第56話 私には分からないのですぅ。ごめんなさいじゃ駄目なのですぅ?

 テツが飛び出した窓をチラチラと見ながら舌打ちし、苛立ちを隠せないホーラを微笑で見つめるポプリに言葉を叩きつける。


「アタイの邪魔せずに国に帰れさ!」

「うふふ、必要とあれば私の判断で帰国します。勿論、ホーラの邪魔もね」


 ホーラをおちょくるように言うポプリが無警戒に背を向けて窓の外から星を眺めるようにする。


 完全に舐めた行動に出るポプリの背後に投げナイフをお見舞しようと射線を確保しようとするが炎犬が邪魔するように射線上に立ち塞がり、ホーラを威嚇する。


 炎犬を警戒しつつ、違う射線上に行こうとするが同じように塞がれ、右手で投げナイフを2本持った状態で動けなくなり一向にこちらを見ないポプリに悪態を吐く。


「アタイには背を向ける事を突っ込んだ割にアンタは堂々と背を見せるとは余裕さ?」

「分かってくれて有難う。でも、ちゃんとホーラの状況は捉えてるわよ? 今は投げナイフを2本構えてるわよね、右手で?」


 ポプリの言葉で一歩後ろに下がり、背後のテツが飛び出した窓をチラリと見てしまう。


 まだ背を向けるポプリがクスクスと笑いを洩らす。


「得体が知れない、逃げた方が良いか? どうせならテツ君を追う方向に、というところかしら?」

「どうして見えてるさ!」


 苛立つのを隠さないホーラが吼えるように言うと微笑を浮かべたポプリが振り返る。


 振り返ったポプリを見たホーラは絶句し、唇をワナワナさせる。


 何故なら振り返ったポプリの右の瞳に赤いオーラのような揺らめいていたからである。


「ま、まさか、それはユウと……」

「そう、と言えたらハッタリとして最高なのだけど残念ながら私のペットと感覚を共有させてるだけ」


 雄一のように加護を得て、瞳の色が変化したのかと一瞬、誤解したホーラであったが、それをポプリが笑って否定する。


 そう言われたホーラが炎犬の右目を見つめると確かにポプリと同じように赤いオーラのようなものが揺らめいていて安堵するように息を吐く。


 ポプリが見えているカラクリが分かり、少し強気になるホーラが悪態を吐く。


「只の宴会芸ぐらいにしか役に立たないさ。アタイが勝たせて貰うよ!」

「宴会芸……ね。結構、習得に苦労したつもりなんだけど? それとね、ホーラ?」


 宴会芸と言われてショックです、と悲しそうな素振りを見せるポプリ。当然、それは演技だと分かるホーラのコメカミに血管が浮き上がる。


 苛立ち、「何さっ!」と吼えるホーラにポプリは言葉を続ける。


「私と勝ち負けを競いたかったら、私に後出しさせちゃ駄目よ? 勝負が決まっちゃってるから?」

「はっ! もう勝った気? ふざけるなさ!」


 高速で付加魔法をかけた投げナイフをホーラが投げ放つ。


 付加されたのは加速だったようで投げた瞬間に急加速でポプリに迫る。


 それにも余裕の笑みを浮かべるポプリが指揮棒のような杖を横一線に振ると目の前に一列に並ぶ火球が生まれ、ホーラが投げ放ったナイフにぶつかる。


 相殺した攻撃に合わせるように炎犬が飛び出し、ホーラに襲いかかろうとするが舌打ちするホーラが地面に投げナイフを放つ。


 突き刺さった場所から土壁が生まれ、ホーラは炎犬の突進を止める。


 それでも余裕の笑みが崩れないポプリが杖を壁に向かって突き付ける。


「そんな壁じゃ、私の攻撃を防げないの忘れたのかしら?」


 杖から赤いレーザーのようなものを連射するように飛び出す。


 飛び出したレーザーは土壁を紙のように抵抗を感じさせずに貫通させた。


 そう、ベへモス狩りの時にポプリが見せた攻撃の連射版であった。


 放ちはしたが手応えがないが焦る様子を見せないポプリの目端に壁の向こうから旋回するように宙を浮いてやってくるホーラを捉える。


 左手を天井に伸ばし、何かに吊るされるようにしている姿をポプリは面白そうに見つめる。


「なるほど、手首に着けているモノから糸が出して、天井に生活魔法の土で張り付けてるのね。土の属性にある接続させる力の応用ね」


 拍手するポプリに苛立ちを抑える事が出来ないホーラが噛みつく。


「舐めるなさ!」

「しょうがないじゃない? 土壁から飛び出した行動だけで貴方が負ける要素を2つ見つけちゃったんだから?」


 目を剥くホーラが舌打ちしながらポプリに投げナイフを放つが炎犬に塞がれる。


 教鞭を取るように杖を構えるポプリが可愛らしく微笑み指を1本立ててみせる。


「その移動方法はテツ君が空を駆ける術に対抗して生み出したのだろうけど……しばらく見ない間に馬鹿になったのね? 貴方の場合、片手になると攻撃手段が限られ過ぎるのよ? 私がそれをやるなら足で出来るようにするわ」


 何度目になるか分からないがホーラの舌打ちが止まらない。


 接続させていた糸を解除して地面に降りるホーラがパチンコの玉を取り出すのを見ながらポプリは杖を振る。


 すると、ポプリの背後から突然の無数の火球が生まれる。


 それを見たホーラが鼻で笑うようにすると同じように背後からナイフが現れ、ポプリの火球とぶつかり合う。


「アンタが背後に仕掛けをしてたのに気付いて用意してたさ!」


 ホーラに撃墜された火球を見ては焦りを見せないポプリに眉を寄せるホーラ。


「ええ、私も土壁を生んだ瞬間にナイフを仕込んだ事に気付いてたわ」

「な、何を……きゃああぁぁ!!」


 ポプリの余裕の源を探ろうとしたホーラであったが、背中に衝撃を受けて吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされてポプリの近くまで来たホーラに告げる。


「魔法を配置してるのを気付かせたのはブラフ。気配を断った魔法を少し忍ばせておいたわ。でもホーラ、貴方はしなかった、いえ、出来なかった。それが2つ目よ」


 背中から煙が上がるが火力が調整されてたようで熱くはあるが致命的なダメージには程遠かった。


 悔しさから歯を食い縛り立ち上がるホーラに初めて表情が消したポプリが告げる。


「貴方、この1年、何してたの? ユウイチさんにザガンで体に叩きこまれた指摘すら改善させず、自分を劣化させる事になろうとも変化させる事で自己満足してたの?」


 ホーラとポプリは雄一にそれぞれの攻撃を見えないようにして配置させた時、見えない事で満足せずに気配を消させるように指示されていた。


 まったく成長させなかったホーラであったが、ポプリは雄一に言われた事に更に気配がある攻撃と気配がない攻撃を混ぜるという次の段階へと自分を昇華させていた。


 短い間、感情が死んだような顔をしていたポプリであったが、すぐに微笑を浮かべる。


「それに引き換え、テツ君は見違えたわ。悔しくないの? 負けるのは身長だけにしときなさい」


 ポプリの言葉に奥歯を噛み締めてギシリと音を鳴らせるホーラ。


 何気にコンプレックスになっていた事を言われて叫びたいのを堪える。


 懐からパチンコの玉を掴めるだけ取り出すと詠唱を始める。



「付加するは、爆裂。強化するは、爆風」



 ホーラの握る手から淡い光が漏れる。


「どれだけ技を練磨しようとも負けたら同じさ! 今回はハッタリじゃない!」

「そうね」


 歯を剥き出しにするホーラの気迫にもビクともしない微笑を浮かべる。


 8年前と同じようにパチンコ玉を放り投げるホーラを微笑みながら見つめるポプリが杖を下から上に弾くように上げると火球が生まれてパチンコ玉に放つ。


 ぶつかりあった衝撃と共に爆風が撒き上がる。


 視野ゼロになったところをホーラが投げナイフを逆手に構えてポプリがいた場所を目掛けて走る。


 駆けるホーラは白いマントを発見するがまだポプリと決め付けずに注意を払って近寄る。


 そして、マントを羽織っているのがポプリであると分かると急加速して投げナイフをポプリの喉元に突き付ける。


「今回もアタイの勝ちさ!」

「まったく私が貴方と同じ手を取る事を前提で動いてますけど、する訳ないでしょ? 貴方と違って裸になって服で囮にしたりするとでも思ったのかしら? 私は誰構わず肌を晒す子供じゃないわ、8年前もね」


 喉元を突き付けられているポプリであるが余裕ある表情が一切崩れない。


 それに訝しい表情を浮かべるホーラはさすがにおかしいと感じ始める。


「何を言ってるさ? アタイのナイフを後ちょっと押し込んだらアンタは死ぬんだよ?」

「私の可愛い炎犬。ずっと私を守るようにしてたのにどこにいるのかしら? ホーラが特攻すると分かっていたのに」

「わ、分かっていた? 強がりさ!」


 そう言いつつも目を忙しなく見渡すホーラにポプリは小馬鹿にするように笑う。


「8年前にも同じ失敗したの忘れた? ベへモス戦の時に」


 そう言われた瞬間、背筋に寒いモノが走る。


 ベへモス戦でのホーラの大きな失敗。



 1つはギルバードを諦めさせられなかった事。


 そして……



 慌てて振り返ったホーラの視界には後ろ足で立ち上がり襲いかかるようにする炎犬の姿があった。


 そう、慌てたホーラがベへモスに接近戦に挑み、視界の悪い草むらを突っ切ってベへモスに待ち伏せにあった事である。


 視界を悪くしたのはホーラであったがまったく同じ失敗をしてしまったホーラ。


 舌打ちしたホーラが更にポプリの喉元にナイフを突き付けた。


「負けを認めるさ! アタイはやると言ったら本当にやるさ!」

「警告してくれるの? ホーラは優しいわ」


 そう言うとポプリからホーラに近づく。


 驚いたホーラがナイフを引くが前に出るポプリの方が動きが大きく、浅くではあるが喉元に入り、血が噴き出すと目を細めるホーラの目に信じられない光景が映る。


 切れた喉元から火が漏れ出したからである。


 驚くホーラをポプリは抱き締める。


 抱き締められたホーラが慌てて離れようとするが思いのほか強い力で引き剥がせずに歯を食い縛る。


「どう、驚いた?」


 ポプリに声をかけられるが目の前ではなく右側から聞こえた事に驚いたホーラが顔を横に向けるとそこにも背を向けたポプリが居り、顔だけこちらに向けて笑みを浮かべ話しかけていた。


「い、いつからさ……」

「初めから。ダンテじゃないんだから精霊と感応出来る訳ないでしょ? でも、ダンテという例外を知っていたホーラはあの演出をされると信じた」


 瞳に赤いオーラを纏わせて見せた事でポプリから見えない位置でも見えるという理不尽が当然と思わせた。


 当然、見えてた訳ではなくテツが以前、『精霊の揺り籠』で見せた蜃気楼の要領を真似た方法でポプリの姿が見えないようにして近くで炎で作ったポプリを操っていた。


「炎犬を見せたのも精巧なモノは作れないと思わせるため……」

「半分はね、残る半分は……」


 炎犬がホーラの背後から乗りかかるようにしてくると諦めたように目を閉じる。


 憑きモノが落ちたように穏やかな顔をしたホーラが呟く。


「アタイの負けさ。やりな」

「一度、死になさい。女々しいホーラ」


 両手を横に広げ、一度、目を瞑ったポプリは深呼吸する。


「私はホーラのように体当たり指導は2度しないわ」


 広げた腕を頭の上で交差する。


 すると、ホーラに抱き付いた偽ポプリと炎犬が激しい光を放ち始め、急激に膨らむと爆発が起きる。


 爆音と共にホーラの悲鳴を聞き、静かに上げた腕を降ろす。


「だって、優雅じゃないでしょ?」


 そういうポプリの表情は優雅からかけ離れた悲しみに暮れさせる。


 1年前にホーラを殴った右手をそっと包むようにして天を仰いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る