第24話 第二話「あなたにここに来て欲しい」(11)


 真純の去った店内で、俺は彼女と交わした会話の内容を反芻していた。


 防犯課の俺が六道智之を追い続けた事は、あきらかな逸脱行為であったはずだ。

 さらにもし、当時俺が六道の妹である紫蘭とある種の恋愛関係にあったとしたら、免職になったとしてもおかしくはない。


 そうまでして六道兄妹に肩入れした理由は、いったいなんだったのか。俺にとって最大の疑問点はそこだった。


 もちろん、誰が俺を撃ったのか、いかなるきっかけでゾンビ化する羽目になったのか、そのあたりもまだわかってはいない。しかし正直に言うと、俺はすでに疲れ果てていた。次々と押し寄せる過去からの「事実」に、なかばどうでもよくなりかけていたのだ。


 あとは「死者の国」の後継グループだが、すでに創始者の福本は亡くなっており、俺には「新覇種創造プロジェクト」とも「ダイ・ドリーム・カンパニー」ともパイプがない。

 しがないリサイクル屋の親父には、いささか荷の重すぎる仕事だった。


 ――古巣に、戻るか。


 そう思いかけた、その時だった。


 ドアが開き、数名の人影が店内に入ってきた。その中の一人は、知っている顔だった。


「あれっ、めぐちゃんじゃない!」


 輪の中心に、ひときわ目立つパンツスーツの女性がいた。女性は俺をひと目見るなり、たちまち目を輝かせた。


「ミカ……どうしてこんな所に?」


「めぐちゃんこそ、どうしちゃったのよ。突然、お店にも来なくなっちゃって」


 ミカは同行していたスーツ姿の男達を跳ね除けるようにして、俺の席に駆け寄ってきた。


「色々と忙しくてね……リサイクル店の方も閉めているんだ」


「そうなの。別のお仕事ってわけね。でも、寂しかったわあ」


 ミカは豊かな声で謳うように再会を喜んだ。俺とどっこいの背丈のミカが女性の姿ではしゃぐと迫力があった。


「そういう君こそ、こんな早い時間から打ち合わせかい?」


「ううん、違うの。この人たちはね、私の昔の同僚。つまり私がまだ「男性」だったころのチームメイトよ。今回、新しいプロジェクトを立ち上げるらしいんだけど、何か新鮮なアイディアはないかって頼まれたの」


「そうだったのか。ステージ衣装もいいけど、OL姿もなかなか様になってるぜ」


「ありがとう。こっちの世界にはもう戻らないって言ってあったのに……困っちゃう」


 ミカの背後では有能そうなビジネスマンたちが、まるで命令を待つ犬のように背筋を伸ばしていた。もしかしたらミカはプロジェクトのリーダーだったのかもしれない。


「実は俺もそろそろ店に戻ろうかって思い始めてたところなんだ」


「本当?めぐちゃんが、またお店に来てくれるんならメイクにも気合が入るってもんだわ。うんとサービスしちゃうから、期待しててね」


 ミカは唇を湿らせると、長い指をくねくねとうごめかせた。サービスの内容によっては生きて店から出られないかもしれないな、と俺は思った。


「あ、そうだ、めぐちゃん。ちょっと面白い物があるんだけど、見てみない?」


「何だ?」


 ミカは俺の返事を待たずにバッグから何かを取り出し始めた。それは一言で言うと「彩色前のフィギュア」とでもいうべき物体だった。


「一種の3Dコピーなんだけど、世界に一つしかない「スリー・ダイナマイツ」人形よ」


 ミカは三体の人形を俺のテーブルの上に並べ始めた。極端に体形の違う三体の人形は、生々しい樹脂の色とも相まって、B級SF映画に登場するクリーチャーのようにも見えた。


「いい?見てて」


 ミカはそう前置くと、煙草の箱を思わせる小さな箱を操作し始めた。次の瞬間、人形に訪れた変化に俺は目を瞠った。それまで色のない人形だった三体の「スリー・ダイナマイツ」が、鮮やかなステージ衣装をまとって歌い始めたのだ。


「これは……何だ?人形?ロボット?」


 よく見ると「三人」の表情は、ステージで熱唱する時の姿そのままに、変化していた。


「人形をよく見て。動いていないでしょ?一種のプロジェクション・マッピングなの。この箱が超小型のプロジェクターで、映像を人形に映し出してるってわけ」


「何のためにこんなものを?」


「きっかけはエリカの発案よ。今度、ステージにマネキンを立たせてショウをやったらどうかしらって言いだしたの。私はじゃあ、マネキンが次々と歌い出してどれが本物かわからなくなったら面白いんじゃない?って返したの。


 ちょうどその頃、昔のチームメイトからイベントで使用する効果のアイディアが欲しいって言われて、これを思いついたわけ。……もちろん、実際のイベントではこれよりはるかに手の込んだ、イリュージョンをお見せするつもりよ」


「さすがだね。常に最新の知識を取り入れる事は忘れないんだな」


「もう業みたいなものよね。本来の私は、ただのステージ歌手だっていうのに」


 その時、俺の中で何かが閃いた。それは、いくばくかのうしろめたさを伴っていた。


「……ミカ。こんな時に唐突で何なんだが……調べてもらいたいことがあるんだ」


「何?めぐちゃんの頼みだったら、いつでもOKよ」


「「死者の国」というのを聞いたことがないか?」


 俺は知らず声を潜めていた。また、仲間を巻き込むことになるのではないか――そんな苦い思いが、ふと頭のどこかをかすめた。


「「死者の国」、ねえ……聞いたことがあるような、ないような……それがどうかしたの?」


「うん、一種の新興宗教だったらしい。今では「新覇種創造プロジェクト」という集団と「ダイ・ドリーム・カンパニー」という集団に別れて牽制しあっている。もし迷惑じゃなかったら、この二団体の事を少し調べてみてくれないだろうか」


 迷惑に決まっている、と俺は思った。俺の中で、「ネオテニア」と戦った時の苦い記憶がまざまざと蘇った。


「お安い御用よ。……といっても、私の力でどこまで調べられるかはわからないけど」


 ミカは人差し指を頬にあてると、ウィンクして見せた。やはりこの女は一流だ。そこが企業であろうと、夜のステージであろうと。


「すまない。今度ステージを見に行ったときは、奮発するよ」


「あら、サービスなら私だけじゃなくて、エリカやルナにも忘れないで。だって私たちの掟は「何があろうと絶対にぬけがけしない」ことなんだから」


「わかった、全員にサービスさせてもらうよ」


「ありがとう。待ってるわね。……それじゃ、私は打ち合わせがあるから奥の席に行くわね。バーイ、めぐちゃん」


 ミカは手を振りながら奥のボックス席へと姿を消した。俺はこの一か月、あえて見ないようにしていた「仲間」を間近で見て、不覚にも「生きている」実感を取り戻していた。


 だが、俺にはまだやらなければならないことが残っていた。大樹を救い出すのだ。


 ――戻ろう。


 戻ってあの場所から――俺の「ホーム」から再び戦いののろしを上げるのだ。


 俺は席を立つと、陽の当たる世界の方へ足を踏み出した。


              〈第十二話に続く〉

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