第17話 注ぐのですぅ、今日のオヤツには牛乳な気分なのですぅ
ザガンを目指す船旅は至って順調そのものであった。
前回は雄一がシーサーペントを釣り上げるという事をやってのけ、大騒ぎした時と大違いであった。
後、1日で到着する船旅であるが簡単な柔軟と筋トレをみんなでする以外は各自自由に過ごしていた。
昔、初めて乗った時は楽しかったが、ペーシア王国で海に接する所にあったので見慣れたものに新鮮味は感じず、大半の子は船室に籠っている。
レイアも最初はアリア達がいる部屋のハンモックで寝ていたが飽きてしまい、潮風を浴びるつもりで部屋から出てきた。
外に出ると真っ先に目に付くのが船首で、そこを見つめるとテツが足場の悪いところで剣舞を舞うように梓を振る姿が見える。
「ひぇ……さすがテツ兄。あんな足場でも多彩に動いて力強い攻撃ができるだもんな……」
あらゆる関節を可動範囲ギリギリまで使い、流れるように動くテツ。例えば、仰け反るようにする動きは実際の足がある場所よりも低い位置に頭があるのにも関わらず、円の動きを意識しながら腹筋と背筋の力で動いている。
「あれ、生活魔法の風を利用してるのは分かるんだけど、一瞬ならともかくテツ兄みたいに維持できないんだよな」
こっそりと練習はしてるが、それほど上達している感じがしないレイアは「ホーラ姉もテツ兄がおかしいって言ってたもんな」と呟く。
ホーラも今のテツのように制止するような動きや踏ん張る動きは無理とホーラはぼやくが駆けるように使うには問題ないらしい。
尊敬半分、呆れ半分でテツを見つめているとザバァという水音と共に持ってる本人と変わらない程の大きな魚を抱えたミュウが飛んで船に戻る。
飛び込んだ位置にレイアがいるのに気付くと太めの眉をキリリとさせて犬歯を見せて笑う。
「大物」
「本当だ! 美味いのか?」
したり顔をするミュウが「美味い……多分」というミュウの言葉を聞いて食べた事はないがミュウのカンでは美味いと判断したのだろうとレイアは理解する。
ミュウが美味しいと言って不味かった事がないので、きっと美味しいのだろうと思っていると船のコックがミュウが持っている魚を見て驚く。
「おおっ! そ、その魚、釣ったのか?」
「がぅぅ、潜って掴まえた」
船のコックの言葉にミュウが被り振ると更に驚かれる。
レイアが詳しく船のコックに聞くと、ごく稀に釣り竿で釣れる事もあるそうだが、ミュウのような大物ではなく小柄なのがせいぜいらしい。
凄まじい勢いで泳ぐので凄く丈夫な網で捕獲できるかどうかの魚ではあるが、調理法が沢山あり、美味でもある為、希少価値も付いて高価で取引されているらしい。
「それは売ったらちょっとした財産だぞ、お嬢ちゃん」
「がぅぅ! 食べる」
嫌だとばかりに抱き締めるミュウが言うのを見た船のコックの瞳がキラリと光る。
「良かったら俺に調理させてくれないか? 後、良ければ船員にも振る舞ってくれると嬉しい。滅多に口にできるものじゃないからな」
そう言ってくる船のコックに、ガゥ! と頷くとミュウは大物の魚を船のコックの前にドンと置く。
嬉しそうにする船のコックは近くで見ていた船員に叫ぶ。
「良いモノが食えるぞ! お前等、運べ!」
「「「おおおおおっ!! 嬢ちゃん有難う!!」」」
明らかにそんな人数はいらないだろうという船員が集まり担ぐと嬉しそうに鼻歌を歌いながら調理室へと運んで行く。
それを見送ったミュウが近くにあった釣り竿セットを持つとエサを付けて船の淵に座りながら釣り糸を垂らす。
それを見ていたレイアが首を傾げながら聞く。
「何してんだ?」
「ミュウが食べる量が減った。もう少し釣る」
どれだけ食べるんだ? と呆れるレイアだが、あの魚を捕まえる為に費やした労力が凄まじかった事をレイアは知らない。
凄まじく腹ペコなミュウなのに、みんなにお裾わけする事に躊躇しない辺り良い子なミュウであった。
それを船首で訓練していたテツも見て微笑ましく見つめていた。
妹達を眺めるテツに話しかける声がある。
レイアの死角の柱で凭れていたホーラであった。
「できれば、ザガン入りする前にあの子等に景気付けに発散させられる事を……と考えてたけど天然のミュウが上手い事してくれたさ?」
「そうですね、きっとザガンの状態はシキル共和国の比じゃないでしょうしね」
テツの言う言葉に「比較対象としても規模が違い過ぎさ」と言われて少し困った顔をするテツであるが、ホーラも崩壊するレベルに近い酷い場所と言われて思い付くのは同じ場所であった。
つまり、ホーラにしろ、テツにしろ、都市が半壊したような場所を見た事はない。
だが、2人にとってザガンは思い入れがある場所ではないので、「酷い状況だな」と眉を顰めるぐらいで終われるだろう。
アリア達も受け止められるかもしれない。何ヶ月もいた訳ではないのだから、ホーラ達と状況は変わらない。
しかし、生まれ故郷であるヒースが悲しみに暮れるのを見た子供達に及ぼす影響は想像するのは難しい。
だから、事前に少しでもストレスを抱えてない状態にしておきたいと考える姉と兄である2人は色々考えていたがミュウに全部持って行かれた形になってしまっていた。
肩を竦めるホーラがテツを横目に見て自嘲するように笑みを浮かべる。
「珍しい魚らしいさ。アタイ等もご相伴に預かろうじゃないさ?」
「ホーラ姉さんは景気付けにと呑み過ぎないようにお願いしますね? 絡み酒だから相手する俺の苦労を考えて……」
そう言うテツの頭を叩くとその場を後にする姉ホーラをテツは苦笑いを浮かべて見送った。
そして、その夜の宴会騒ぎでは、子供達は大騒ぎで食べて酔っ払った船員が歌うのを「下手!」とヤジを飛ばしたりしながら楽しんだ。
本当は落ち着かない気持ちで一杯だっただろうヒースも先日までみんなに心労をかけた事をザバダックに説き伏せられて、最初はみんなに合わせて騒ぐフリをしていた。
だが、ずっと塞ぎこんでた為、鬱憤が溜まっていたのか途中から演技ではなくアリア達と楽しんでいるように見えるヒースを優しげな視線を向けるテツの姿があった。
「短い間かもしれないけど、辛い事を忘れて騒いでおくんだ。ずっと張り詰めていられる人なんていないのだから……」
張り詰めた糸は簡単に切れる。
緩める時は緩めれる事を知っていかないといけない、とテツは男は特に、と思う。
「おい、テツ、聞いてるさ?」
「……はい、聞いてます」
据わった目をして顔を赤くするホーラが手にしているコップを煽るが中身がなかったようで逆さにして振ってみせる。
「お代わり」
「そろそろ、止めておいた方が?」
そう言うテツに「ああっ!?」と凄むホーラがコップを突き出してくる。
渋々、そのコップに果樹酒を満たす。
決してアルコール度数が高い酒ではないが酒に弱いホーラには充分酔わせてくれる。
それを一気に煽るホーラが更に据わった目を向けて愚痴り出す。
「ガキ共は言う事をきかないし、アンタは甘いし……」
「ええ、ええ、そうですね」
適当に相槌を打つテツは隅で手酌で水を呑むように呑み続けるドワーフのザバダックを見つめる。
一瞬、2人の視線は絡み合い、テツの想いが伝わったと手応えを感じるがザバダックは無情にも視線だけでなく体の向きまで明後日の方向に向ける。
テツは思う。
男とは逃げたくても逃げれない時がある。それと同時に逃げれる時は逃げないといけない、と……
だから、ヒースに今、父親の事から目を逸らして騒ぐ事は必要な事だという事を知って欲しいと願う。
逃げたくても逃げれない時が来るのだから。
「でさ……聞いてるさ、テツ!」
「はい、聞いております」
反射で答えるテツに「んっ、注げ」と差し出されるコップにホーラに気付かれないように溜息を吐きながら注ぐ。
逃げたくても逃げれない時が、そう、今のテツのような目に遭う事がある。
こうなったら酔い潰してさっさと寝て貰おうと深い溜息を吐くテツを満天の星空だけが労わるように優しく輝いた。
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