第47話 私は高笑いをしないのですぅ……咽るから
陽が暮れた頃、岩場の影、前日のクロが降り立った場所まで廻りに廻って戻ってきたアリア達は疲れ切った様子で大の字で倒れていた。
なんとか人海戦術を駆使するゼグラシア王国兵から逃げ切る事に成功したアリア達であったが、少し離れた場所で鼻水を垂らすのも堪え切れない様子で舌を出し倒れるデングラを掴まえる事が出来ずじまいであった。
だいぶ鍛えてるつもりだったアリア達がいくら雄一に10年に1人の逃げる天才と褒められた相手だといえ、負けたのが悔しくて睨みつけていた。
「くっそう、結局掴まえられなかった……」
悔しさを隠さないレイアが顔だけをデングラに向けると息も絶え絶えで声を出せないのにサムズアップしてくるのを見て血管を浮き上がらせる。
本当にたいした根性である。
追いかけた側の唯一ムキにならずに自分のペースを維持したダンテが疲れる体にムチ打って起き上がる。
「そういえば……逃げるのに必死だったから今、気付いたけどホーラさんとテツさんは?」
ダンテに言われて起き上がったアリア達はやっと居ない事に漸く気付く。
「しまった……ゴミ……デングラを追いかけるのに必死で忘れてた」
「本当なの。変態……デングラせいなの」
「はぁはぁ、それ絶対、言い直したんじゃないよな? 比喩表現が俺様と分かるように強調する為だよな!?」
起き上がろうとしたデングラであったが力が入らないようで倒れ、アリアとスゥに顔を向けて文句を言うがシレっと目を逸らされる。
最後にムクリと起き上がったミュウが懐からビーフジャーキーを取り出して咥える。
「ホーラ、テツ、追われる直前に身を隠した」
「えっ!? マジか? なんで知ってるんだ!」
レイアがそう言うとみんなの視線がミュウに集中する。
男前なキリリとした表情でビーフジャーキーを噛み締めるミュウ。
「ミュウも一緒に隠れようとした。でも、ホーラに蹴られてみんなと逃げるハメに……」
「待って……もしかしてミュウ、僕達を見捨てようとしたんじゃ……?」
ダンテの言葉で一同、口を閉ざしてミュウを静かに見つめる。
すると、ミュウは目の前の見えない箱を持つようにして隣に移動させる。
「それはそれ。これはこれ」
「それもこれもないのっ!」
「この裏切り者ぉ!!」
律儀に移動させた見えない箱を戻すスゥとミュウの両肩を掴んで力任せにガクガク前後に揺らすレイア。
ミュウは自分は悪くない、とばかりにブルンブルンと顔を横に振ってみせる。
「がうぅぅ! 世の中、弱肉強食、焼肉定食!」
「ああ、また意味の分からない事を……あの2人に昔、教えられた事を言い出して……」
たまたま、教えられている現場にいたダンテが当時を思い出して溜息を吐いているとアリアが暴れるミュウにボソっと言う。
「ホーラ姉さんに蹴り出されたミュウは負け、つまり、肉と言う事」
アリアがミュウが咥えるビーフジャーキーを指差すのを見たミュウはビーフジャーキーを手にとって見つめる。
そして、ポテっと倒れると力弱く「がうぅぅ……」と悲しそうに鳴く。
ミュウを凹ませた事で満足そうなアリアの背後でスゥがダンテに話しかける。
「ダンテはどう思う? ホーラさんだけなら面倒だった、という理由で私達を見捨てた可能性も残るの。でも……」
「うん、テツさんも一緒に同じ行動を取ってるという事は、この騒ぎに便乗して何かをしようとしてるのかも」
ダンテとスゥの会話を聞いていたレイアが近くに寄ってくる。
「どういう事?」
「多分だけど、デングラが言ってた敵味方について、あそこまで情報と誤差があるのはやっぱりおかしい、と2人は咄嗟に判断して情報収集に残ったんじゃないかな?」
そう言うダンテは「ミュウを追い払ったのは隠密行動するのに興味本位でうろうろされたら困るからかな?」と告げるとレイアは呆れながら納得する。
「それで、これから私達が取るべき行動は?」
振り返ったアリアが聞いてくるのにレイアとスゥもダンテを見つめる。
口にする前にもう一度考えるように顎に指を添えるダンテ。
「うん、少し待ってみよう。もし、僕が思うような理由ならきっと2人はここに帰ってくる。今の僕達の集合場所に出来る場所はここしかないしね」
「1日ぐらい? 時間的にもこれぐらいが良いと思うの。ゼグラシア兵が追跡を続行してた場合、長く見積もってジッとしてられる限界だと思うの」
ダンテの判断に意見を添えるスゥの言葉に頷き返すダンテはみんなを見渡す。
「そう言う事だから休める内に休んでおこう」
それに頷くアリア達は各自、水分補給や食事を始める。
ダンテ達の会話に参加していなかったミュウとデングラを見るダンテは溜息を零す。
いつの間にかデングラは高いびきを掻いて寝て大物ぶりを発揮していた。
落ち込んでいると思っていたミュウは早々に立ち直り、ビーフジャーキーをハムハムと齧りながら呟く。
「ニク、悪くない。やっぱり美味しいは正義」
この2人は放っておいても大丈夫と肩を竦めるとダンテも水筒に入った水を口に着け始めた。
▼
一方、アリア達を囮に使って侵入を果たしたホーラ達は何食わぬ顔をしてゼグラシア王国の市場を歩いていた。
何も気にしてない様子のホーラにテツが苦笑いをしつつ話しかける。
「咄嗟の判断とはいえ、少々、あの子達を囮に使った良心の呵責がありますね……」
「今更? アンタもあの状況はこうするのが一番と踏んだからこうしたさ? だいたい、あの面子に隠密行動は出来ても溶け込む行動は出来ないさ」
そう言うホーラは市場を練り歩く人のように通りにある青果を売るおばちゃんからリンゴを買い、服で軽く拭うと齧り始める。
一齧りしたリンゴを後ろに歩くテツに放り、テツが齧るのを目だけで見つめながら話す。
「デングラから聞いてた話と状況が明らかにおかし過ぎるさ。あの馬鹿そうなヤツにアタイ等を騙そうという発想はないさ……となると」
「ええ、デンが嘘を言ってない前提で有りうる可能性で想像し易いのは王族の誰かが暗殺され、デンが最重要容疑者。しかし、それにしては市場で生活してる国民に悲壮感もなく落ち着いている」
ホーラ達が今まで歩いてきた市場ではホームであったダンガと比べるべくもないが、充分、盛況と言っても過言ではない。
そう、明日の不安を感じている素振りが見えないのである。
もう、そこからおかしいのである。
「水を堰き止める魔物の復活、再来してるはずのゼグラシア王国。この落ち着きよう……何が彼等に安心感を与えている?」
「そこらの酒場にでも入って情報を集めたいが……今はよそ者だとアピールするような行動は不味そうさ。そこでアタイ等が取るべき手は……本丸を探る」
テツからリンゴを奪い、一齧りするとホーラは市場通りの先にある王宮を見つめた後、テツに頷いて見せると急がず、ノンビリせず、周りの流れに乗って目的地を目指して歩き始めた。
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ホーラ達は異常に警備の厳しい監視を逃れて城壁を登り切り、息を潜ませて中の様子を見つめる。
ホーラ達は侵入経路を探るように辺りを見渡すがテツの表情は晴れず、ホーラは眉間に皺を寄せる。
「この警備は異常さ……普通の泥棒や少々腕に覚えある相手にここまでの警備は割かない。明らかにアタイ等のような相手を想定している警備さ」
ホーラが言うように巡回している兵も多いが入口という入口に通り道を塞ぐように人が立っており、各窓にも人が配置されていた。
侵入不可能だろうと言いたくなるような位置にある窓にすら配置されている徹底ぶりであった。
「そうですね、あんなロープをどうやってかければいいやら? という場所ですらいますし、明らかに空中を移動出来る相手を想定してます。勿論、侵入したのがバレても良いという条件であれば侵入出来ますが……」
「馬鹿言うんじゃないさ。そんな事したら軍隊全部を相手にしなくちゃらない可能性があるさ?」
逃げる事は出来るだろうが2度と街に入る事も適わなくなる。
テツとて、悪手である事を分かったうえで口にしていたので何も言わずに口を閉ざす。
溜息を吐くホーラはカチューシャの位置を直し、振り返るとテツに告げる。
「撤退さ。何か侵入する手を考えるさ」
それに頷くテツを確認後、2人は城壁を伝って、この場を後にした。
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不機嫌そうなホーラが考えに更けながら通りを歩く。
「何か手……テツ? 何を見てるさ?」
話しかけたテツが明後日の方向を見つめていたので眉を寄せて問いかけるホーラにテツは見てた先を指差す。
「いえ、人だかりが出来ているので何があるのだろう、と思いまして」
確かにテツが指差す方向には人だかりが出来ており、野太い歓声が響き渡っていた。
顔を見合わせた2人は人だかりが出来てる場所に向かい、人の垣根を掻き分けて進み、その奥のモノを見る。
そこで見たモノにテツは少々照れ臭そうに目を逸らし、ホーラは『なるほどさ』と言いたげに半眼になるがすぐに何か思い付いた様子を見せる。
すぐにテツに戻ると合図を送り、人だかりを出ると仕方がないという素振りを見せるホーラを見たテツがホーラの考えを見抜いたのがゲンナリとした後、頬を掻きながら苦笑を浮かべる。
「どうやらアタイの出番のようさ? 準備するよ」
「はい……」
やる気のないテツを引き連れてホーラは雑踏の中へ姿を消した。
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ホーラ達が城壁から離れた頃、王の間では……
黒い長髪を乱暴に後ろで纏めたカンフー服を纏う大男が玉座で足を組んで睥睨していた。
手にしていた青竜刀を傍にいる本来、その玉座に座る者、デングラの父、グラ―ス国王に手渡す。
大男の見つめる先には2人の兵士に片腕ずつ捉えられ、地面に抑えつけられている少女の姿があった。
褐色の肌、艶やかな黒髪をボブカットにした愛らしい少女が玉座にいる大男を睨みつける。
睨みつけるその瞳は本来はパッチリとした可愛らしさの中に理性の色が強く輝かせているが、今は目の端に青痣が出来て腫れあがって台無しになっていたが強い意志は感じさせる光は健在であった。
「まさか、11歳の王女が兵士100人を無力化させるとは……おみそれした。それともゼグラシア兵が脆弱過ぎるのか?」
大男は小馬鹿にするように拍手して見せる。
王の間を見渡すと呻き声を上げる兵士が2~30人転がっており、この王の間に至る道にも数十人の兵士が少女に行動不能にされていた。
「貴方は何者なのです」
「おいおい、2~3年、会わなかっただけで忘れたのか? 薄情だな」
肩を竦める大男を睨みつける少女は奥歯を噛み締める。
「貴方はあの人ではありません!」
少女に怒鳴られた大男はヤレヤレと首を振りながら少女に近づき、視線を近づけるように屈んで顔を覗き込む。
「ほら、リアナ、良く見ろ。俺だ、『救国の英雄』と言われる……」
最後まで言わせないとばかりに少女、リアナは血が混じる唾を大男の顔に飛ばす。
頬に吐いた唾を横目で見た大男は無言でリアナの頬を平手で叩く。
口から血が垂れるリアナを感情のない表情で見つめ、抑えている兵士に目を向け、命令を下す。
「人身御供の大事な体だ。暴れられないように拘束して牢に放り込んでおけ」
大男の命令に頭を下げる兵士が疲労困憊のリアナを吊るし上げるように持ち上げ、引きずりながら王の間を出ていく。
引きずられるリアナは悔しそうに口を歪まし、目尻に涙を浮かべる。
「絶対に違う……あの陽だまりのような暖かさを纏ったあの方と同じはずがない」
何かを成す前に取り押さえられ、囚われの身になった自分が悔しくて涙を流す。
祈るように、そして、小さな胸に息づく暖かい想いに呟く。
「助けて……ユウイチ様……」
瞼をきつく閉じるリアナの背後にある王の間から大男の高笑いが響き渡る。
王の間の中央で高笑いを上げるその姿は消息を絶ったはずの雄一の姿がそこにあった。
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