第38話 第三話「イッツ・ノット・トゥー・レイト」⑾


 たとえ前職が警官でも、そう何でもかんでも裏を読むとは限らない。


 ……だが、今回ばかりはお人よしを一時中断せざるを得ない、と俺は思った。

 がらでもない疑心暗鬼に取り付かれたきっかけは、店内の模様替えだった。


 パソコン用の馬鹿でかい冷却装置を動かしたところ、壁のケーブル穴から奇妙な物体が顔をのぞかせていることに気づいたのだ。


「なんだこれ……観葉植物か?」


 それは、植物の「蔓」に似た細長い物体だった。すでに干からびかけてはいたものの、引っ張り出してみると「蔓」は壁の裏を這っているいくつかの配線と絡み合い、驚いたことに一部で融合していた。それに気づいた時、俺の脳裏をある想像が掠めた。


 ――半分生物なら、道具としても使えるのではないか。


 つまり偵察用の「プラント」を、建物の外からでも忍ばせておけば、盗聴器やカメラ代わりになるのではないか。


 それから小一時間、俺は店内のあらゆる物品を動かした。自分のガサ入れなど趣味ではないが、近頃、俺の行く先々に敵が現れることに強い懸念を覚えたのだ。


「おい、バタバタなにやってんだ?てめえのガサ入れか?」


 疲れ果てて古い雑誌に逃避しかけた頃、多趣味な公務員、柳原が姿を現した。


「どうも色んな個人情報が漏れてるみたいなんでな。……悪いがちょっと、店を閉めるぜ」


「どこに行くんだ」


「防犯グッズを見に、DIY屋に行ってくる。あんたも来るか?」


「どうせお前さんが行きつけにする店だ。普通の品ぞろえじゃあないんだろう?」


「普通の商品を探してる奴はそもそも、ここへは来ないと思うがな」


 俺は自分でも個性的だと自負する、我が店の品々を目で示した。


                ※


「そりゃあ、あれじゃねえのか。木の枝か何かが室外機みたいな場所から紛れ込んだだけなんじゃないか?」


 DIY店「ワイアール」の店主、犬田いぬたは俺の話を聞くなり、疑わし気に行った。


「さすがのあんたも、植物型のカメラは仕入れていないか」


「いや、ディスプレイやプランターに偽装したものはいくらでもある。でもあれだろう?お前さんの店はそんな気の利いたものを置いてあるような店じゃないんだろう?」


 俺は肩をすくめた。その通りだったからだ。


「それよりめぐちゃんよ、その右手はどうした」


 犬田は一切の遠慮なしに尋ねてきた。美倉の従兄でもあるこの男は、たとえお得意の持ち物であろうと変わった物には興味を抱かずにいられないのだ。


「なに、ちょいとばかりへまをやらかしてね。こいつは親父の知り合いが作ってくれたのさ。どうだい、あんたの目から見てこの芸術品は」


 俺が尋ねると犬田は、とぼけた眼鏡の奥の小さな目を光らせた。


「こいつは「仕立て屋」と「傀儡子」の仕事だな。たいしたもんだ」


 俺は驚いた。美倉も俺の親父の周辺はよく知らないと言っていたのに。


「あの二人を知っているのかい」


「ああ。昔、俺が改造拳銃の摘発に手を貸していた頃に知り会った。古い付き合いだよ」


 犬田は懐かし気に目を細めた。俺は唖然とした。買い物に来て店主の来歴を知るとは。


「で、今日の用件は、何か新しい防犯グッズはないかなと思って――」


 俺が具体的な話を切り出しかけた、その時だった。


「こら、勝手にその辺の物をさわるんじゃないっ」


 店の奥まった一角から、しわがれ声が飛んできた。


「アギちゃん?」


 俺は犬田に目で「後で」と合図を送ると、カウンターの前を離れた。


 店の奥にある工房に近づくと、開け放たれたドアの向こう側に大きな身体を縮こまらせている柳原と、作業机の前から鋭い視線を投げかけている小男の姿が目に入った。


亜木あぎちゃん、仕事場を覗かれるのは気分がよくないだろうが、ここは俺に免じて許してやってくれ。友達なんだ」


「ふん、めぐの友達か。道理で人相がよろしくないと思ったわ」 


 小男は分厚い眼鏡を押し上げると、鼻を鳴らした。この小男は亜木と言って、あらゆるものの精巧なダミーを手作りでこしらえる、いわば「模造品の芸術家」だった。


「失礼したね、仕事場とは思わなかったもんで。気をつけるよ」


 柳原は人相のことをくさされたのが面白くないのか、ぶっきらぼうに言った。


「亜木ちゃん、最近はどんな物を作ってるんだい。武器か?それともダヴィンチか?」


「ふん、面白い物などないさ。……ん?めぐよ、その手はどうした」


 またか、と俺は思った。今日日はどこへ行っても手の話題ばかりだ。


「まあ、ちょっとばかしへまを……」


 俺が犬田にしたのと同じ口上を口にしかけた時だった。背後に人が立つ気配があった。


「アギ、こないだダミーカメラについて聞いてきた女の人が、また来てるぜ。ちょっと相手をしてくれないか」


 いつの間にか、すぐ後ろに犬田が立っていた。俺は「へえ」と口に出していた。この店を女性が訪れるのは珍しいからだ。


 どれどれ、どんな物好きだろう。そう思って犬田の肩越しにカウンターの方を覗きこんだ、その時だった。


「あれっ」


「あっ……泉下……さん」


 カウンターの前で首だけをこちらに向けている女性の姿を見て、俺は思わず声を上げた。


 女性は、和久井千草だった。


             〈第十二回に続く〉

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