第3話 第一話「長く呪われた夜」(2)

 ことのおこりは、宅配だった。


 暇をいいことに映画を堪能していた俺は、来客を告げるチャイムに慌てて音量を下げ、店主の顔になった。


 戸口のところを見ると、帽子を目深にかぶったバイク便の若者が立っていた。若者は大判の封筒を俺に手渡すと、受領証を寄越した。封筒は中央部が膨らんでいて、中身はDVDのたぐいと察せられた。


 俺は送り状に目をやった。差し出し人は「蘇生学園 同葬会」とあった。まるで覚えのない名だったが、さほど頓着もせずサインをし、受け取った。


 何かが変だと気づいたのはバイク便が去った後、封筒を机の上に放りかけた時だった。


 封筒の裏面に、ボールペンで記したと思われる殴り書きがあった。


「死せるものは 死せるままに」


 俺は鼻を鳴らした。こんな嫌な宅配など聞いたこともない。俺は封筒を破り、中身をあらためた。予想通り、入っていたのはDVDだった。ラベルに記述はなく、内容に関する手がかりも皆無だった。


 仕方なく俺はDVDをケースから出し、パソコンのドライブに挿入した。万が一を考え、ブラインドを閉めて再生を始めると、真っ黒な画像が現れた。


 ――なんだこりゃ。いやがらせでも、もう少し気を利かせりゃいいのに。


 拍子抜けした俺は、早送りをしようとパソコンに手を伸ばした。その直後、いきなりどこかの商店街らしい風景が映し出された。俺は息を呑んだ。見覚えこそなかったが、果物屋と靴屋が軒を並べる古びたたたずまいは、新居部商店街によく似ていた。


 店先には二軒の店の店主らしき男性が、人待ち顔で立っていた。何ということのない、街角の風景をただ、定点カメラで映しているようだ。映像に変化らしき物が現れたのは、そのまま数分ほど経過した頃だった。


 突然、二人の表情が険しい物に変化したかと思うと、驚くべき光景が出現した。果物屋がナイフのような光るものを手に、靴屋に襲いかかったのだ。


 突然の凶行に戸惑った靴屋は店内に逃げ込み、果物屋がナイフを手に後を追うのが見えた。俺は絶句し、ディスプレイの前で凍り付いた。映像はしばらく、主のいない店先を映し続けた。


 やがて靴屋の店先に、果物屋を羽交い絞めにした靴屋が現れた。その姿を見て、俺は叫びだしそうになった。靴屋は果物屋の首筋に歯を立て、皮膚を噛み千切ろうとしていた。果物屋は絶命したのかだらりと弛緩し、抵抗する気配すらなかった。


 ――いったい、なんなんだこれは。


 事態を受け留めかね、戸惑っていると今度は画面上にいきなり文字が現れた。


 泉下 巡様 いきなりこのような映像をお見せしてしまい、申し訳ありません。

 我々は「新覇種創造プロジェクト」という団体です。

 

 耳慣れぬ名称と思いますが、超国家規模の財団が、ある社会的使命のもとに立ち上げた団体です。

 その使命とは、地上の覇者である人類をヒューマニズムという概念から解放し、より生存に適した新たな種へと生まれ変わらせることです。


 何を馬鹿な、とお笑いになるかもしれません。しかし我々は宗教団体ではなく、れっきとした研究組織なのです。公にこそしていませんが、すでに「新人類」とでも呼ぶべきあらたな種のプロトタイプが生まれつつあります。


このような研究は、法に縛られていては実現できません。そう言った意味で、我々が手段を選ばない組織であることをご理解いただきたいと思います。


――何を言ってるんだ、こいつは。俺にそんな話を聞かせて、どうしようってんだ。


さて、本題です。泉下さん、あなたに一つの仕事を依頼させていただきます。

このような不躾な形になったことは深くお詫びいたします。しかし、繰り返しますが、我々は手段を選んではいられない状況にあるのです。


――そんなわけのわからない仕事なんて、悪いがお断りだ。


 いま、あなたはこの依頼文を読んで、断ろうと思っていますね。しかしあなたはこの仕事を引き受けることになるはずです。


――ずいぶんと上から目線じゃないか、なんとかプロジェクトさん。


 俺は相手の大げさな言い回しに辟易し始めていた。脅迫のたぐいだったら、腐るほど受けてきた。肉を切るなり、骨を折るなり好きにしたらいい。


 こんな依頼、受けるはずがない。そう仰りたいのは当然です。我々もあなたのことは十分に事前調査を行っています。たしかにあなたは脅迫に強い。ご自身に対する脅しなら、たとえ殺されても応じない、ということもよく存じております。


 ――そんな形で理解を示されても、嬉しかないぜ。それよりとっとと消えてくれ。


 それでは脅されるのが、他の人間だったらどうでしょうか。


 ――なんだと?


 先ほどのVTRは、単なるホラー映像ではありません。今から一月以内に実際に起こりうる事態を、先行実験という形でシミュレートしたものです。先ほどの映像では二人でしたが、実際には百名近い数の人間が同じ運命に見舞われるはずです。……映像に映された店構えに見覚えはありませんか?


 ――新居部商店街。百人の人たち……まさか。


 我々は、あなたのお仲間……つまりゾンビを先ほどの映像のように「狂わせる」薬品を開発しました。一月後にあなたがよくご存じの街に自動的にばらまかれるはずです。


 ――なぜだ、いったい何のためにそんな事をする?


 それもこれも、あなたの重い腰を上げさせるためです。これから我々が申し上げる「ミッション」を、期日中にクリアできなければ、あなたが日頃、お世話になっている人々が、わけもわからず互いに殺し合ったり、食らい合ったりするのです。


 ――どうして俺じゃなきゃダメなんだ。俺はただのジャンク屋だ。


 ミッションの内容や、詳しい説明は、担当の者に直接会って確認していただきます。


 文字を目で追っていると、依頼文に続いてある店の名と住所が表示された。


あなたがもし、我々が指定した日時に、この店に現れなければ、我々はあなたが仕事の受諾を拒否したと解釈し、計画を実行します。契約の場に第三者……例えば警察の人間などをこっそり同伴させても、やはり契約破棄とみなします。何度も言いますが、あなたに断る余地はありません。良い返事をいただけることを期待します。


 映像はここで唐突に終わっていた。俺の頭の中には無数の疑問と怒りが渦巻いていた。


 ――勝手なことばかり言いやがって。なにが社会的使命だ。人殺し……いや、ゾンビ殺しの極悪集団じゃないか。


 悪態をつきながら、俺の胸のうちはどす黒い雲に覆われていった。どのみち、契約には行くことになるだろう。悔しいがあんな映像を見せられたら、断ることはできない。

 俺はDVDを床に叩きつけたい気持ちをぐっとこらえ、コピーした店の名を睨んだ。


 ――どんなミッションだか知らないが、とんだ目利き違いになっても知らないぜ。


 俺は思わず悪態をついた。死人に脅迫状をつきつけるなぞ、罰当たりもいいところだ。


       〈第一話「長く呪われた夜」(3)に続く〉

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