第63話 後は頼んだ……昨日も同じ事言った? 忘れたのですぅ

 魔法陣の変換作業をしているリアナが忙しなく指を動かしているのがピタリと止まる。


 立ち上がるとテツを見上げ、手を取ると後ろに下がろうとする。


「テツ兄様、発動させますので離れて下さい」


 リアナの言葉に頷くテツは素直に下がる。


 ある程度下がると懐から一冊の本を取り出し、開くと書いてる文章に指を沿わすに合わせて文字を読んでいく。


「我、邪を嫌う。我、魔を払う者。破邪の戦乙女に血を連ねる、我、リアナの血を持って払い清める」

「本の文字が光ってる……」


 リアナが指を這わせていた部分が輝くのを不思議そうに見つめるテツ。


 テツの言葉に反応を見せずに一歩前に出てみせるリアナは本の文字をなぞっていた手の親指の腹を噛み切り、天に翳すと指から出ていた血が燃え上がる。


 燃え上がった指を魔法陣の淵に押し付けると撒かれた油に火をくべたように魔法陣が燃え始める。


 火が燃え広がると同時にリアナも炎に包まれ、慌てたテツが駆け寄ろうとするが本を持ってる手でテツを制止するとリアナは叫ぶ。


「破邪顕正!!」


 その言葉と共にリアナを包んでた炎も一気に魔法陣に広がり、まばゆい光に包まれ、魔法陣の線が輝く。


 それを見守ったテツの目の前で尻モチを付くリアナに気付き、ソッと背中を支える。


「大丈夫かい?」

「……はい、少量とはいえ一気に血が抜けたのでふらついただけです」


 テツに支えられながら立ち上がるリアナと共に魔法陣を見つめる。


「これで魔払いは成功かい?」

「はい! 私の血の効力が続く限り、書き換えも不可能です」


 やってのけたという達成感からか、安堵の様子を見せるリアナにテツは微笑んでみせる。


 だが、すぐに表情を引き締めたテツはみんながいる方向に目を向ける。


「まだ終わってない。偽者を相手にしてるアリア達も心配だ」

「そうですね。急いで戻りましょう」


 頷き合うとテツとリアナは来た道を戻り、アリア達の戦場へと向かった。





 通路を抜けてアリア達が戦っている拓けた場所に出た瞬間、テツ達は突然生まれた強い力にたたら踏まされる。


 そこにはテツが相手したより大きな大カエルが兵士達に向かって光線のようなモノを吐きだしたところであった。


 だが、その手前で何かに遮られているようでぶつかってる場所から赤いオーラを見てテツがそれがレイアであると即座に気付く。


「レイアでは耐えられない! 今、行く……あ、あのオーラの色は……」


 飛び出そうとした時、レイアの背中にイエローライトグリーンの灯を見たと思った瞬間、レイアの赤いオーラを塗り替え、イエローライトグリーンのオーラがレイアを包む。


 包んだと同時に大カエルの光線をなんなく受け止め、そのオーラの渦中のレイアは今、置かれている状況に戸惑うように自分の掌を見つめていた。


 テツの背後でそれを見ていたリアナは慌てて懐から片眼鏡を取り出し、レンズ越しにレイアを見て悔しげに下唇を噛み締める。


「……ユウイチ様のお召し物から発生したオーラがあの子に力を与えているようです」

「どうしてそんな事が?」


 疑問に思ったテツがリアナに問うが俯いたリアナは答えない。


 代わりに梓が姿を現して答える。


「おそらく、あの人が着続けた事で只の服じゃなくなったんでしょうねぇ。物にも想いが宿りますし……それがあの人が意図したかはともかく、あそこまでなると神衣と言っても過言じゃないんですかねぇ」


 珍しく難しい顔をしてレイアを、いや、雄一のカンフー服を睨む梓にテツがどうしてそんな目で見るかと問う。


 問われた梓は言い辛そうにするがお願いするようにジッと見つめるテツに負けて口を開く。


「あの衣服はある意味、ウチ達と近しいと言ってもいいかもしれない、という事ですよ」


 梓が言うには、まだあのカンフー服には梓達のような意志は宿っておらず、曖昧な基準できまぐれに発動するだけで自在に使いこなす事は無理らしいとの事。


 そんな曖昧な基準でしか使えない武具は梓には容認出来ないようだ。


 斬りたい時に斬れずに斬りたくない時に斬れるというのは梓達、神剣にとって恥以外の何者でもないからだ。


 1つ溜息を吐いた梓がレイアを見つめながらテツに告げる。


「ただ、今、言えるのは……あの子はアレに認められたと言う事ですよ。巴があの人を認めたように、ウチがテツ君を認めたように……」


 その言葉を受けたテツは静かにレイアが握り拳を作るのを眺め、リアナは俯いたまま奥歯を噛み締める。


「どう、どうして……あの子ばかり……あの子なんですか……」


 握る拳を震わせるリアナの呟きはレイアの気と大カエルの光線のぶつかり合いの音で掻き消されてテツの耳には届かない。


 しかし、梓はその言葉を拾い、勿論、全てではないがほんの一部は理解する。


 何故なら梓達、神剣を欲した者達を沢山見てきたからであった。


 現状、梓が知る限り、ミランダから手渡された者は3人。


 1人は雄一であり、その弟子であり息子でもあるテツ。そして、双葉を譲り受けた少年、今はセシルが主人の3振りのみである。


 選ばれた者と選ばれなかった者の差を選ばれなかった者は問い続ける。


 苦しみながら……


 リアナがどんな想いで問い続け、苦しむのかは梓には分からない。だが、自分の中で折り合いが付けられたらいいな、と梓は願う。


 そんな事を願いながら目を戻そうとした時、レイアに声を張り上げる集団にいるテツが大事にする姉の姿を捉える。


「そういえば、新しい子もいましたねぇ。あの子はどうするつもりなんでしょうねぇ?」


 気になるといえば気になるが決めるのは本人だと理解する梓は前に視線を戻すとレイアが大カエルに殴りかかるところであった。


 レイアから発されたイエローライトグリーンのオーラは大カエルを貫き、天井を貫くのを見た梓は駆け寄ろうとするテツの腰の剣に戻った。





 背中から地面に落ちたレイアは荒い息を吐きながらも笑みを浮かべる。


 用は済んだとばかりに蛍の光のようにレイアから離れていくのを眺めながら雄一に感謝を心で告げる。


 駆け寄ってくるアリア達、そして反対側からはテツとリアナの姿を見てレイアは嬉しそうにニッコリと歯を見せて笑ってみせた。


「勝った!」

「勝ったじゃないの!」


 駆け寄ってきたスゥが寝っ転がるレイアにボディプレスをかける。当然、金属鎧は着込んだままで。


 げふぅ! ぐらいはまだ可愛らしい女の子が出すと色々駄目な感じの悲鳴を上げるレイアの上からゆっくりと降りるスゥ。


 息絶え絶えのレイアがスゥを鬼だと言わんばかりの表情で見つめる。


「無事だったから良かったけど、もうちょっとで死にそうになってたの!」

「だ、だからってトドメを刺そうするなよ……あ、アリア、回復魔法を……」


 スゥの横にいたアリアに助けを求めるが無表情のままモーニングスターで頭部を殴られ、流血するレイア。


 頭を抱えて転がるレイア。


「アリアァ!! 何すんだ!!」


 文句を言うレイアから目を背けるアリアは殴っただけで回復魔法を行使せずに「気の循環で血は数分で止まる」と言ってプイと横を向く。


「それまでは流れぱなしだし、痛いんだぞ!」

「まあまあ、2人も凄く心配したんだよ? 司令塔としてもさすがに今回はレイアにペナルティを与えないと強く思ったんだから?」


 苦笑いするダンテが2人を擁護したうえにダンテも何かをしようとするような言動にレイアは震える。


 その表情から察したダンテは手を振ってみせる。


「僕のは体罰じゃないし……レイアも結構酷い目にあったから後で軽めにね?」


 ゲンナリはするがダンテは過程も大事だが、それを成した事の結果も加味してくれるので2人よりはだいぶ優しい事を理解しているが、それでもするという事は相当、自分がマズイ事をした事を反省する。


 話が纏まったらしい空気を察したミュウが近寄り、レイアの怪我した頭に白いバッテンの物を張り付ける。


 張り付けられたレイアが顔を顰めて文句を言う。


「ミュウ、アタシで遊ぶなよ!」


 張られたバッテンを剥がそうとするがダンテが止める。


「待って、良く分からないけど出血は止まってるみたい?」

「ん? あれ、痛みも和らいだ気がする?」


 2人が顔を向けるとドヤ顔するミュウにダンテが質問する。


「これは何?」

「ミュウお手製の良く効く薬を付けてる」


 その言葉を聞いたレイア、ダンテは顔を見合わせる。


 見合わせているのは2人だけでなくアリア、スゥ、ヒースも見合わせ、5人に共通するのは……



『不安』



 であった。


 おそるおそるヒースがミュウに問う。


「薬の原材料は?」

「痛みに良く効く草」

「害はないよね?」


 続けて問うダンテの言葉に頷こうとして止めたミュウは一度顎に手を添える。


 少し考え込む素振りを見せ、少しアリア達から離れる。


「多分」


 その言葉を契機にレイアがアリアに縋ったりしてギャーギャーと騒ぎ、いつものアリア達になるのを離れて見ていたホーラ、ポプリ、テツの年長組も呆れたり、苦笑いを浮かべたりしていると沢山の人の気配に気づき、そちらに目を向ける。


 向けた先には新たに兵を連れたグラ―ス国王が現れた。


 現れたと同時にアリア達に指差し叫ぶ。


「あそこにいる者達が国を荒らす賊だ!」


 はぁ? と固まるアリア達を無視して勢いでいこうとするグラ―ス国王であったがどこにいたか分からなかったデングラが死角から飛び蹴りを喰らわせる。


 モロに後頭部を蹴っ飛ばしたデングラが父であるグラ―ス国王を踏みつけ、新たにやってきた兵に告げる。


「この馬鹿親父の言葉を信じるな! あの者達は国を救ってくれた者達だと俺様が保障する!」

「し、しかし、ここに来るまでにユウイチ様のオーラの色が見えました。そのユウイチ様がいないと言う事は……えっと……」


 本来の主であるグラ―ス国王は信用してる訳ではないが、雄一の事は信用しており、雄一のオーラであると思われるモノを目撃したからアリア達が救ってくれた者達と信じるのも……と言う事らしい。


 しかし、ここに力を奮ったと思われる雄一が居らず、その雄一が賊であるアリア達を排除してない理由が説明できずに兵達の脳内がフリーズした。


「いや、本当にデングラ殿下が仰る通りだ!」


 レイアに救われた少年兵達もデングラの擁護に廻り、余計に後から来た兵達は混乱する。


 アリア達は安全なのか、それとも危険なのかと揺れ出す。


 とりあえず、拘束してから考えようという提案をする者が現れ、同調し出すのをデングラが怒鳴るが効果は薄そうである。


 それを見ていたホーラがコメカミにバッテンを浮かせると懐に仕舞っている魔法銃に触れる。


「面倒さ……ぶっ飛ばすか?」

「ホーラ姉さん、それはさすがにマズイです。アリア達の頑張りがまるっきり無駄になりかねません」


 本当にやりかねないと慌てたテツが止めるのを嘆息するホーラが「冗談さ?」と魔法銃を触れてた手を離す。


 同じように見てたポプリが肩を竦める。


「とはいえ、このままというのも問題ですね」


 そう言うとポプリはレイアを微笑みながら見つめる。


 丁度、レイアが動き始め、デングラの背後に向かって歩き始めていた。


 デングラの背後に立ったレイアが肩をポンと叩いてみせ、振り返ったデングラに笑いかける。


「ここにアタシ等がいたら纏まる話も纏まらなさそうだ……という訳で後は頼んだ!」

「えっ? あっ! 面倒だから押し付ける気か!?」


 レイアの思惑に気付いたデングラが叫ぶが笑うレイアは自分が開けた穴へと走り出す。


 アリア達もレイアにしては良い策だと頷き合うとレイアを追って走る。


 レイアに悪態を吐くデングラの肩をホーラ、ポプリ、テツが順々に叩いていく。


「まあ、そういう事で頼むさ?」

「50点かな? レイアにしては頑張った方ね」

「これで依頼完了という事で勘弁してね?」


 言われたデングラが頭を掻き毟ると開けた穴に向かうレイアの背に叫ぶ。


「絶対、また来いよ! その時は全力で歓迎してやるからな、色んな意味でな!!」

「アハハ、御馳走だけでいいからな!」


 デングラに1度振り返り、悪ガキのようにニカっと笑うレイアは手を大きく振って穴から外へと姿を消す。


 それを見送るデングラは苦笑しながら思い出すように目を瞑った。


「ホント、育ての親に似るんだな……逃げ帰る時のユウイチ様とそっくりだ」


 引き止めようとするリアナから逃げ「俺には主夫としての仕事があるのだ!」と笑う雄一をデングラは懐かしい記憶と共に思い出し胸を張って笑い声を上げた。

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