第4話 ダンテ、洗礼を受けて、虫の知らせを受けるのですぅ

 煌々と明かりを焚いて入り江に入港してくる海賊船を確認したダンテは凭れて目を瞑ってからそのままのホーラに声をかける。


「ホーラさん、海賊が戻ったようです」

「ああ、気付いてるさ。あれだけ派手に明るいとね?」


 目を開けたホーラが呆れの溜息を吐きながらダンテに並ぶようにして海賊船を見つめる。


「テツが言ってる以上に後先考えてるようには見えないさ?」


 ホーラの言葉にダンテも苦々しく頷きながら、本当にこんな馬鹿いるんだ、と思ってそうな顔で見つめる。


 肩を竦めたホーラが海辺に近づくのを見たダンテが声をかける。


「あれ? テツさんと合流するか連絡待ちはしなくていいのですか?」

「はぁ? ああ、そうか、ダンテは分からなかったんだね。テツから待機するという合図の口笛受けたからほっといていいさ」


 そう言われたダンテは「ずっと起きてたけど、口笛がなったの分かりませんでした」とビックリするのを見て「誰が聞いても分かるような口笛は合図には使えないさ?」と笑われる。


 首を傾げるダンテに、今度教えると伝え、ホーラは海面の上に立ってみせる。


 ダンテも並ぶように立ち、ホーラを見上げると頷かれる。


「水牢」


 そうダンテが言葉にするとホーラとダンテ2人を水の膜で包んでいく。


 全身を包むと滑るように海中に入る。


 2人は海の中で立ってる姿で動く歩道に載っているように前と進み出す。


 身じろぎしようとしてできずに眉を寄せるホーラがぼやく。


「これって海中でも呼吸できるし、濡れないで移動できるのはいいんだけど、身動きが取れないのがイヤさ?」

「あはは、これは一応、捕縛用の魔法ですから。応用でこんな事できますが、基本、普通に動けるのは術者だけです」


 この魔法でダンテ達は小舟で海中を移動して海賊を拿捕するという常套手段で破竹の勢いで潰してきた。


 術者のダンテが笑いながら肩を竦めるのを横目で見るホーラが言う。


「アタイが動けない事をいい事に尻に触ったら殺すさ? この思春期エロエルフ」

「なっ! 失礼な! 僕だって分別はあります! ホーラさんのなんか絶対に触りません!!」


 ダンテがそう言った瞬間、動けないはずの振り向いてダンテの頬を掴んで両端に引っ張る。


「イタタタ! あれぇ! 特別、拘束を強めてないけど動けるはずないんですけどぉ!!」


 額に血管を浮かばせたホーラに覗きこまれてダンテが短い悲鳴を上げる。


「麗しいお姉様に『なんか』と言ったさ?」

「……綺麗なお姉さんに照れて、ヤンチャしちゃいました、ごめんなさい!」


 次は無いさ、と呟くホーラを見つめるダンテは膝を笑わせて思う。


『危ない橋を無駄に渡ったけど生還したぁ!!!!!!』


 命の尊さを知ったダンテであった。




 それからは静かに海中を進んだ2人は船底の下の辿りつく。


 水面近くでホーラが船の上に意識を向け、納得した様子を見せる。


「どうやら船には誰も乗ってないようさ。このまま上陸しな」


 ホーラにそう言われたダンテは頷くと水牢を操作して岸に近づける。


 そして、徐々に解除していき、濡れてない2人が上陸を果たす。


 辺りを見渡すと海賊らしき者達が一刀で事切れている死体が一帯に転がっていた。


 ホーラは鼻を鳴らして見渡すが、まだ人の生死に慣れないらしいダンテは少し青い顔を見せる。


 必死に飲み込もうとするダンテ。


 それを一瞥したホーラが告げる。


「生きる死ぬに慣れたら駄目さ? だけど、受け止められる自分になる。難しいかもしれないけど、人でありたいと思うなら良く覚えておきな?」

「あはは、ホーラさんがそういう優しいお姉さんみたいな事言うの珍しいですね」


 ダンテが強がって言うのを聞くホーラは黙ってダンテの頭に拳骨を入れる。


 痛がるダンテに眉を寄せて言う。


「調子に乗ってるんじゃないさ。アタイはこの先はもっと見たくないモノがあると踏んだから言ってるだけさ……テツのヤツ、ブチ切れてるさ」


 そう言われてダンテは辺りに転がる死体が一刀で迷いもなく切り捨ててるのに気付く。


 歩き出したホーラに気付いたダンテが小走りで追いかける。


「何があったのでしょうか?」

「さあね? あの甘いテツが切れるような事……ダンテ、気合いを入れておきな?」


 その言葉にビクつくダンテが体を強張らせると同時に前方の洞穴から男の悲鳴に響き、タイミング的にビビる。


「あっちのようさ」


 ダンテの様子に気付いているが、テツの様子の方が気になるホーラは男の悲鳴が聞こえた洞穴を目指した。




「ひぃ、助けてくれ」

「俺はそんな事を言えと言ってない。首謀者とこの惨状の説明をしろ」


 奥に行くと目の据わったテツが海賊の頭と思われる者に梓を突き付けていた。


 テツの背後では掴まえられたばかりと思われる若い女が4~5人震えて身を縮ませていた。


 海賊の男の背後の部屋から覗く全裸の女の事切れたと思われる山が見えてホーラは納得するがダンテはそれに気付くとその場で吐く。


 吐くダンテに嘆息するホーラはダンテの背を撫でながらテツに声をかける。


「テツ、気持ちは分かるさ。でも、気を静めな? 守る対象に怯えられたら意味ないさ」


 ホーラの言葉で我に返ったテツが背後をチラっと見てバツ悪そうな顔をする。


 撫でる事で少し落ち着きを取り戻したダンテに「あの女達を連れて洞穴から出てな」と言うとダンテを震える女の方に押す。


 ダンテは覚束ない足取りではあったが向かい「一緒に出ましょう」と告げると女達は首から頭が落ちるのではないかと思う程に縦に揺らす。


 小柄なダンテにしがみ付くようにして出て行くのを見送ったホーラはテツの隣に立ち、もう一度、背後の部屋を見る。


 どう見ても乱暴された形跡が見え、顔を顰めて舌打ちする。


 魔法銃を抜くと照準を付けて聞く。


「アタイ等が誰かは説明はいらないさ? テツにも聞かれただろうが、首謀者と目的を吐け」

「やめておけ、ゴブリンキング程度を呼んだぐらいでは時間稼ぎにもならないのは体感済みだろう?」


 焦燥からか、胸元にあるものを使おうとしたようだが、テツに制止を受けて無駄だと分かったのか、取り出しはしたが地面に落とす。


 落とした十字架状の銀細工をホーラが拾って見つめるが考えるのは後廻しとポケットに仕舞う。


 2人のやり取りで、どうやらゴブリンキングを手懐けていたのか分からないが呼んだが、あっさりとテツに屠られたらしい。


 辺りをもう一度見たホーラがテツに問う。


「ゴブリンキングの死体は?」

「消えました」


 テツの言葉に眉を寄せるホーラは海賊の頭の額に銃口を当てる。


 脂汗をダラダラと掻くのを見つめながら問う。


「これが最後さ。首謀者と目的を言わせてやるさ」

「お、俺は、若い女を絶望させて殺せ、と言われただけだぁ。色々、手を廻してくれると言われて飛び付いただけで詳しくは知らねぇ!」


 ホーラの魔法銃を凝視しながら答える海賊の頭にテツが聞く。


「首謀者は?」

「そうだ、あの人に俺が口を聞いてやる! アンタ達なら優遇……ひぃ」


 ホーラが黙ってトリガーに指を添えるのを見て慌てる海賊の頭。


「か、カラシル様だ。今、ペーシア王国で一番力がある貴族だ! だから……」


 無表情に引き金を引いたホーラの魔法銃から水弾が飛び出し、海賊の男が壁に叩き付けられ、潰れるように息絶える。


「あ、ごめん、指が滑ったさ」


 たいして気にした様子を見せずに謝るホーラは魔法銃を仕舞う。


 海賊の男の死体を見つめるテツが聞いてくる。


「良かったのですか? まだ聞き出した方がいい事もあったかもしれません」

「いいさ、どうせ、尻尾切りしてもいい相手に本名を名乗ってるかどうかなんてアヤシイ限りだし、本当だったら、少し慎重になる必要があるかもしれないけどね」


 さすがに首謀者がそこまで馬鹿かどうかと言われると難しい。


 この混乱を上手く利用できる頭は少なくともある相手と判断する以上、と2人は意見を同じくする。


「バレても力押しができる自信がある、でしょうか?」

「多分ね、そんな力があるならもっと強行手段に出てそうだとは思うんだけどね」


 ホーラはテツに顎で奥の部屋、女の死体の山がある方を示す。


「あれこれ考える前にあそこを調べるさ。ゴブリンキングを飼ってたとは正直思えないさ」


 どうにも気になる奥の部屋にテツを連れて入ると手前から見えていたのは氷山の一角だった事を知らされる。


 ところ狭しと積まれるように裸体の女の死体が20体程あった。


 さすがのホーラとテツも胸糞が悪くなり眉を潜ませながら奥に入っていくと床が薄らと光っている事に気付く。


 光ってるモノに近づいたホーラとテツの前には幾何学的模様で描かれたモノが発光してる事に気付く。


「魔法陣?」


 首を傾げるテツと顎に手をやりブツブツと呟くホーラ。


「これはもしかして……」


 ホーラは物に文字を刻む事で力を発動させる方法などを研究していた。その過程で魔法陣にも触手を伸ばした事があり、テツより特徴を見分けられた。


 何かに思い当たったホーラはテツに指示を飛ばす。


「表にいるダンテを連れてくるさ!」

「えっ? ここにですか? 表ですらダンテは吐いてるのに……」


 さすがに酷いのでは? と言いたげなテツに強い視線を向けるホーラが告げる。


「そんな状況じゃないさ。首根っこを掴んでも連れてこい!」

「はいっ!」


 慌てて飛び出すテツを見送るとホーラは魔法陣と睨めっこを始めた。




 少しすると手拭で口を押さえる涙目のダンテがテツに連れられる。


 来たダンテの首根っこを本当に掴むホーラが本当に泣きそうなダンテを魔法陣の眼前まで押し付ける。


「緊急事態さ! ダンテ、この魔法陣に見覚えがあるはずさ! アタイも待ってる間に見て確信したところさ」


 えっ? とホーラを見上げるダンテに「見ろ!」と怒鳴る。


 本当に泣いてしまいながら見つめるダンテだったが、徐々に目を見開き、涙が止まる。


 驚愕な表情を向けるダンテがホーラに言う。


「これはあの時、ジャスミンさんが使っていた魔法陣と酷似してます!」

「やっぱりね……ダンテ、この魔法陣が繋がる方向は分かるかい?」


 そう言われたダンテが「ちょっと待ってください」と言うと魔法陣を調べ出し、ある場所に指を当てて目を瞑る。


 そして、目を開けるとカバンから地図を取り出し、ある山を指差す。


「この辺りです」

「でかした、ダンテ!」


 ダンテの背を平手打ちするホーラは「ここから出るさ!」と言ってテツとダンテの尻を蹴飛ばす。


 表に出るとどうしたらいいか分からない風の女達に出迎えられる。


 ホーラは周りを見渡し、頷くと指示を出す。


「テツは単独で街に戻って馬車の手配を、ダンテは女達を街まで護衛。アタイは、冒険者ギルドに行って国に要請を出すように尻を蹴ってくる」


 頷く2人に頷き返すホーラは「集合は街の出入り口で!」というとホーラとテツは飛び出し、木々を伝い、すぐに姿が見えなくなるのをダンテは見送る。


 ホーラ達の身体能力に目を丸くする女達にダンテが苦笑いをしながら告げる。


「街までは僕がお送りします。ゴブリンキング程度であれば僕1人で対応出来ますので、普通のゴブリンや獣程度で驚かずに冷静に僕の傍に避難するだけで処理しますので着いて来てください」


 目の前の少年か少女か分からない小柄なダンテがゴブリンキング程度、言った事に驚いた様子を見せたがテツがあっさり屠ったのを見ていたので関係者ならそれぐらいできるとマヒした感性が素直に飲み込ませた。


「では、着いて来てください」


 そうダンテが言うと素直に着いてくる女達。


 遅れる者がいないかとチラチラと見ながら歩くダンテはホーラには言わなかったが懸念事項があった。


 ダンテ達は基本自給自足をしているので狩りをしている。


 それは出てくる時にレイア達に頼んだ事でも分かる事である。


 ダンテ達が狩りに行くと結構な量を狩ってしまう。


 獲物も無限にいる訳ではないのでサイクルを作って毎回場所を変えている。


 そして、サイクル通りに正しくレイア達が理解しているのであれば、ダンテが指差した山に向かうはずであった。


 普段であれば、面倒だとか、カンだとか言って適当に行こうとするレイアがミュウがいる。


 その時はダンテが諭している訳であるが……


「今回に限って素直に行ってたりしないでね……」


 どうにも嫌な予感が拭えないダンテは焦燥感に襲われながら女達の護衛を務めて歩き続けた。

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