第17話 第二話「あなたにここに来てほしい」(4)
意識が戻って最初に見えたのは、コンクリートの天井だった。
地下室だ、と直感的に俺は思った。
――いよいよ、埋葬されてしまったか。
そんな悲観的な冗談を漏らしつつ、俺は身をよじった。途端に全身に刃物をつき立てられたような激痛が走った。俺は呻き声を上げた。こりゃひどい。身体がめちゃめちゃだ。
俺はかろうじて動かせる首を捻じ曲げると、あたりの様子をうかがった。
地下室にしては広い空間だった。頑丈そうなドアの脇には工作スペースが、少し離れた場所には飲食テーブルがあった。どうやら生活空間であり、工房でもあるようだ。
――それにしてもいったい誰が俺を、ゴミ置き場からここまで運んできたのだろう?
興味をそそられた俺はさらに室内をあちこち見回した。首を動かすたびに、ベッドがぎしぎしと軋んだ。
やがて、部屋の一角にこちらに背を向け、机に向かっている人影があることに気づいた。人物は黒いマントのような物に身を包んでおり、室内だというのに黒い革手袋をしていた。
――あの背中。見たことがあるぞ。
俺が口の中で呟いた、その時だった。こちらに背を向けたまま、人影が言葉を発した。
「どうやら、生きているようだな」
――あの人は。
眺め続けていると、俺の視線に気づいたかのように、人影がすっと立ちあがった。
かなりの長身だ。百九十センチぐらいはあるかもしれない。俺の知る限り、このような魔人めいたシルエットを持つ人物は一人しかいない。
「少しは賢くなったと思っていたが……後先を考えず行動するあたり、まだまだ小僧だな」
人物はゆっくりと俺が横たわっているベッドに近づいてきた。やがて俺の傍らで足を止めると、ふっと口元を緩めた。
「災難だったな、誠司。……いや、巡」
「親父……」
俺は声の主を仰ぎ見た。青山
「親父、その顔は……」
俺は思わず問いかけていた。父親の風貌に、見慣れぬ変化があった。
「これか。ちょっとした事故の名残だ。気にするほどの物ではない」
彫刻のような顔の右上半分が、金属性のマスクで覆われていた。少なくとも、俺の記憶にある親父はそんな物をつけてはいない。
「ちょっと失礼するぞ」
そういうと親父は、いきなり俺の腕をつかんだ。
「ふむ。もう固まり始めているのか。思ったより人間離れしているな」
そういうと、親父はマスクの穴から俺を厳しい目で見た。
「面構えも少しはましになったか。どうやら多少は揉まれてきたようだな」
親父は昔と変わらぬ、余計な感情を交えない口調で言った。
「あいにくと「生きていた」時のお前の身体しか知らないが……この回復力なら、心配はいらないな」
親父は俺の腕を離すと、ベッドから離れた。父親とはいっても、この親父は「育ての父」だった。今から三十年前、実の親から幼かった俺と姉を引き取ったのがこの男なのだ。
「親父……なぜあの駐車場にいた?」
俺はずっと気になっていた疑問を親父にぶつけた。
「私は私で別の仕事があった。たまたま必要にかられてあの場所に赴いたら、なぜか息子が虫の息で転がっていたというわけだ」
俺は思わず肩をすくめた。この男はこういうふざけたことをしれっとして言える人間なのだ。
「仕事かい。……相変わらずの仕事人間だな、親父。ところでここはどこなんだ?」
俺は目線を部屋のあちこちに投げかけた。親父は椅子に腰を下ろすと、天井を仰いだ。
「とある教会の地下だ。知人の好意でしばらく、身を置かせてもらっている」
「今は何の仕事をしてるんだ?なぜ、警察を辞めた?」
俺は矢継ぎ早に問いを放った。長く会っていない間に、疑問がたまっていたのだ。
「それをお前に言うのはまだ早い。物事にはしかるべき順序という物がある」
親父は素っ気なく答えた。俺が知る限り、警視まで上り詰め、所轄の内外で「鋼鉄の男」と言われていたらしいこの親父がなぜ安定した職を辞し、このような人目をはばかる暮らしをしているのか。よほどの理由があったに違いない。
「見たところ、俺が襲われたことにも驚いていないようだし、いったいどこまで今回の事を知っている?」
俺は思わずたたみかけた。何も質問してこないのには、何か理由があるはずだった。
「お前を利用しようとしている連中のことは、いくらか聞き及んでいる」
「奴らは一体、何者なんだ?」
「まあ、そう焦るな。今のお前にそれを教えたら、傷の治りが遅くなる。それに、身体の傷が完治したとしても、到底、今のお前にかなう相手ではない。これ以上、関わらないのが賢い生き方というものだ」
「あいにくとそういうわけにはいかない。奴らは俺の友達を実験台にしようとしているんだ」
「ふむ。友達のため、か。もう少し大人になるのだな。今度の敵はブラックゾンビなどといったちゃちな相手とは違う。今までのように出たとこ勝負でどうにかなる相手だと思ったら大間違いだ」
焦る俺の胸中を見透かすように、親父は厳しい物言いをした。
「いいか、焦れば焦るほど、お前は敵の術中にはまってゆく。いずれ友人を救うチャンスは巡ってくる。それまで待つんだ」
俺は閉口した。親父の話は正論だったが、俺の中の怒りと悔しさは、何もせずに待つことをよしとしなかった。
「こんな風に親の手を煩わせているようでは、一人で戦うなど永久に覚束ないぞ。まずは忍耐を身につけることだ。いいな」
親父はそう言い切ると、立ち上がってドアの方に歩き出した。俺はベッドの上に身を起こすと、今だに追いつけない男の背を複雑な思いで見つめた。
〈第五回に続く〉
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