第23話 第二話「あなたがここに来てほしい」(10)
SNSを頼りに千堂真澄のアカウントにメールすると、驚いた事にすぐに返事があった。
「生きていらしたんですね、青山さん。オフィスまで来ていただくのは心苦しいので、新世紀通信ビルのある、
真純からの返信は感情を交えない、簡素なものだった。思い切って「青山」の名を出したことが良かったのかもしれない。今の俺にとって「青山」は一時的なIDといってもいい名前なのだ。
指定された「
打ち合わせ通りに警察物の文庫本をテーブルに置いて待っていると、十二時三十分きっかりに、オリーブ色のスーツに身を包んだ女性が姿を現した。
「お久しぶりです、青山さん」
俺は一瞬、身を固くした。「あの頃」の関係者からすれば「久しぶり」なのだが、俺の感覚からするとほぼ「初対面」だ。真純もまた、例外ではなかった。
「あ、どうも。十年ぶり……になりますか」
如才なく返したつもりが、どこかぎこちない反応になっていた。記憶がないことはメールで伝えてあったのだが、憶えているか、どうか。
「そうですね、十年……あっという間でした」
真純はすらりとした体形の、中性的な美人だった。おそらく俺と同年代だろうが、どことなく浮世離れした印象があった。
「一方的に場所を指定してすみません。仕事が立て込んでいて、オフィスに近いところとなるとここしか思いつかなくて……」
真純は頭を下げると、俺の向かい側に座った。新世紀通信は業界大手の一つで、グループ企業も含めると従業員数千人を数える会社だ。その社員というからには、さぞかし優秀なのだろう。
「十年前、あなたは六道智之の秘書をされてましたよね?……もちろん、コンサルティング会社の方だとは思いますが」
俺はわざと曰くありげな言い方をした。いわばカマをかけた形だった。
「はい、そうです。私には殺し屋の秘書は到底、務まりません」
俺は驚嘆した。真昼間、他の客の目もある中で「殺し屋」と口にするとは。
「では、知っていたのですね。六道が殺し屋だったということを」
「もちろん、知っていました。手伝いこそしませんでしたが、あの人はあの人なりにそういう生き方を選ばざるを得ない運命だったんです」
俺ははっとした。クールな外見に似つかわしくない真摯な表情から、かつての上司である六道への強いシンパシーが感じられたからだ。
「宿命というと?」
「あの人は、死にたがっていたのです」
「それは……彼がかつて口にしたという「死者の国」という言葉と関係があるのですか」
俺はいきなり核心に切り込んだ。隼人によると俺は六道の「死者の国」という言葉を否定したがっていたようだという。仮に俺が六道を撃ち殺したという話が事実なら、「死者の国」という言葉にその理由が隠されているのではないか。
「青山さん、六道が亡くなった時のことを、どこまで覚えておいでですか?」
「実はほとんど覚えていません。私が六道を銃で撃ったらしいこと、私が撃つ前に「死者の国などない」と言ったらしいこと……それだけです」
「そうですか。ではおおむね私の知りえている事実と重なりますね。六道は確かに青山さん、あなたの銃で撃たれて死亡しました。……でもそれは、六道自身が望んだことでもあったのです」
「なんですって?」
「六道はあなたに、こう迫ったのです「あんたが俺を殺さなければ、今ここで俺が俺の妹を殺す」と」
初めて知る事実に、俺は当惑した。一体、俺と六道、そして妹の紫蘭とはどのような関係だったのだ?
「で、俺は六道を撃ったと?」
「はい。残念ながら、紫蘭さんもその直後に亡くなりました」
「教えてください、俺と六道兄妹とはいったい、どんな関係だったんです?それと「死者の国」とはいったい、何なんです?」
俺は勢い込んで訊ねた。簡単に答えられる質問でないことは、重々承知の上だった。
「そうですね。……少々、混み入ったお話になりますが」
そこで真純はいったん言葉を切り、辺りを見回した。無理もない。昼間の喫茶店で「打った」だの「殺害した」だのという話を、声を潜めて交わしているのだから。
「「死者の国」というのは、いわゆる新興宗教の一つです。そして六道はその創始者である福本章介の片腕だったのです。福本の殺害は、六道が本人から依頼を受けて行った仕事でした」
「えっ、そんな……福本さんが?」
「福本殺害に成功したら、六道は自分も死ぬつもりでした。最愛の妹を道連れにして……」
「いったいどんな教義だったんです「死者の国」は」
「一度死んで蘇った者たちで王国を築く……そしていずれはすべての人間が「生ける屍」になる……というものです。現在は、福本の死によって二派に分派していますが」
「福本は生き返ったわけではないんですか」
「はい。何者かが、殺害された福本の首をさらに切断したのです。この行為によって、福本は生き返ることなく本物の屍となってしまったのです」
「首を……」
「「死者の国」は解体し、ひとつは「新覇種創造プロジェクト」という研究所になりました」
「なんだって?」
俺は思わず声を上げていた。「新覇種創造プロジェクト」といえば「道化師」たちの組織名ではないか。あの野郎、ゾンビには関心がないとかぬかしやがって。
「もうひとつが「ダイ・ドリーム・カンパニー」といって、こちらは人工的に「死者」を大量生産することを目的とする秘密結社です」
おそらくこっちが大樹を拉致した連中だな、と俺は目星をつけた。
「六道は福本と志を共有していたので、生きていたとしてもどちらにも属さなかったでしょう。それより彼は、病身の妹ともども、「生ける屍」という新しい生を望んだのです」
「そこに俺がかかわった。だから二人は「生ける屍」になれずに死んだ……それはつまり、俺が紫蘭という娘と個人的に親しくなったからか?」
「恐らくそうだと思います。死ぬことで永遠の生を得られると信じていた六道に対し、青山さんは生きて何らかの治療を受けることを説いていたのだと思います」
「それで六道と対決することになったわけか」
「はい。実は私はお二人が対決する前日、発作的に六道の銃を、弾が出ないものとすり替えたのです。紫蘭さんを救うために……ところが、弾が出ないと知った六道は、持っていたナイフで紫蘭さんの胸を刺しました。それを見た青山さんが、六道を銃で……」
「なんてこった。すべてが皮肉な方向に向かったというのか」
俺は絶句した。俺は妹を救いたい一心の男を、同じ思いだったにもかかわらず銃で撃ち殺してしまったのだ。警察官としても、人としてもおよそ許される行為ではない。全てを忘れてしまいたくなっても当然かもしれない。
全てを語り終えて去ってゆく真純の背を見ながら、俺は知るということの罪深さをあらためて実感していた。
〈第十一話に続く〉
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