第40話 見守る? 違うのですぅ、私達のは監視なのですぅ
『試練の洞窟』こと、訓練所から出てきたホーラは寝起きしている、ザバダックの家を目指して砂漠を歩いていた。
約1カ月程、お世話になっているが故人で許可が取りようがないとはいえ、勝手に使っている事に抵抗を感じている。だが、復興が始まったばかりのザガンでは宿屋はまだ機能していない。
イーリンとアンが馬鹿したせいとはいえ、そろそろ理由を付けていても利用する事に申し訳なささが勝り始めていた。
どうしたものか、と大きく肩を落とし、溜息を吐くホーラはザガン方面から見慣れたエルフの少年2人がやってくるのに気付き、近づいて行く。
向こうも気付いたようでホーラに向かって同じように近づいてくるのをホーラが声をかける。
「テツ、ダンテ、どうしたさ? まだ訓練中じゃないのさ?」
早朝訓練の終わりには、まだ早い時間であると思ったホーラが太陽の位置を見つめるが思った通りの時間である事を再確認する。
テツとダンテは顔を見合わせ、困った様子を見せる。
それを見たホーラがアリア達がサボりをしたと勘違いした様子を見せ、不機嫌になるのを見たテツが溜息を零して告げる。
「違うんです。実は、訓練中に行き倒れの少年を拾いまして……今、家に連れ帰ってアリア達に介抱して貰ってます」
そう言うテツに合わせるようにダンテが「僕達は、その為の買い物帰りです」と袋を持ち上げてみせる。
テツの言葉に訝しげにするホーラが眉を寄せる。
「どうして、わざわざ面倒を? アリアがいたのだから、その場で回復魔法と軽い処置でなんとかなったさ?」
確かにホーラの言う通り、通常であればそれで済んだだろうが、おろおろするダンテの様子を見て、隠し事がある事に気付いたホーラはダンテを威圧するように睨む。
ホーラの睨みにあっさり涙目にされるダンテはテツに縋るようにする姿は本当の実の兄弟のようである。
神妙な表情をするテツがホーラとダンテの間に入ると簡潔に伝える。
「その少年は、うわ言でしたが……確かに言ったんですよ」
「何をさ! さっさと言うさ!」
胸に渦巻く感情を静めるように1度、目を瞑ったテツが告げる。
「ユウイチ様、と」
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テツからの言葉を聞いたホーラが砂漠を疾走するように駆ける。
「ホーラ姉さん、落ち着いて!」
なんとかホーラに付いて行くテツ。
本来、脚力はテツの方が圧倒的にあるが、一緒にいたダンテを小脇に抱えていた為、互角の追いかけっこ状態に陥っていた。
目の色を変えたホーラが全力で走るのを追いかけるテツは舌打ちする。
本当であったら、事情を少年から聞き出してからホーラに話をしようというのがテツとダンテの考えであった。
一見、以前、雄一が居なくなる前と変わらないホーラに見えるが内心、穏やかじゃない事にテツとダンテは気付いていた。
勿論、女心は理解していないが、物事の判断の仕方に変化がある事、この点だけはアリア達は気付いてないが2人は気付いていた。
思いっきりが悪くなった。
つまり、酷く臆病になっている事に2人は気付いていた。
確かに言動は以前と変わらないように見えるが、行動に安全マージンを取る事が増えた。
良い事に思えるが、例えば、ホーラほどの腕の持ち主なら百発百中とばかりに1撃で仕留めていくような動きをしても良いところ、1発を当てる為に相手の動きを阻害する為に数発、無駄打ちするような行動が目に付いていた。
ペーシア王国に居る間では、それでも問題なかった。
だが、カラシル戦の時に昔のホーラであれば、テツが単独で戦うという言動をしても頭を叩いても止めて、2人のコンビネーションでスピード解決を狙ったであろう。
おそらく、ホーラ自身は不測の事態に対応する為に取った行動のつもりだろうが……
そして、何より酷かったのが『ホウライ』戦である。
少し防がれただけで手を止めて立ち回りに奔走する姿が見られた。
そんなホーラの異常の原因、言うまでもなく雄一と理解するテツ達は、出来れば先に少年から聞き出してから知らせたかった。
テツ達が心配しているのは、少年が乱暴に扱われる事ではない。
ホーラが取り乱しているのを妹達に見られる事である。
以前、ホーラ、テツ、ポプリの3人でベへモス狩りに行った時に体験した事、自分達の後ろに雄一がいない事の不安感から自分達を保てなく、失態を3人共晒した。
今のアリア達の雄一の役割をしているのがホーラとテツである。
自分達の後詰に2人がいるという安心感は心の平静に大きく関わる。
だが、ホーラの内心がぐらついていると知った時の妹達の事を考えるとテツは焦りを感じていた。
そんなテツの心情を理解するダンテはテツに告げる。
「テツさん! 僕を放ってホーラさんを止めてください。とりあえず足を止めない事には……」
「俺だけでは、ホーラ姉さんに怪我を負わせる恐れが……」
ホーラに追い付いて、2人でホーラを抑えようと考えていた。さすがのホーラも近接のテツと遠隔のダンテの2人を相手は難しい。
その結果、眠らせるか拘束しようという事を考えていた。
しかし、テツの言葉にダンテは生唾を飲み込むようにして覚悟を決める。
「違います。文字通り放り投げてください。ホーラさん目掛けて」
「何をする気だ? 迎撃されたら……そうか!」
テツはダンテが何をしようとしてるか理解するとダンテを両手で掲げる。
駆けるテツは走り幅跳びをするようにエビ反りをし、反動を付けるとダンテをホーラ目掛けて投げる。
その細い身体から生み出したとは思えない馬鹿力のテツに投げられたダンテはすごい勢い飛ばされ、その速度に恐怖して涙を流す。
接近するダンテに気付いたホーラが激昂する。
「邪魔するなっ!」
懐から取り出したボーラをダンテ目掛けて投げるが、ボーラが届く前にダンテが両手を叩く。
『水牢』
水で体を覆われたダンテはボーラを取り込む。
それに目を剥いたホーラに向かってダンテを取り巻いていた水、水牢をホーラに飛ばしぶつけるとホーラは首から下が水牢に拘束される。
飛ばされた勢いのまま、砂漠にヘッドスライディングしたダンテは上手くいった事に安堵する。
「よ、良かった……魔法銃で撃たれてたら終わってた……」
「ちぃ! ダンテ、水牢を解除するさ!」
追い付いてきたテツが暴れるホーラの前にやってくる。
悲しそうにホーラを見つめるテツ。
「激昂していてもダンテ、兄弟に大怪我させる恐れのある攻撃をしない程度の冷静さが残っていて良かったです。でも、もっと落ち着いてください。ユウイチさんの事が気になるのはホーラ姉さんだけじゃない!」
自分の胸の内の暴れる感情に抗うように下唇を噛み締めるホーラ。
ここで優しくするのは違うと思うテツは心を鬼にする。
「俺達は下の子達の心の支えです。俺とダンテは薄々、ホーラ姉さんの戦い方から気付いていたからいい……でも、まだ気付いてない妹達には俺達の存在はまだ必要だ。俺達を見つめるユウイチさんを必要とした俺達の時と同じように」
殴られるよりキツイ言葉を投げかけられた、と表情が語るホーラは項垂れる。
肺にある息を全部吐いているのでは? と思える溜息を洩らすと疲れたような声で呟く。
「悪かったさ、アタイが冷静じゃなかったさ。だから、水牢を解きな……」
憑きモノが落ちたようなホーラの様子に安堵の息を洩らすテツはダンテに頷いてみせる。
テツの許可が出たのでホーラの拘束を解く。
解かれたホーラは鬱陶しげにずれたカチューシャをセットし直す。
「ユウイチさんの関係者かどうかは俺達が聞き出します。ホーラ姉さんは俺達の後ろで黙って見守ってください」
「……了解さ。正直、アタイが聞き出したら冷静に対応出来るか分からないさ」
とりあえず落ち着きを取り戻したホーラを連れてテツ達はザバダックの家を目指して歩き出した。
▼
ザバダックの家に到着して、岩戸を開けるカラクリを作動させると怒号と高笑いが響き渡り、3人は顔を見合わせ、すぐに中に飛び込む。
中の様子を見た3人は目を点にする。
「わぁははは! 今まで見た女の中で一番鋭い攻撃をする! だが、俺様は捉えられまい!」
「死ね! 変態!」
暗い目をしたアリアが行き倒れだった少年に遠慮のない振り方でモーニングスターで殴りつける。
だが、アリアの攻撃をヒラリと避ける少年に顔を真っ赤にさせたレイア、スゥ、ミュウも波状攻撃を加える。
しかし、これもまた綺麗に避けられる。
「ええっ!? 何がどうなってるの!」
混乱するダンテが右往左往するが隣に立つテツは真剣な表情で少年を見つめる。
ホーラも事情がさっぱりだ、と思っているようで先程、抑えた苛立ちの感情が顔を出しそうになったところでテツに話しかけられる。
「ホーラ姉さん、あの少年の足運びを見てください」
「んん? 足運び?」
眉を寄せるホーラがテツに言われて少年の足下を見つめると驚愕したと同時にテツが何に気付いたかを悟る。
「歩行!?」
ホーラの言葉に頷くテツは、ゆっくりと少年に向かって歩き出した。
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