦めて背を向けるとミュウはビーフジャーキーを急いで咀嚼すると丸くなって寝始める。


「食い物絡みのミュウは怖いよな」


 苦笑いするレイアも保存食を取り出して口に放り込んで咀嚼しながら羊皮紙の光と行き先を交互に見つつ、歯を見せる笑みを浮かべる。


「空中に浮かぶ島、そして、そこで泳ぐ魚……みんなと合流出来るか分からない、ホーラ姉達にも追い付かないといけないんだけど、なんか楽しくなってきたぞ!」

「がぅ、ミュウも」


 寝たと思ったミュウの同意も背中越しに聞こえてレイアは声を上げて笑って天を仰いだ。

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