第8話 最高で最低? 意味が分からないのですぅ

 ミュウから手渡された本を開いた後、みんなを見渡した後、読んでいいか確認するように見渡す。


 みんなはスゥを急かしたいのを耐えるミュウをチラリと見た後、スゥに頷いてみせた。


 何故か緊張してきたスゥは紛らわせるように大袈裟に溜息を吐くと口を開く。


「じゃ、読むの……どうやら、研究日誌のようなの。化学式や専門用語が固まってる所は飛ばしていくの」


 読む事を出来ても理解できる者がいない上にザッと見ただけでも、その割合は多いのを感じ取ったスゥは省く事を決めた。


 そして、スゥの朗読が始まった。





『殺人をするうえで、もっとも大変な事。それは証拠品の隠匿だ。そのなかでも取り分け、死体を隠すのがもっとも難しい。これを解決する方法はないだろうか? 丁度、大きなプロジェクトだった複製技術の成功例が出て、経過観察中で暇を持て余してたところだ。少し考えてみよう』



 スゥがそこまで読んだ所でレイアが鼻の上に皺を作って吐き捨てるように言う。


「この日誌書いてるヤツ、ゲスだな?」

「僕もそう思うけど、続きを聞こうよ?」

「でも……複製技術も気になる。こんな頭がおかしそうな事を考える人が大きなプロジェクトと言うものがマトモだと思えない」


 アリアにそう言われたスゥが2~3ページをチラ見したがそれらしい文章がなく残念そうに首を振る。


「私も気になるけど書いてなさそうなの。この本を読み終えたら、複製技術の言葉が載ってそうな本を捜してみるの」


 スゥの言葉にアリアは頷き、中断させた朗読をジッと耐えるようにするミュウに申し訳ない顔を向けながら再開させた。



『死体を隠す、いや、消す事は不可能か? 否、である。過去現在の超人に分類される者達であれば、武器や魔法で証拠の欠片も残さず消滅させる事ができる。だが、そんな事ができるのは両手で数えられるかどうかである。逆説的に死体を消したという事が犯人ではないかと疑われる者達だ。しかし、今回、私が考える死体を消す方法は女子供でもできる方法を模索しよう』


 困った顔をするヒースが呟く。


「内容だけ無視したら、何か指導書として売り出しても良い文章にも感じますね……」

「だからこそ、この記録者の異常さが際立ってるの」


 気持ち悪そうに本を見つめるスゥは読むのが少し嫌になり始めるが我慢して続きを読む。



『一般的に死体を完全に隠そうとした場合、どうするだろうか? 切り刻んで違う場所に小分けにして埋める。火で燃やし尽くす。人が立ち入らない場所に死体を投棄する。この3つが基本だろう。この方法には色々な問題がある。まず切り刻んで違う場所に埋めるだが、切り刻むのは動かない相手とはいえ重労働だ。女子供には難しい。火で燃やす。良案のように思えるが、死体を灰レベルにしようとすると焚き火程度では無理だ。仮にしようとした場合、相当な時間がかかる。人が立ち入らない場所? そんな場所はありはしない。ありもしないお宝を求める冒険者が徘徊する。運の要素に頼り過ぎている』



 少し気持ち悪そうにするアリアが軽く咳き込んだ後、呟く。


「やっぱり、この人、おかしい……こんな事を真面目に考えて、記録に残すなんて」

「本当だぜ、暇潰しに本気で簡単に死体を隠す方法とか……」


 アリアの肩を抱くようにするレイアをチラリと見た後、スゥは読み進める。



『そこで私は思い付いた。人の体のどの部位も細胞と細胞の繋がりから出来ている。それを分離させれば良いのではないだろうか? 細胞を繋ぎ合せるのに苦労をし続けて失敗する過程は嫌という程に見てきている。きっと、その応用から出来ると私は見ている』



「ちょっと待って欲しいの! この話、さっきの複製技術の事を言ってるの? 物の話かと思ってたら生物なの? この話、どこかで……」

「スゥ、続けて、ミュウが聞きたいのはそこじゃない」


 傍目から焦れているのが分かるミュウが辛抱強く我慢してた。


 しかし、さすがに我慢が限界のようで急かしてくる。


「ご、ごめんなの……あ、ここから数式などばかりになるから……」


 そう言うスゥがペラペラとページを捲っていく。


「この辺りからみたいなの。読むね?」


 頷くミュウを見てから続ける。



『最初の見立ての方法で作った薬で一応の結果は出た。確かに、人を灰のようにしてしまえる。しかも細胞から切り離す効果の副産物なのか、思考能力が低下し、感情を失い、言われた事しかしない肉人形にするようだ』



「本当に人で実験したのか!? 只の暇潰しで!?」

「シッ! スゥ、続きを……」


 思わずと言った風にヒースが声を出してしまうが、アリアが制止してスゥを促す。


 頷くスゥが続ける。



『結論を述べるのであれば、この薬は失敗作である。確かに灰にできるが、死んでからでは効果は無く、生きている間に使う必要があり、すぐには効果はない。個体差はあるだろうが1カ月はかかるようだ。強い個体であれば、もっと長い時間かかるかもしれない』



「これって……」


 そう言うレイアがミュウに視線を向けようとするのを隣のアリアがレイアの長い髪を引っ張り、振り返りを阻止する。


 髪を引っ張られて痛みから文句を言おうとしたレイアであったが、姉のアリアのファインプレイに気付き、ムスッとするだけで耐えた。



『暇潰しに貴重な研究資金を使っただけでなく、失敗した私は愚か者だと嘆いたが、どうやら私は運は少しあったようだ。パラメキ国の王女だか、姫だが知らないが相手の意志など関係なしに言う事をきかせる物を依頼してきた。その結果、対象が死に至るモノでも構わないという頭がイカれた内容だ。まあ、私も人の事を言えた義理はないが』



「こいつ、自分のやってる事がおかしい事だと自覚症状があるのか? あるのにする事に躊躇してる様子がない!」


 身を乗り出して更に声を出そうとしたヒースであったが、背後から聞こえる歯軋りで我に返り、振り返るとミュウが犬歯を剥き出しにして歯を食い縛っていた。


 普段、呑気な表情しかしてないミュウの怒りに染まる表情にその場にいる者達はのまれ、息をのむ。


「……スゥ。その持ち主の名前、分かる?」

「ちょ、ちょっと待ってなの!」


 慌てて、続きの文字を目で追って行くスゥが思わずと言った風に短く声を上げる。


「あっ! どこかで聞いた感じの人だと思ったら、里帰りしてる時に爺に聞いた……」

「スゥ、読んで!」


 思い出した事を振り返ろうとしてたスゥを呼び止め、続きを促すミュウ。


 その声に首を竦めるスゥが見つけた場所の文面を読む。



『浪費した資金は薬のレシピを売り払う事で補填できた。暇潰しに資金を投じるモノではないな。これを戒めとして私、カラシルは研究に邁進し、それを忘れないようにこの記録は残す』



 そこまで読んだ瞬間、ミュウの逆立った髪は一段と立ったが深呼吸をした瞬間、いつものミュウに戻る。


「カラシル、覚えた。絶対に忘れない」


 そう言うとミュウは再び、積まれた本の上に座ると目を瞑り黙り込む。


 4人はそれを見て、その場から少し離れて顔を突き合わせる。


「スゥが読んだ内容って多分……」


 狭い部屋なうえ、耳の良いミュウには意味はないが声を潜ませるレイアが聞くとアリアが頷く。


「ミュウの両親に使われたモノと同じだと思う」


 一瞬、黙り込む4人だが、ヒースがスゥに質問する。


「そういえば、さっき言ってた爺に聞いたってのは?」

「うん、私は夏になると2週間ぐらい城に戻ってたの。その時に爺にナイファ国の歴史を教わってたのだけど、その時に聞かされた『ナイファ史上最高の頭脳と最低の倫理観』と言わしめた天才科学者がいたそうなの」

「それがカラシル?」


 確認してくるアリアにスゥは頷いてみせる。


「彼のおかげで不治の病と言われた病気もいくつかはそうでなくなったりする功績もあったそうなの。でも、その研究に平気で人体を使って死なせてたらしいの」


 スゥが聞いた話では、助けた人の同数程度を実験で死なせてると聞かされたらしい。


 長い目で見れば、比率は変わるのであろうが、その辺りが『最低の倫理観』と言わしめたのであろう。


「という事は、ここにその頭がおかしいカラシルってやつがいるのか?」

「もしくは、居る場所を知ってる人がいると思うの」


 レイアの言葉に補足するスゥ。


 そして、振り返る4人は黙り続けるミュウに心配げな視線を送る。


「ミュウ、私達も協力する。だから、暴走だけはしないで?」


 そう言うアリアであったが、ミュウは黙り続けたままであった。


 黙るミュウにもう一度声をかけようとした時、回転壁の向こうから走る音と悲鳴を上げるように愚痴る声が聞こえる。


「しまった!! 資料を纏めてたら寝てた! カラシル様をだいぶお待たせしてる!!」


 まだ若い男の声に反応したミュウが回転扉に飛び付く。


「ミュウ!!」


 レイアが反応して声を上げるが、かけた時には既に回転扉は開き始めたところで間に合わない。


 表に飛び出したミュウと同時に若い男の短い悲鳴が聞こえる。


 すぐに回転扉がまた廻り、白衣姿の若い男を捕まえたミュウが飛び出してくる。


 若い白衣の男を床に叩き着け、馬乗りになって喉にナイフを押しあてる。


「カラシル、どこ、言え!!」

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