第70話 先に行くのですぅ

 アリア達は2級ポーションが置かれる場所を中心に項垂れながら座り込んでいた。


 リアナに激しく痛めつけられた体であったが、本人が言ったように本当に手加減されていたようで一過性の痛みは酷かったがすぐに痛みをひくように調整されていた。


 良い例でアリアの肩も綺麗に外されており、入れる瞬間だけ耐えれば魔法の行使が出来る程度に回復していた。


 逆にレイアだけは手加減がほどんどなかったようで酷いモノであったが2級ポーションを使わずに自分の治療をそっちのけでレイアに回復魔法をアリアは行使した。


 その場に居るアリア達もどうして使わないかは自分自身で良く理解していた。


 小さいプライドだと。


 手加減された怪我で重篤患者を持ち直させるポーションを使う事に抵抗があったからだ。


 レイアは手加減されてないから使って問題がないようだが、それを口にしない。


 すぐ飲んで回復したらリアナに取られた雄一のカンフー服を取り返すのが自然だが、再び、挑んで勝てる、いや、立ち会う事すら出来る自信がないレイアは治す時間を長引かせる事で追えない口実にしたいというのが本音であった。


「そうか、僕が気を失ってからそんな事があったのか……」


 レイアを癒しながらアリアがダンテが気を失ってからあった事を語った。


 その言葉の後、黙り込んで考え始めるダンテにスゥが声をかける。


「初めてなの……ホーラさん達以外でここまでコテンパンにされたのは……天才には勝てないというの?」

「いや、多分、それは違うよ。確かに聞いてる限りでしか言えないけど彼女は関節技の天才なのは間違いないだろう。でも、それ以外でも僕達を圧倒した。それが何を意味するか……」


 自然にダンテに視線が集中するのを感じ、静かに目を閉じる。


「自分の弱点を補う努力を惜しまなかった。いくら関節技の天才と言ってもゼグラシア王国で戦った大カエルには使いどころはなかった。多数の相手と戦う場合でも関節技は厳しい」

「それでもアタシ達は手も足も出なかった……」


 レイアの足首を持つ時に行使した肉体強化の無駄のない魔力の使い方を思い出し、あれを成す為にどれほどの鍛錬をしたのだろうとレイアは拳を握り締める。


 力押しをしなくても当たり負けしない重心移動の体捌き、魔法の捌き方から全て簡単に出来るものではない。


 自分でそれを成す為に必要なスキル、道具を考え、手にする努力を惜しまなかったリアナ。

 きっと、まだ足りない自分の弱点を補う方法を常に模索しているだろうと素直にアリア達も今なら認められる。


「だからアイツはテツ兄に懐いたのかもしれない……」


 テツは雄一の教えを忠実に守り、言われた事以外でも自分に課して修行をしていた。

 むしろ、やり過ぎて雄一に時折止められていたぐらいに……


 それをアリア達もそれを見て育った。だが、アリア達はテツは凄いと思うだけで尊敬をしても真似ようとは思いもしなかった。


 テツは雄一を超える男にならんとし、リアナは雄一の背を追った。


 しかし、アリア達は雄一に与えられ、得たモノだけで満足した。


「私達は失格の烙印を押された。あの優しいテツ兄さんにすら……」

「違う。ミュウ達に覚悟ないと言われただけ。テツ、ミュウ達見捨てない」


 そう言うミュウが背後から肩下げカバンを中央にドンと置く。


 置かれたカバンを見たスゥが首を傾げる。


「これはテツさんのカバン? しっかり者のテツさんらしくない忘れ物なの」

「多分、違うよ」


 スゥに答えたダンテがカバンを手繰り寄せてカバンを開けるとその一番上に置かれた紙を取り出すと開く。


 開かれた紙は旧シキル共和国周辺の地図で海のある場所がマーキングされて『転移装置』と書かれた場所と最寄りの港のマーキングされていた。


 テツのカバンにあった地図をアリア達にも見えるように開いて地面に置く。


 覗き込むアリア達を見つめるダンテは2級ポーションを手にする。


「これは覚悟を決め、追いかけるつもりなら来い、というテツさんのメッセージだよ」


 2級ポーションの栓を外してダンテは一気飲みする。


 疲弊していた体に活力が戻り、手を開いたり握ったりして調子を確認して頷く。


「そんなの飲まなくても魔力で自然治癒を高めればしばらくしたら治ったの」

「うん、でも今は時間が惜しい。僕は行くべき場所がある」

「テツ兄さんを追う?」


 アリアの言葉にダンテは静かに被り振る。


 ダンテの言葉にミュウも質問する。


「僕? ミュウ達は?」

「うん、僕だけだよ。リアナは僕には覚悟はあったと言ってくれたけど、今回の事でやっぱり足りてないと痛感させられた」


 立ち上がり、身支度するダンテを縋るように見つめるアリア達からダンテは背を向ける。


「だから、僕は先に行くよ」


 ダンテの言葉にアリアとレイアは悔しそうに俯くがスゥは何かに気付いたように顔を上げ、ミュウは耳をピンと立てて嬉しそうに顔を見せる。


 この場から走り去るダンテを未練がましく見送るアリアとレイアを余所にスゥとミュウも2級ポーションを手にする。


 早速、栓を開けて飲むミュウとダンテのメッセージを理解出来てないアリアとレイアに嘆息するスゥが2人の頭を叩いていく。


「もう! ダンテにも見捨てられたと思ったでしょ? ダンテが言った言葉をしっかり思い出すの!」

「えっ?」

「がぅがぅ、男、面倒臭い」


 まったく事情が分からないアリアとレイアと飲み終えた2級ポーションの瓶を放り、口許を拭うミュウ。


 人差し指を立てたスゥが眉尻を上げて言う。


「ダンテは『僕は先に行くよ』と言ったの! 私達が後から来ると思って先と言ったの」

「がぅ、ミュウも自分に足りないモノ捜しに行く」

「「――ッ!!」」


 同じタイミングで驚いた顔をするアリアとレイアを見て、さすが双子だな、と変な関心をするスゥの隣を抜けて歩き去るミュウを見送る。


 スゥも2級ポーションの栓を開け飲み始める。


 最後に地図を一読した後、アリアとレイアを見て告げる。


「私も先に行くの」


 そう言うとスゥはダンテともミュウとも違う方向に歩き去る。


 スゥも見送ったアリアとレイアはしばらく黙り込んでいたがレイアも2級ポーションの栓を開けると飲み始める。


 飲み終えたレイアを見るアリアに難しい顔をして言う。


「アタシも行く。すぐ行ってリアナの横っ面を殴り飛ばしたいけど今のアタシには絶対無理だ……だから、アタシを根性から鍛えてくれると思える人の所に行ってくる」


 握り拳を作るレイアはそこに行く事を恐れるように生唾を飲み込む。


 そんな様子のレイアに話しかけようとするアリアの言葉を被せてレイアが先に告げる。


「しばらくお別れだ。アタシも行くよ」


 立ち上がるレイアに思わず、待ってと言いかけるが飲み込む。


 そんなアリアの心情を察するが心を鬼にしてレイアは背を向けてレイアもまた違う方向に足を向けた。


 見送ったアリアは手繰り寄せた2級ポーションを見つめながら呟く。


「みんな行った……レイアはどこに行ったかは想像できるけど私はどうしたらいい?」


 各自、自分に足りないモノ、伸ばすべきモノを見つめて向かったがアリアはどこを目指せばいいか思い付かずに呆けていた。


 以前、雄一に相談したようにアリアは万能型である。しかも珍しい光魔法の使い手でもあった。


 だから、アリアを教育出来る者がいない。


 アリアがどれだけ頭を捻ろうが雄一かシホーヌ以外で心当たりがなかった。ゆっくりと地力を付けていく以外では鍛える術がない。


 万能型なのが裏目に出た結果であった。







 悪戯に時間が過ぎて、陽が暮れて夜になったがアリアは同じ場所から動けずにいた。


 向かう先を見失った者ほど悲しいモノはない。


 何も思い付かないアリアであったが俯いてた顔を夜空に向ける。


 何故、そうしたかはアリア自身も分からない。


 しかし、見つめる先に流星のようなモノが現れ、アリアの方向へと落ちてくる。


「あっ!」


 声を上げた瞬間にはかなり接近しており、慌てて立ち上がり走り始めるが近くに落ちてしまう。


 衝撃に備えるように身構えるが一切、衝撃波がこず目を白黒させる先の流星だと思っていたモノの光量が落ちていき、その中に2つの人影を確認する。


「ちぃ! クソッタレ、油断した!」

「油断じゃないでしょ? マサキがしっかり抑えないと……分かってるでしょ?」


 そこに現れたのは16~17歳の少年少女で深紅のフルアーマーを着こむ騎士風の黒髪のガッシリとした少年と純白の神官服を身に付ける美しい艶やかな黒髪は月明かりすら恥じらうような美しさを表現する少女であった。


 騎士風の少年は神官の少女に言われて憮然と拗ねるように頭を掻く。


「ち、違うって油断しただけだから、俺が本気になったら……」

「はいはい、これからはいつでも本気でお願いね?……あら?」


 そこで漸くアリアの存在に気付いた少女はアリアを見つめた後、ゆっくりと近寄る。


 同じように少年も気付いたようで少女を追いかけるようにやってくる。


 突然、現れたおかしな2人が近寄り始めるのに警戒しないアリアの内心は複雑であった。

 どうして警戒する気が起きないのかと自問自答を繰り返す。


 2人を見て、何故か危険だと思えず2人を見てるとある人物を思い出す。


 少年を見つめるアリアが呟く。


「ユウさんに似てる?」

「ん? ユウさん? 俺はマサキってんだ。ガタイがデカイから初見の小さな子に怖がられるがこれでも子供には優しいから安心しな」


 ジッと見つめる少女をチラチラ見ながら少年、マサキを見つめると隣の少女を見て納得した様子を見せるとニカっと歯を見せる笑みを見せる。


「ああ、こいつの名はシズカって言うんだ」

「こいつって言わないでください」


 アリアを見つめたままの少女、シズカはマサキの言葉に訂正を加えてくる。


 交互に2人を見つめるアリアが首を傾げながら聞く。


「恋人?」

「おっ! やっぱりそう見えるか! いや~てれ……」

「いえ、違います。ただのパートナーです」


 まったく照れた様子を見せずにサラッと否定するシズカ。


 マサキは四肢を付いて号泣しながら「今のはツンだよな? その内、デレがあるんだよな?」と地面の土を掴むのを見たアリアは余計な事を聞いたかもしれないとマサキの冥福を祈った。


 アリアを見つめ続けたシズカが静かに手を上げると指先をアリアの額に充てる。


 そして目を閉じるシズカが精神を集中しながら呟く。


「何故か貴方の事が気になります。少し失礼します」


 そう言った瞬間、マサキの表情が引き締まり、シズカの隣に立つ。


 戸惑うアリアにマサキは「取って食おうという話じゃないから大人しくしとけ」とウィンクして笑いかける。


 2人に悪意の色が見えない事もあり、大人しくしているとシズカが驚いたような表情を見せる。だが、それは一瞬で先程までの落ち着いた表情に戻ると溜息と共に納得するように頷いてみせる。


「なるほど過酷な運命を背負っているのですね。そして、それは私達も無関係ではない……ですか」

「はぁ? どういう事だよ、シズカ」


 マサキの言葉を無視したシズカが魔法を行使し始め、その手に集まる魔力の質にアリアは目を剥く。


「す、凄い。シホーヌと同等レベル!」


 集まった魔力が温かい光を放ち、アリアに残る傷や疲れを取っていく。


 こんな事は当然のようにアリアには出来ず、この領域で出来るのは雄一以上、シホーヌ以外ではアリアは知らない。


 驚いた顔をシズカに向けるアリアを優しげに見つめるシズカはゆっくりと頷く。


 それで再起動したアリアがその場で跪き、土下座をする。


「お願いします。私を鍛えてください!」


 顔を上げて2人を見つめるアリアは口を真一文字に結ぶ。


 騎士風のマサキはどう見ても近接で盾が出来てアリアが学ぶべき事が沢山ある強者だと肌で分かった。

 シズカは言うまでもなくあれほどの魔法を行使出来る人物の心当たりがほとんどない事もあるがシズカが行使した魔法は光魔法であった事が大きな理由であった。


 真剣そのものといったアリアを困った様子で見つめるマサキが頭を掻く。


「いや~そこまで小さな子に真剣に言われると助けてやりたくなるんだが……俺達もゆっくりしてる暇は……なぁ?」

「分かりました」


 シズカが迷いもなく了承した事をアリアは喜び、マサキは驚き過ぎてシズカの両肩を掴んで揺さぶる。


「おい! 分かってるのかよ? 今、こうして話をしてる時間すら惜しいんだぞ!?」

「……分かってます。それでも私達には避けて通れない……導きなのでしょうね」


 シズカは掴まれている肩にあるマサキの手を払う。


 払われて手をヒラヒラさせるマサキが首を傾げながら「私達?」と口にするがシズカはそれには答えずアリアに向き合う。


「とは言ってもマサキの言う通り、私達に許された時間は少ない。3日、そう3日だけですが私とマサキがノウハウを叩きこんであげましょう。そこからどこまで伸ばすかは貴方次第」


 寝る間も惜しむスパルタで行くと目を細めるシズカの眼力に怯むアリアだが、先に行くと行った友、そして双子の妹のレイアを思い出し踏ん張る。


「望むところ。すぐにでもお願いしたい」

「良い返事です。付いてきなさい」


 アリアを連れてマサキを放って去るシズカの背を見るマサキは「訳が分からねぇ」とボヤくがすぐにカラッとした気持ちが良い笑みを浮かべる。


「まあ、いっか」


 軽い言葉を吐くと頭の後ろで両手を組んでシズカとアリアを追うように歩き始めた。

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