第90話 静かに語る背中を知っているですぅ
屋敷の外を力ない歩みをするテツをホーラ達は屋敷を出て、始めに曲がった角で見つけた。
テツもホーラ達に気付いて顔を上げる。
「……ホーラ姉さん、それにみんな」
「私はホーラのおまけですか」
言葉だけで見れば怒っているようにも取れるポプリだが悲しそうでもあり、安堵するようにする様子は弟の無事を噛み締める姉のように見えた。
もう1人の姉は、テツの呼び掛けに答えず、立ち止まった他の面子を無視してズンズンとテツに近づき、目の前に辿りつく。
そして、軌道もへったくれもなく握った拳をテツの頬に入れる。
「――ッ!」
見ていたダンテがビクッと首を竦めてアワワッと手首を摩るホーラを見て角度も考えずに殴った為、捻ってしまったのだろうと見立てる。
そんな入り方だったのでテツも顔を横に向けさせれただけであった。
殴られた頬を押さえながら前にいた肩を震わせるホーラの顔を見たテツは目を見開いて固まる。
ホーラの背後にいたダンテはテツが何を見て驚いたのか分からず、ポプリは腕を組んで小さく首を横に振り微笑を浮かべる。
「あのオッサンがアタイ達を出し抜いた時点で自分1人じゃどうにもならない、と気付いたはずさ」
「ごめんなさい……でも」
「幻の左!?」
テツが「でも」と言った瞬間、今度は完璧の軌道に沿ったホーラの左拳がテツの無事な方の頬を抉る。
思わず、叫んだダンテは隣にいたポプリに溜息を吐かれながら頬を引っ張られる。
「あらら、ダンテ君は家の男の子の中では場の空気を読める子だと思ってたんだけど?」
「イタタッ、ご、ゴメンなさい! つい!」
良く伸びる頬を引っ張られて涙目にされるダンテ。テツが無事であった事と姉達しかいない場で仕切る必要がなく気が抜けて思わず言ってしまったダンテを理解するポプリはクスリと笑うと手をあっさりと放す。
そんな2人が見つめる先ではテツが今度はかろうじてコケなかっただけでかなり良いのを貰ったらしく赤くなっている頬を押さえてゆっくりと姿勢を戻す。
再び、前を向いたテツが何かを言いそうになったが飲み込む素振りを見せた後、口を開こうとした瞬間、屋敷の中から爆音が響く。
ポプリとダンテが顔を見合わせる。
「この音は中から? 行くわよ、ダンテ君」
「はいっ!」
踵を返して走り出す2人とホーラを交互に見たテツが一瞬の躊躇を見せたが被り振ると一歩前に歩みを進ませ、ホーラを脇を抜けようとする。
「テツ、いい加減、ユウの真似は止めるさ。それは意志を継ぐとは別の話さ」
「……」
通り過ぎようとするテツに話しかけるホーラの言葉にテツの足は止まり、沈黙で返す。
ホーラは深い溜息を零し、空を眺めるように上を向く。
「アンタはユウじゃない、テツはテツさ。アンタが背を追いかけるユウですらミスを1年前のあの日にね……」
「……確かに俺は俺でしかありません。だが、俺は超えたい。この気持ちに嘘は吐けません。それにホーラ姉さん、ユウイチさんが完全無欠じゃないのは俺は良く知ってます」
背中越しでテツにホーラがどんな顔をしてるか分からないが構わないとばかりに微笑む。
テツは懐かしむように姉と同じように空を見つめるようにする。
「ユウイチさんは一杯、失敗をしてきてます。ずっと後手に廻らされて冒険者ギルドの大会の時もスゥ達と出会った時、ナイファ国での陰謀、それに絡むミュウの両親、戦争時にあったホーエンさんとの一戦……」
テツの言葉に悔しそうに舌打ちするホーラに気付いて苦笑いをするテツ。
日常生活のを入れたらキリがないと指折りをするがすぐに諦めたように手を降ろす。
「でも俺はそんなユウイチさんに憧れた。完全無欠じゃない、いつも苦悩しながらも前を進むのを止めない、静かに背中で語るあの人に……そして、同じように思っている……あの子は」
「あの子?」
訝しげに呟くホーラの背中を見てテツは妹や弟には久しく見せてない子供の頃を思い出させる笑みを浮かべる。
「俺達の妹ですよ。きっと今、覚悟を貫く為に、あの背中を知っているから退けない戦いを……俺も同じ立場ならそうする」
そう言うとテツはショートカットするように屋敷の塀を飛び越えて中へと入って行く。
ホーラは目元を腕で一度擦るとテツが同じルートを辿って屋敷の中へと入って行った。
ホーラとテツが音がする方向に行くとそこには全員集合していた。
レイアとリアナが対峙するのを囲むようにアリアとスゥはレイアに檄を飛ばして、ヒースは止めた方がいいのかと悩んでいる素振りだ。
リアナとレイアの間に陥没させられた地面があるのを見て、先程の音はあれだろうと納得すると同時にあれはレイアがリアナを挑発も兼ねた先制攻撃だったのだろう事もテツは見抜いていた。
しかし、リアナに再戦の意図は理解して受ける気になっているようだが、レイアの悔しそうにする様子から威嚇目的もあったようだがそちらは不発したようだ。
ゆっくりと近づいてきたホーラとテツが陣取った木の上ではミュウがωと表現したくなる口でムニムニしながら2人の睨み合いを眺めていた。
リアナを見て、そしてレイアを見つめたホーラが嘆息する。
「あの馬鹿、実力差を理解しなかった? 頭まで筋肉になってるさ」
「どうやらそうでもないみたいですよ?」
「ええ、普段のレイアなら問答無用に殴りかかってるでしょうから」
ホーラとテツの傍にやってくるポプリとダンテがホーラのぼやきに返事を返す。
微笑みを浮かべるテツが2人を見つめているのを見て、腹立たしげにホーラは質問する。
「何か気付いてるならさっさと教えな」
「そうですね、レイアはリアナに勝てるなんて思ってません。覚悟を貫くつもりなんでしょうね」
テツの言葉に鼻を鳴らすホーラが「自己満足さ」と吐き捨てるのを聞いたテツは笑みを浮かべる。
笑みを浮かべたテツを見て何かに気付いたようで下唇を噛み締めるホーラ。
「そう、自己満足です。だからレイアは難しく考えてません。自分がそうしたいからと以外にはね」
嬉しそうに見つめるレイアを見つめるテツは告げる。
「自己満足と言われようが、無茶と言われようがあの背中を追うという事はそういう事なんですから」
「今日は割と本気で久しぶりにアンタがムカつくさ!」
不意打ちするようにテツの脛を蹴っ飛ばしたのがゴング代わりにレイアとリアナが同時に飛び出した。
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