第91話 私達の行動も見逃さないのですぅ

 飛び出した2人、レイアとリアナ。


 レイアが真っ直ぐ、まさに性格を表すような拳を放ってくるのをリアナは危なげなく、片手でレイアの手首を掴むと迷いも見せずに掴んだ肘の裏からアッパーするように拳を振り上げた。


 それを見て目を剥いたレイアは掴まれている腕を基点に側転して避けようしたように見せかけて、避けるだけでなくレイアは掴んでるリアナの側頭部を蹴り飛ばそうとする。


 しかし、リアナはあっさりと手を離し、バックステップしてレイアから距離を取る。


 距離を取られ、悔しそうにするレイアが掴まれた腕を摩っているところからリアナの攻撃が肘を砕くアッパー以外にもあったのが伺える。


 虚勢を張るように口の端を上げる笑みを浮かべるレイアが毒づく。


「お前、今、一切躊躇なかったよな? 本気で今の組み合いで折るつもりだっただろ!」

「当然でしょう? どうして私が貴方と遊んであげないといけないのです?」


 レイアの言葉を受けて呆れて首を横に振るリアナ。しかも、目を瞑ってレイアに対する注意を払ってませんと分かるようにするのを見て、レイアの肩がピクっと動いたがそこに留まる。


 それを見ていたアリアとスゥがレイアに檄を飛ばす。


「この際、卑怯もへったくれもないの! 油断してる内に倒してしまうの!」

「そう、お姉ちゃんが許す!」


 そう2人が叫んでいる間もリアナは目を閉じて腕を組んでいるし、レイアは額に汗を滲ませて睨みつけて動かない。


 動かないレイアに業を煮やして更に叫ぼうとした2人に木の上にいたミュウが木になっていた食べれない木の実を投げつける。


 投げた木の実が頭に見事に当たった2人が恨めしそうにミュウを見上げるがミュウは2人に目を向けずにレイアとリアナを注視しつつ言う。


「邪魔、駄目。リアナ、油断ない。レイア、それに気付いてる」

「うん、あのまま飛び込んだら、さっきの巻き直し……いや、今度は確実に折られると思うよ」


 ミュウの言葉に頷くヒースが同じように2人を見つめながら言ってくる。


 2人、ミュウとヒースにそう言われて顔を見合わせるアリアとスゥの頭をホーラが叩いていき、フンッと鼻を鳴らす。


 叩いた相手がホーラだから文句が言えないと顔に書いている2人を見て笑うポプリがホーラが思ってる事を代弁した。


「2人は対人戦の経験値が足りてないわね。何も戦いは力と力、技と技だけではないのよ?」

「そう、それをぶつけ合う為に駆け引きが重要になるんだ。今、それを理解してないのはアリアとスゥだけみたいだよ。大丈夫、足りないモノは学んで……」


 テツが話している間に落ち込んでいく2人を見て、励ましにかかるのを見たホーラがテツの頭を叩く。


 露骨に分かるように嘆息して頭を摩るテツに言う。


「アンタが甘やかすからガキ共が成長しないさ? シメるとこはシメな」


 そう言うと再び、レイアとリアナに目を向けて死角になる位置からテツは頬を掻きながらアリアとスゥにウィンクしてみせる。


 大丈夫、1つずつ成長していけばいい、とテツに言われたように感じた2人は頷くとホーラにその動作を気付かれて疑いの視線を向けられるが2人が誤魔化す前にレイアとリアナに動きがあった。


 リアナが飛び出した。


 ミュウの縮地ほど速くはないが、レイアの呼吸の間を読むようにして突っ込んでくるリアナの行動に一息遅れて動く。


 その遅れはレイアには致命的で利き手の右手を掴まれて引き寄せようとされるのを見てレイアは思い切った行動に出る。


「うらぁ!!」

「くっ!」


 丹田に練り込んでた気で更に一歩踏み出し、踏み出した足下は足跡をクッキリ残すように沈ませ、循環させた気を掴まれた腕に流し、回転、コークスクリューを放ちリアナを殴るように突き出す。


 掴んでた手を回転で弾かれて、踏みこんでくるレイアの拳から遠ざかるように下がる。


 下がったリアナが腰に下げたホルダーから本を取り出し開く。


「まったく貴方は獣か何かですか? 何でも力押しをすればいいという話ではないんですよ」

「アタシは器用じゃないんだ! そうじゃなきゃ……もっと賢い生き方をしてる!」


 再び、突っ込んでくるレイアに「そうですか」と呟いたリアナが本に指を走らせたと同時にレイアは下から突き上げる不可視の攻撃で宙高く飛ばされる。


「――ッ!?」


 痛みはない攻撃に目を白黒させるレイアの正面に薄らと分かる程度のガラスのようなものを視認する。そして、それがアリアが良くするシールドと似たモノだと直感すると気を込めた拳でぶち壊す。


 しかし、壊した先にはまた同じシールドがあり、目を見開く。


「くそっ!!」


 目の前に現れた新しいシールドを叩き割るレイアであったが、割った先にはまたあるシールドに奥歯を噛み締める。


 それを見ながら本に指を走らせるリアナが告げる。


「お気付きかどうか知りませんがシールドを張ってるのは正面だけです。左右に逃げれば割る必要はありません。左右に逃げて踵を返して攻撃するのが賢い生き方ですよ」


 リアナに言われるがレイアは何も答えず、目の前に生まれ続けるシールドを叩き割り続ける。


 レイアが黙々と叩き割るのを見て呆れる素振りを見せるリアナを見てホーラ達が目を細めて呟く。


「あの馬鹿、絶対に引く気がないさ」

「確かにリアナの言うように下策で愚かな行動ですが……」

「ええ、普通であればそうです。しかしレイアがしようとしている、覚悟を貫く意志を示すのが目的であれば……」


 年長の3人の見立ては一致していた。テツが最初に言ったようにする気がある事は今のレイアの行動が裏付けていた。


 ゆっくりとではあるが上空からリアナに近づいてくるレイアを見て、眉間に皺が出来始め、苛立ちを見せ始める。


 殴り続けるレイアの拳から血飛沫が飛び散る。


「どこまで強情に殴り続けるつもりですか? 私まで到達する前に拳が壊れますよ?」

「決まってるだろ! お前をぶん殴るまでだ!」

「無理に決まっているでしょ? 魔力を使ってない私には底が無い。何百回しても無駄です」


 斬って捨てるように言い放つリアナにレイアは飛び散る自分の血が顔に付きながら口の端を釣りあげて笑う。


「無駄が無駄じゃなくなるまでだ! アタシは幾千、幾万でも叩き割ってやる!!」


 そう言い放ったレイアを見たアリアとスゥは振り返り、兄であるテツを見つめる。木の上にいるミュウは良く言ったと言いたげに遠吠えを上げる。


 ヒースだけ、3人がどうしてそんな反応を示したのか分からず首を傾げるが、テツを挟むようにいた姉、2人がテツの脇腹を肘で突く。

 ポプリは悪戯っ子のようにテツを見上げ、ホーラは呆れたように「馬鹿を量産するんじゃないさ?」と嘆息を洩らす。


 テツはレイアを笑みを浮かべて静かに見つめる。


 その言葉を吐いたと同時にレイアのシールドを叩き割る速度がグングンと上がる。


 徐々に近寄ってくるレイアに焦りも見せないリアナはレイアがもう一息で届くという距離で本をホルダーに仕舞う。


 構えを取るリアナが告げる。


「では、私の本気で引導を渡してあげましょう!」


 必死な形相で最後の一枚を叩き割ったレイアが血に染まった右拳を力一杯握り締めて振り被りながらリアナに迫る。


 馬鹿の一つ覚えのレイアは右拳を振り上げてリアナに殴りかかる。しかし、完全にタイミングを読まれていたレイアはあっさりと掴まれる。


「今度は回転させようと外させはしません。確実に折りにいきます!」


 空いている手で掌底でレイアの肘裏を撃ち抜こうと放ち、躊躇なくレイアの右腕を折る。


「これで貴方のま……」


 そう言ってレイアを見つめたリアナが絶句する。


 リアナの瞳に映るレイアの目は死んでなかった。そう貪欲に前に進む意志しかなかった。


 それを見たリアナの脳裏に自分が放った言葉、アリアに言った言葉が過る。



「出来ますよ。腕の骨を折る覚悟があれば……」



 スローモーションになる不思議な感覚の中、リアナは思う。


 本当にすぐに考えを切り替えれる事じゃない、と……


 その覚悟をたったこの短い期間でやってのけるレイアに悔しさが滲むリアナに迫るレイアの顔。


 そして、反り返るレイアがリアナの額を目掛けて同じく額をぶつけにいく。


「これがアタシの覚悟だっ!!」


 レイアの腕を折る為に掴んでいたリアナは逃げる事が叶わずヘッドバッドを食らった。







 テツは遠く離れた位置から背後で右腕が変な方向に向いているレイアがカンフー服を掛け布団にするように寝ている傍でポプリに2級ポーションを施されているのを見る。

 その周りにはアリア達が心配そうに見ているがホーラやポプリの様子から大事に発展はしないようだ。おそらくリアナが綺麗に骨を折るように意識をしたのが功を奏したのだろうとテツは納得する。


 レイアの事は心配ないと分かり、正面を向くと建物の隅で背を向けて蹲って膝を抱えるリアナに声をかける。


「良かったのかい? あの勝負、リアナの勝ちと言っても誰も文句が言えない結果だったよ」


 そう、レイアはリアナにヘッドバッドを入れてそのまま気絶した。リアナに膝を付かせる事どころか、血も流させる事も出来ずに額を赤くさせただけであった。


 テツにそう言われたリアナがグスッと鼻を鳴らして言ってくる。


「……当然です。どこにも私が負けと言える要因などありません。でも……」

「うん」


 リアナが言いたい事がなんとなく分かるテツが優しくリアナの言葉に頷く。


「ユウイチ様のお召物の持ち主は私が決めれない。それに、もう既に解は出てましたから……」


 ゼグラシア王国の地下でカエルと対峙したレイアに雄一のカンフー服が力を貸したという事は持ち主と認めていると取れる。

 テツもまた梓を持つ身だから、そのリアナの考えに異論出来る言葉はなかった。


 フルフルと震わせる肩を自分で抱き締めるようにするリアナは声も震わせる。


「わ、私はただただ……悔しかった。そう悔しかっただけなんです。ユウイチ様に強い愛情を注がれるレイアが……」


 そんなリアナの後ろから包むように抱き締めるテツ。小柄なリアナはテツの腕の中にスッポリと埋まる。


 ギュッと抱き締めるテツがリアナが慕う相手、テツにとって尊敬する男の想いを代弁するように言う。


「ユウイチさんはきっとリアナの気持ちにきっと気付いてた。リアナにも愛情を注いでたはず、それは俺が保障する」

「……本当に?」


 涙で瞳を濡らすリアナが振り返り見上げるのにテツは迷いのない大きな笑みを浮かべる。


「ユウイチさんは女心には鈍かったけど、親を求める子の気持ちを見逃した事はないよ」

「うふふ、それはテツ兄様も同じですよね?」


 テツの言葉に綻ぶような笑みを浮かべるリアナの痛いところを突いてくる言葉にテツは困ったように頬を掻く。


 頬を掻くテツの手を取って、再び、抱き締める形にしたリアナが目を瞑って言う。


「テツ兄様、もうちょっとこのままでお願いします」

「ああ、お安いご用だよ」


 テツはリアナが腕の中から出ようとするまでジッとそのまま抱き締め続けた。

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