第57話 あわわ、泣いちゃ駄目なのですぅ
一瞬の浮遊感と共に温かい感覚に包まれたホーラの意識がゆっくりと覚醒する。
目を開けるとホーラを覗き込んでいる憎たらしくもあり、気心が知れた相手、パラメキ女王、ポプリが呆れるのを隠さずに話しかけてくる。
「どう? 良い夢は見れた?」
「ちぃ、最悪な夢なら見たさ」
体に力が入り難いのか腕を震わせながら、やっとの思いで身を起こすホーラであったが眩暈を起こしたらしく片手で目を覆うようにする。
手の隙間から見える自分の体の見た瞬間、あのポプリの攻撃を受けたはずなのに見た目は怪我らしい怪我がない事を不思議に思い、体を触って確認をする。
確認するが酷い疲労感がある事と衣服が破れている事を除けば、本当に怪我がない事を知るとポプリに目を向ける。
「服がボロボロな割に怪我がないさ。アンタ、アタイが知らない内に腕を上げてたってこと……ムカつくさ」
「当然でしょ? 私は出来る女ですから?」
ホホホ、と笑うポプリに悔しさを隠さないホーラが睨みつける視線の先のポプリのマントからガラスの瓶が転がり落ちる。
落ちたガラス瓶がホーラの方に転がり、慌てたポプリが拾うとするが僅差でホーラがガラス瓶を拾い上げる。
ガラス瓶をジッと見つめるホーラが明後日の方向を見つめるポプリに視線を向けずに質問する。
「この瓶、アタイ、見覚えがある気がするさ」
「そう? なかなか趣向が凝らせた一品よね?」
私も気に入ってるの、と相変わらずこちらに目を向けないポプリを横目で見つめるホーラが続ける。
「アタイの記憶違いじゃなければ、まだ6個しか製造が成功した例がないヤツで3カ国に2個ずつ寄贈された例の薬な気がするさ?」
「その情報は古いわよ? 最近、また出来て7個になり、ダンガで一番大きい病院に預けられるわ」
「そんな細かい事はどうでもいいさ?」
そう? と白々しく背を向けてる状態で首を傾げるポプリを立ち上がったホーラが振り返らせると胸倉を掴みかかる。
睨みつけるホーラに目をパチパチさせて事情が分かりません、とウブな少女が困った様子を見せるが余計に怒りを買い、ホーラの額に血管が浮かび上がる。
「この瓶に入ってたのは『一級ポーション』さ! アンタ、手加減も出来ずに本当に殺しにかかったな!」
「ねぇ、聞いてホーラ。理論も大事だけど何事も理論値だけで片付けていれば本当に効力があるか分からないままではないのと同じよ……でも安心して! ホーラのおかげで証明されて更なる高みに!」
雄一が技術を秘匿しない風潮を作った事により、特にダンガでは技術革新が起こり、今までにない物が生み出され続けた。
その中で取り分け最先端を走ってるモノの1つにポーションがあった。
今までのポーションと比べると等級が同じでも1段階以上、ダンガ産のものが優れていた。
その凄さは『二級ポーション』ですら重篤患者を持ち直させると言われている。
これは実際に結果として出ているが『一級ポーション』はホーラが語ったように数が出来ておらず、無暗に使えないので今までは予想だけが出回っていた。
その噂が『致死性のダメージからも持ち直す』であった。
なので、通説から『一級ポーション』はこう呼ばれる。
劣化エリクサーと……
ニッコリと協力有難うと喜ぶ少女のように笑うポプリの胸倉をホーラがガクガクと揺さぶる。
さすがに苦しいらしいポプリがホーラの両手を握る。
「聞いて、ホーラ!」
「なにさ?」
薄らと頬を紅色に染めるポプリがちょっと照れた素振りを見せてチロっと舌を出して見せる。
「美少女王も時々、失敗するわ。これは愛嬌と思っていいと思う!」
「本気で一回、その腐った頭をカチ割ってやるさ!」
拳を振り上げるホーラであるが再び、眩暈と共に膝から力が抜け、膝を付いてしまう。
被り振るホーラに嘆息するポプリが屈んでみせる。
「傷は塞がったけど、体力はまだ戻ってないわ。少しゆっくりしなさい」
「そうしたいところではあるけど、テツを放っておく訳にもいかないさ」
そう呟くホーラが雄一を追ってテツが出ていった窓を見つめるのをポプリが目を細めて見つめてくる。
その視線に気付いたホーラが肩を竦め、手を広げて向けてくる。
「テツを加勢するという意味さ。もうアタイも冷静さ……テツの言うようにユウなら決してあんな事を言わないさ」
「そう……確かに偽者とはいえ、凄い力はありそうだったわね。最初の一撃も向こうが油断していたのが大きそうだった」
ホーラがとりあえず落ち着きを取り戻した事に安堵したポプリであるが、ホーラの言う通りでテツ1人では荷が重い恐れがある事に眉を寄せる。
また膝を着いてしまったホーラは再び立ち上がろうとするが、疲弊している体が動く事を拒否するように震える足が立たせてくれない。
苛立ちを隠さないホーラに嘆息するポプリが隣に行き、屈むとホーラに肩を貸す。
「しょうがないわね……連れて行ってあげるわ」
「すまないさ……」
珍しく殊勝な態度のホーラが気持ち悪いとばかりに口をへの字にするポプリは立ち上がり、1歩、前に歩を進めるとふらつき、ホーラに頭をぶつけてしまう。
お互い、ぶつけた場所を両手で押さえて屈みこんで声なき悲鳴を上げる。
そして、同時に立ち直るとお互いの胸倉を掴みあう。
「ホーラ! 貴方、胸ないのにどうしてそんなに重いのよ!」
「余裕ぶっこいてたクセに実は魔力欠乏で足下がふらついてるってどういう事さ!?」
そう、ポプリも危ない橋を渡る方法でホーラから勝ちをもぎ取っていた。
炎犬もそうだが、ポプリの複製といって過言でないモノを生成するのは凄まじく魔力を消費した。
実力伯仲なホーラとの消耗戦を嫌ったポプリが煽って怒らせ、思考を単純化させて短期決戦に持ち込んだ。
だから、見た目ほどポプリには余裕はなかった。手加減しなかったのではなく、出来なかったのだ。
そんなポプリの事情を察したホーラは嘆息し、ポプリの背に背中を預けるようにすると2人はストンと音をさせるようにその場に座り込む。
「ふん、アタイは8年前、ちゃんと手加減したさ」
「なっ! 私は知ってるんですよ! ユウイチさんが来なければ私の命も危なかった事を!」
ホーラは「そんな話あったっけ?」と嘯くのにカチンときたポプリに追撃をする。
「あったとして、アンタがマヌケなだけさ?」
「……そ、そうね、確かに今回も貴方の胸のなさの計算が出来てなかったから加減出来なかった!」
首だけで振り向き合った2人はデコをぶつけ合いながら罵り合う。
「胸は関係ないさ! 単純にアンタがドン臭いだけさ!」
「いいえ! せめて、私の胸の半分もあれば『二級ポーション』で事足りました!」
歯を見せ合い、威嚇し合う2人であったが疲れたと言わんばかりに再び背を向け合う。
呼吸ピッタリに同じタイミングで溜息を吐く2人は眠気に誘われたのか目を閉じる。
背に居るホーラにポプリが告げる。
「もうこんな事はこれっきりにしてね……貴方とやり合いたくないわ」
「それはこちらのセリフさ」
お互いに同意とばかりに頷く2人は眠気に抗うようにしてテツが出ていった窓を見つめる。
「これはちょっとすぐに動けそうにないわ」
「アタイもさ。これはかなり心配だけどテツに頑張って貰うしかないさ」
目も開けてるのが辛い2人は1コ下の弟を思い、不安を吐き出すように溜息を零す。
「少し休んだらテツを追うさ」
「そうね、少し休みましょう」
そうポプリが返事するや否や、寝息を立てるのを背中越しに感じるホーラは小さな声で眠るポプリに告げる。
「止めてくれて感謝してるさ」
「……何か言った?」
寝たと思ったポプリから返事があった事に目を白黒させるがホーラは「何も言ってない」と言うと腕を組んで眠りに就こうとする。
そんなホーラの背を叩くようにポプリは背で押す。
「お礼はちゃんと聞こえるように言いましょう」
「ちぃ! やっぱりアンタは性格が悪いさ」
舌打ちするホーラが面白いとばかりにクスクスと笑い声を洩らすポプリ。
形勢が悪いと判断したホーラが寝るに限ると言わんばかりに静かに両目を閉じる。
同じように眠りに就こうとするポプリを背に感じ、口許が綻ぶホーラは思う。
悪友だろうが親友だろうが自分の為に体を張ってくれる友達がいる事は幸せだという事に……
「もうアタイは幻を追わない。アタイに必要なのは本物だけさ」
そう口の中だけで呟いたホーラは今度こそ眠りに就いた。
▼
一方、数十人兵士達から逃げ回るアリア達。
無作為に逃げているように見せかけて、リアナの先導で祭壇へ向かう道の1本ずれた通路を目指していた。
リアナが祭壇でミノムシ状態で転がされている時に一本向こう側で魔法陣からカエルを召喚する女の存在を確認していたのである。
兵士を極力傷つけたくないリアナは目的地を判別出来ないように縦横無尽に逃げながら目的地を目指していた。
リアナの気持ちは分かるが何も出来ずに逃げ続けるアリア達に大きなストレスを与え続けた。
「リアナ、一気に突っ切った方が被害が小さいんじゃ?」
「……やっぱり馬鹿ですね。広い場所であれば出来なくはないですが、この通路の狭さで殺さずに何人の兵なら無力化出来ますか?」
焦れたレイアがリアナに話しかけるが唾棄するように毒を吐かれるレイア。
リアナも焦れてはいる。しかし、その行動を取るのはある意味、相手の思うつぼである事を知っていたので耐えるしかない。
見た目の愛らしさから信じられない言葉を吐くリアナに怯む様子を見せるレイア。
「でも、魔法陣から召喚出来るのが1匹なら問題ないけど、継続して呼べるタイプだったら時間をかけると手遅れの可能性もあるよ?」
「可愛い顔して痛い所を突いてきますね。ええ、その通りです。せめて、あの馬鹿共を怪我を負わせる程度で蹴散らせたら問題はないのですが……」
ダンテは万が一のような言い方をする事でオブラートを包むようにしてリアナに伝えるが口は悪いが頭のキレは悪くないようでダンテがその可能性が高いと考えているのを読む。
人のウィークポイントを平気で突っつくリアナに走りながら泣かされるダンテ。
そんなやり取りを苦笑いで見ていたヒースは難しそうな表情を浮かべて呟く。
「出来るかな? いや、死人を出すかもしれない……」
ヒースの呟きを聞き逃さなかったリアナが顔を向ける。
「出来るのですか?」
「多分、でも人が多過ぎるから事故はあるかな? もう少し拓けた場所なら出来ると思うよ」
そう言うヒースの言葉を受けたリアナが兄、デングラを見つめる。
見つめられたデングラは頷いてみせる。
「もうちょっと行った先に拓けた場所がある」
「ダンテの言う通り、残された時間は少ないかもしれない。お願い出来ますか?」
「いいよ。僕がやるべき事にも関係してそうだしね、頑張るよ」
気安く受けたヒースに頷いて見せたリアナはデングラにその場所へと案内を急かす。
更に速度を上げたアリア達がデングラの指定した場所に辿りつく。
追いかけてくる兵士を見つめるリアナが大刀を構えるヒースに頼む。
「出来るだけ、死人は出さないでくださいね?」
「頑張るよ」
迎え討つように待っているアリア達に気付いた兵士達は徐々に減速していくのを見つつ、ヒースは大刀を横一線する。
振り抜いたヒースの大刀から衝撃波が起き、兵士達に襲いかかる。
だが、悲鳴を上げる兵士達の前に長い黒髪を縛るカンフー服の大男が現れ、青竜刀で衝撃波を切り裂く。
「させねぇーよ!」
一刀で衝撃波を霧散させた男を見つめるアリア達が絶句するがいち早く立ち直ったダンテが叫ぶ。
「ゆ、ユウイチさん!?」
その言葉に口の端を上げる雄一を憎らしげに見つめるリアナ。そして、同じタイミングで立ち直ったレイアが雄一を指差す。
「お前は誰だ!」
「誰だ、とは寂しいな……俺だ、オトウサンだぞ?」
小馬鹿にするように両手を広げる雄一を見てレイアは被り振る。
「ちょっと似てるけど、お前はオトウサンじゃない! オトウサンはもっとマヌケな顔をしてる!」
高らかに叫ぶレイアの声が狭い屋内に響き渡り、その場は凍りついたように静寂に包まれた。
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