第80話 分からない思惑なのですぅ
街から出て、しばらく歩いた頃、ついに我慢が出来なくなったレイアがダンテに詰め寄る。
「なあ、ダンテ。なんか気付いたんだろ? 教えてくれよ、アタシはチンプンカンプンだ……」
見つめられたダンテがレイアをジッと見返すと一瞬考え込むような素振りを見せた後、カバンから作業用のナイフを取り出す。
いきなり何をするんだろう? と3人が見守るなか、ダンテは自分の腕を軽く刺すと痛そうに顔を顰める。
「だ、ダンテ! 何をいきなりするの!?」
「ああ、ごめん。先に説明すれば良かったね」
慌てるスゥに謝り、目を見開いたレイアとミュウに笑みを浮かべて謝る。
刺したナイフを抜いて、その傷痕に水魔法を行使して傷口を塞ぐと説明を始めた。
「うん、まずはこれが幻覚や夢の類か確認しようとしたんだ。少なくとも、この程度の衝撃では醒める幻覚や夢ではない事が分かったよ」
「はぁ? これが夢とかだって?」
ダンテの言葉を聞いて、3人が顔を見合わせながら首を傾げる。ダンテが何を言いたいかイマイチ理解出来てないようである。
困った顔をしたスゥがダンテに問いかける。
「うーん、幻覚ならともかく、夢ならおかしくない? みんなで同じ夢を見ているのも変なの」
「だよね……だけど、僕達が転移装置だと思ってたモノがまったくの別物だったら?」
そこでやっとスゥがダンテが言いたい意味を理解する。
「つまり、今、見てるものは装置の力で見させられてる夢?」
「その可能性がある、という話。でも、それが理由だったら色々と腑に落ちないモノも沢山あるんだよね……」
「分かった! じゃ、死ぬような痛い思いしたら目を覚ますはず!」
拳に気を纏わせて自分を殴ろうとするレイアを慌ててダンテが止めようとするがそれより先にレイアの足をミュウが払い、転がす。
不意打ちを食らって顔からモロに地面にぶつけたレイアが顔を土だらけにして飛び起きるとミュウに詰め寄る。
「何するんだよ、ミュウ!」
「これ、夢、違う。レイア、死ぬ気?」
真顔で逆に更に詰め寄られたレイアがミュウの迷いのない瞳に押され、苦しげに呻きながら下がる。
それを見て、ホッとしたダンテが話しかける。
「有難う、ミュウ。もうちょっとでレイアが死んでしまうところだったよ。いいかい? レイア。リアル過ぎる夢や幻覚は時として本物と大差なくなるんだ。心が死んだ、と思い込んでしまったら本当に死んでしまうんだ。特にここまで違いが分からないとね」
「……ミュウ、有難う」
さすがにマズイ事をやろうとしてた事を理解したらしいレイアが珍しく殊勝にミュウに謝った。
ミュウは気にするな、と言いたげにガゥと唸るとレイアの肩を叩く。
一段落着いたと判断したダンテがミュウに話しかける。
「それでミュウはここの事をどう思う? 夢ではないというのは何故、そう思うのかな?」
「夢じゃない。本物と偽物、後、人がいない」
「えっ!? 人がいないってどういう事なの?」
レイアとスゥがミュウに詰め寄るがミュウは口を開いたり閉じたりした後、明らかに説明するのが面倒な様子を見せる。
1人、納得するようにするダンテが相槌を打ちながら考える肩にミュウがポンと手を置く。
「がぅ、後は任せた」
「もう、ミュウもレイアもすぐに人に任せ過ぎだよ……」
呆れを隠さないダンテの溜息にガゥガゥと嬉しそうに笑うミュウに毒気を抜かれるダンテ。
レイアとスゥの視線も集まった事もあり、今、ある程度纏まった事を話し始める。
「僕もミュウと同じように思ってた。ミュウが言う本物と偽物は簡単なのを言うと食べ物などの売り物は本物だったけど、売り子をしてた人だと思ってたのがパペットだったんだよね」
「がぅ、木の匂いした」
「マジかよ! なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ」
レイアがダンテの胸倉を掴んで揺するがミュウに手首を掴まれ首を横に振られる。
「敵意ない。食べ物、毒ない」
「うん、精霊も僕にそう言ってくれたから様子見してたんだ。僕の目にもレイア達と同じように人に見えたんだ、さすがに経過を見守るよ」
「精霊!? ダンテ、精霊感応が戻ったの?」
スゥに言われて少し照れた様子を見せるダンテが小さく頷く。
我の事のように喜んでくれるスゥ、そしてレイアとミュウの手荒い祝福をするように背中をパーンと良い音を鳴らす叩き方をしてくる。
叩かれたダンテは顔から地面に落ち、顔の土を払い、背中を痛そうにしながら立ち上がり恨めしそうにレイアとミュウを見つめ「僕を殺す気かい!」と珍しく唇を尖らせるようにして拗ねるダンテ。
「もう! レイアもミュウも力加減を知らないの! それより、本当におめでとうなの!」
「あ、ありがとう……でも、まだ以前のようにはっきりと聞こえる訳じゃないからまだまだだよ」
だから、ダンテははっきりとした物言いが出来なかったので断言を避けるように予測を口にしていたのであった。
しかし、ミュウのカンと鼻を加味して自分が拾い集めた情報からある推測を口にする。
「良く聞いて? それらの事を踏まえて僕はアリア達と早く合流しないといけない。何故なら、ここに第三者、風の精霊以外の誰かが介入してる可能性が高いから」
ダンテの真剣な表情を見つめ、3人は原因究明より、仲間のアリアとヒースの安否が先と理解し、ダンテが「急ごう」という言葉に緊張した様子で頷いてみせた。
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羊皮紙を片手にダンテ達はアリア達と合流を急ぐ為に先を急いでいた。
移動中にもレイアが中心にダンテに第三者について質問してきたが、その疑いが高いという以外には何も言えないとダンテに言われる。
ただ、パペットを人に見えるように幻を纏わせる事ができ、尚且つ、それを離れて維持、あれだけの数に行使出来る存在が悪意ある行動を取ってない事がダンテは気になっていた。
まったくメリットが無い事からダンテも気にし過ぎかと思ったが、風の精霊神殿に向かう、こんな限定的な場所でいつ誰かくるか分からないところでこれだけの精度の高い幻を用意するは有り得ない。
逆から考えるとダンテ達が来ると分かったうえで用意したとしたら、と考えると思惑が分からないところもあるが警戒するに越した事はないというのがダンテの見解であった。
そんな事を考えながら先を進むダンテの手にある羊皮紙の光の点が重なる。
「この辺りにいるはずなんだけど……」
辺りをキョロキョロするダンテ達だが辺りにはアリア達もだが誰の姿もなかった。
「だ……ダンテ……」
「あれ? 誰か、僕を呼んだ?」
振り返るとレイアとスゥが首を傾げて「知らない」と返事をするが残るミュウは足下にあった石を拾うと頭上目掛けて投げ放つ。
すると、空に向かって飛ぶと思われたミュウの石は途中の何もない場所で乾いた音、カーン、という甲高い音がする。
その音の出先を3人が見つめ、精霊が騒ぐのに気付いたダンテが目を細め、魔力を練る。
「ウォーターボール!」
水球を5つ生み出すとミュウが何もない空間を指差すのに頷いたダンテがミュウが示した場所へと水球を放つ。
ダンテに放たれた水球は高速で飛び、見えない何かにぶつかり、弾け飛ぶ水飛沫の向こうに空を泳ぐ大魚が現れる。
それに驚いたレイアとスゥであったが、レイアが大魚の頭の方に目を向けた瞬間、2度目の驚きの声を上げる。
「ああっ!! ヒースが魚に食われそうになってるぅ!!」
レイアの指差す先には閉じようとしている大魚の口のところで中腰になったヒースと見慣れない無精ひげを生やすアラフォー臭がする安っぽい服を着る男が顔を真っ赤にして耐えている姿が見える。
「や、やっと気付いてくれた……た、助けて……そろそろ限界」
「うおおぉぉ!! 俺はまだ若い! ここを死に場所にするには若すぎる……というか魚のフンだけはいやぁぁ!!」
ヒースはともかく、隣のおっさんは簡単には死なさそうだな、とレイア達は感心するように眺めた。
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