第39話 第三話「イッツ・ノット・トゥー・レイト」⑿


「あ、あの、お久しぶり……この間の腕、大丈夫でしたか?」


 千草は挨拶もそこそこに、真っ先に腕の件を切りだした。無理もない、人間が手首を切断されるところを目の当たりにしたのだから。


「この通り、立派過ぎる「新品」をつけてもらいましたよ」


 俺が目の前に義手をかざして見せると、千草は目を大きく見開いた。


「……やっぱり、駄目だったんですね」


「駄目って言うか、動きに関しちゃ、そうでもない」


 俺は千草の目の前で、グーチョキパーをして見せた。


「でも良かった、泉下さんが無事で……」


 千草は心底ほっとしたような表情を浮かべた。背後で柳原が「女性の知り会いが多いな、骨董屋」と囁くのが聞こえた。


「この人は病院での騒ぎでお世話になった方だ。ある種、被害者でもある」


 被害者、という言葉に一瞬、柳原の目が鋭くなった。


「紹介します、和久井さん。こっちのでかい男は俺の知り合いの刑事で柳原って言います」


「はじめまして。和久井と言います。看護師をしています」


 柳原は表情を崩すことなく「どうも」と一礼した。見かけによらず、人見知りするタイプなのかもしれない。


「で、今日は?ダミーカメラを見に来たとか言う話を聞いてしまったんですが」


「……ええ。この間の事件もあるし、最近、少し不用心すぎるかなと思ったんです」


「なるほど、最近は巧妙な手口で侵入する輩も多いですからね。警察を当てにしていたらいつ被害に遭わないとも限らない」


「おいおい、聞き捨てならないな、生活安全課」


 柳原が俺の言葉に敏感に反応した。


「えっ?泉下さんって、警察関係の方だったんですか?」


「大昔の話です。……なら、防犯のポイントでもレクチャーしてみたらどうだい、少年課」


 俺と柳原のやり取りがおかしかったのか、千草は表情を崩すと、口元を抑えた。


「そうだな……まず、怪しい奴が近くを歩いていたら、距離を取る。……そう、こんな奴だな」


 柳原が目で俺を示した。俺は目をぐるりと回し、歯を剥き出した。


「少しでもおかしな挙動があったら、近くのコンビニに駆け込むか、警察に通報する。自分の部屋は一人暮らしに見せないよう工夫して、エレベーターに乗る時は気をつける。……まあ、とりあえずこんなところだな」


「それだったら、大丈夫です。普段から意識してますから」


「どうかな。看護師だったら、弱そうな奴にはつい油断しちまうんじゃないか?例えば俺みたいなでかいのが、道端で苦し気にうずくまってたら、どうする?近づいてみるか?そいつがいきなり牙を向き出して襲いかかって来ないとも、限らないんだぜ」


 千草が沈黙した。やれやれ、大人げない。一般人をやりこめて何が楽しいんだ。


「……いわれてみればそうですね。その大男が襲いかかったら、実は看護師は合気道の有段者で、あっと言う間に投げ飛ばされてしまうかもしれない」


「なんだって?」


「私、合気道三段に、空手二段なんです」


 柳原があっけにとられた顔つきをした。俺も正直、この答えは予想していなかった。


「女性だから、看護師だから。そう思ってお話してませんでした?うずくまって呻いてる人は確かに病人かもしれないし、そうじゃないかもしれない。どっちにしろ、予断は禁物ですよね」


 千草はそう言うと、笑って見せた。


「でもそれなら、あまり防犯に神経質になることもないんじゃないですか?」


 俺が口を挟むと、千草はぶるんと首を振って見せた。


「私が気になるのは、不在時の不法侵入の方なんです。在宅時にもし強盗が来ても、別に怖くはないです」


 千草はそう言うと「勤務が不規則なので」と付け加えて見せた。


「そんだけ気が強きゃあ、誰も近づかねえさ。……真面目にレクチャーして損したぜ」


「俺はお前さんがやりこめられるところを見られて、得したぜ」


 俺が言うと、柳原は俺を睨み返し「俺は先に出るぜ。また店でな」と背を向けた。


 俺は笑いを噛み殺している千草を見て、確かにこの強さは本物かもしれないと思った。


              〈第十三回に続く〉

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