2章 土の物語

第13話 出発!? オヤツは銅貨3枚なのですぅ

 ザガンからやってきたヒースの世話係として幼い頃より傍にいたザバダックというドワーフから聞かされたホーラ達は、すぐさま出発の準備をするとテツが手配した馬車に積み込んだ。


 準備と馬車の手配込みで1時間とちょっとの時間で済ませたホーラ達はフットワークが軽い。


 冒険者ギルドに差し掛かったところでホーラが馬車の荷台に飛び乗る。


「簡単にサラサには事情を話しておいたさ。カラシルの件も頼んでおいた」


 もう少し手伝ってから行って、と泣き付かれたと肩を竦めるホーラは。荷台の後ろでドワーフのザバダックとヒースが何やら話しているのを目を向けるがすぐに目を逸らす。


 聞かないといけないような事は、だいたい聞き出したはずなので、込み入った家族ぐるみの会話に首を突っ込むのは野暮だと判断した為である。


 ホーラは御者席にいるダンテに近づく。


「今回は急ぎだから、替え馬をして進むさ。パラメキ国の間で2~3回替える覚悟で突っ走るさ。あっ、テツと交代しながらやりなよ? アンタ達を使い潰されたら……まあ、いいさ?」

「良くないですけど、分かりました。やっと掴んだ手掛かりですし、何より、ヒースの事を思うと……」


 そういうダンテがホーラの背後で思いつめた様子でザバダックの話を聞いているのをチラ見する。


 ダンテの数少ない男友達の悲しみに包まれるのを横目で見てる事しかできない事に溜息を吐く。


 ほんの数時間前にザバダックから聞かされた内容は、この1年捜し続けていた情報でもあり、同時に凶報でもあった。


 1年前の新年祭の次の日、ヒースの父、ノースランドはザバダックだけを共にして仕事に出たそうだ。


 そこで飛来する未確認飛行物に気付いたノースランドが確認を決め、向かった先にいたのはアリアとレイアの実父ムゥ、『ホウライ』であった。


 『ホウライ』はノースランドの姿を認めると高笑いをしながら飛びかかって来たそうだ。


 体からは噴き出すように出る血と顔には死期を感じさせる蒼白な顔色をしているはずなのに、ザバダックは反応できない速度だったそうだ。


 ノースランドに組み付こうとした『ホウライ』に必死に抵抗したらしい。


 だが、噴き出す血がロープのようになった瞬間、ノースランドを拘束すると『ホウライ』は体を重ねるようにして霞みのようにノースランドの中へと消えた。


 すると、ノースランドは一人芝居をするように1人2役を始めて、それを茫然と見つめるザバダック。


 しばらくすると拮抗していた言い争いが徐々に形勢に傾いていき、こう告げたらしい。


「この体を貰った。私の物だ!」


 その後の事は良く覚えてないらしい。


 激昂してノースランド、いや、おそらく体を奪った『ホウライ』に斧で斬りかかったようで、目を覚ました時には体中、傷だらけで片目を失っていた。


「ああっ、もう! どうしたらいいんだよ!」

「……何故、死んでない? しぶと過ぎる」


 実父が生きている事が心底不満らしいアリアは眉を寄せ、レイアは、ほのかな想いを寄せるヒースの父親に害した実父の始末をどうつけたらいいか苦しんでいた。


「ヒースの事もそうだけど、どうしてザガンを半壊させたのか分からないの? 神と称される存在であれば壊滅もできただろうに、敢えて、どうして半壊?」


 溢れる力を吐きだしたというのであれば、他の都市や色々因縁のあるこちらの大陸に来そうなのに。とスゥは首を傾げる。


 今、スゥが言ったように半死半生のザバダックがザガンが見える戻る途中の場所から暴れるのを見たそうだ。


「まったく不可解さ。体を奪ったのは回復不能だった体を捨てたと考えれば納得はいく。でも、中途半端に暴れた意味が分からない」

「それなんですが……少しだけなら僕が説明できるかもしれません」


 唸るホーラにダンテがおずおずと言った言葉に、ホーラだけでなく馬車に乗る者の視線を一手に集める。


 一番、激しく反応したヒースが最後尾から飛んでくるようにしてダンテの背中越しから肩を掴むと激しく揺らす。


「どういう事なんだい! 教えておくれよ!!」

「ま、待って、待って、ヒース。馬が怯える!?」


 必死に暴れそうになる馬を操るダンテとダンテの言葉も様子にも気を廻す余裕のないヒースは揺らし、教えてくれを繰り返す。


 子供達がダンテとヒースの周りでワタワタするのを呆れた顔で見つめるホーラが掻き分けて2人の下に行く。


 壊れた人形のように繰り返すヒースの肩を力ずくで引っ張り、顔を向けた同時に左頬に拳を入れる。


「少し落ち着きな。ザガン行きの船がある場所まで1週間はかかる。ダンテには全部ちゃんと吐かせるさ」

「し、しかし、僕はぁ……ごふぅ!」


 ホーラに口応えするヒースの今度は右頬を殴り飛ばされる。


 目を点にするヒースは右頬を押さえながらホーラを見上げる。


 感情に火がついたように顔を真っ赤にさせるヒース。


「お父さんの事を心配して何が悪いんです! 貴方にそこまでの事をされる理由は……」


 そう言いかけたヒースを目を細めて見つめるホーラの発される威圧に口を噤まされる。


「ああ、心配するのはいいさ? だがね? アンタの父親はアンタの今の職業と同じ冒険者で危険と命を天秤にかけてるさ。しかも、コミュニティ―の看板を背負ってね?」


 懐から取り出したナイフを弄ぶホーラが続ける。


「アンタのオヤジさんは、止められたのにも関わらず、危険を覚悟して行動した結果さ。納得してるはずさ。ただね、その結果、息子が慌てふためいて無残を晒すのを見たらなんて言うだろうね? アタイなら自分で命を断つさ?」

「それでも……僕は……」


 いつまでもイジイジするヒースに呆れ全開で溜息を吐くホーラは頭をガシガシと掻き毟る。


「アンタはミュウを見て何も学ばなかったさ?」

「――ッ!!」


 先日、カラシルに敗れて悲しい笑い方をするミュウを見て何かを理解した気になっていただけだった事にヒースはホーラに指摘され打ちのめされる。


 はっきりしないヒースに業を煮やしたホーラが据わった目で見つめる。


 迷いも見せない動きで右手を振り抜くとナイフが放たれる。ヒースの大事な息子がある股間を掠ったか掠らないかの神技を披露する。


 ひぃ、と掠れる声を出すヒースとそっと自分の股間を庇うようにする3人の男性陣。


「いいかい? ここではアタイが神さ。アタイが飲み込めと言ったら飲み込む」


 口をパクパクさせるヒースに笑みを見せるホーラ。


「頷け、次は当てるさ?」


 悲鳴を上げそうになったヒースは自分の口を両手で押さえてカクンカクンと頷く。


 良し、と満足そうに頷くホーラを眺めていたスゥとミュウが額に浮かぶ汗を拭う。


「これでヒースにもホーラさんの恐怖がインプットされたの」

「ホーラ、神。でも最後は力技」


 小声言うが所詮、狭い馬車の中、地獄耳なホーラでなくても聞こえる。


 ああっ!? と聞き返されるスゥとミュウはプルプルと首を左右に高速移動させる。


 鼻を鳴らすホーラがテツを見つめると頷くテツがダンテに声をかける。


「御者を代わるよ」

「あ、有難うございます」


 御者をテツに交代して貰ったダンテはみんなに囲まれるようにして座る。


 少し居心地が悪そうにするダンテだが、ホーラに顎で話せと指示されると諦めたように話し始める。


「まず、思い出して欲しいんだけど、『精霊の揺り籠』の最下層でティリティアさんに見せて貰ったユウイチさんの映像を覚えてる? ザバダックさんは知らないでしょうがそのまま聞いてくださいね?」


 みんなが頷くのを見たダンテが続ける。


「あの時、モンスターを壊滅させたユウイチさんが『ホウライ』と会話してた内容を聞きました」

「ちょっと待ってくれよ! あれって映像だけで声は聞こえなかったぜ?」

「そうか、精霊から聞いたんだね?」


 レイアが疑問の声を上げたがダンテが説明する前にテツが気付いて口にする。


 頷くダンテは聞いた内容を口にし始める。


「本当ならユウイチさんに相談してから、と思っていましたが話す機会が作れずにいて話せなかった。何故なら2人が話してた内容がアリアとレイアの事についてだったから……」

「私達!?」

「どういう事だよ、ダンテ!」


 今度は双子のアリアとレイアが身を乗り出すようしてくるのをホーラが目で威嚇すると調教済みの2人はおとなしくその場で正座する。


 引き攣り笑いを浮かべるダンテはその時に聞いた内容を口にしていく。


 2人の会話は理解不能というか事情を知る者同士の単語のみで含まれた意味を理解し合っていた為、ダンテは分からない所はあると告げ、アリアが剣でレイアが鞘と言われたと説明する。


「確かに最後に会った時にそんな事を言われたけど……」


 レイアが言う事にアリアは頷いてみせる。


「それで、ザガンを半壊で終わらせた理由だけど、『ホウライ』の力の源は『ホウライ』へと恐怖らしいんだ。失った力の補充のために……」


 死なせてしまえば、恐怖は生まれない。


 だから、生かしておいたという事を理解させられた一同。


 そして、アリアとレイアをチラチラ見て躊躇する様子を見せたダンテに気付いたホーラが促す。


「いいから、知ってる事を全部言ってしまいな。どうせ碌でもない話さ? とんでもない場面で知って混乱するリスクは避けた方がいいさ」


 ホーラの言う通りだとは思うが踏ん切りが付かないダンテの肩を御者するテツがそっと触れる。


 テツに『1人で背負い込むな?』と言われた気分になったダンテは踏ん切りを付けたようにアリアを見つめる。


「『ホウライ』の目的は……アリア。剣であるアリアを欲していると言ってたよ」


 今度はアリアに視線が集まるがそれに動揺する様子を見せずに嫌いな相手に近寄られた女の子がするような表情を浮かべて眉を寄せた。

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