第25話 第二話「あなたがここに来て欲しい」(12)
福本阿佐美からメールがあったのは、俺がコンテナの荷物を片付け、ドアを閉めようとした時だった。
「青山さんから先ほどメールでいただいた質問なのですが、実際にあってお話したいと思います。「スゥイート・アヴェニュー」まで来ていただけますか?」
俺は承知したという内容を返した。必要以上の詮索は野暮な上に、迷惑との自覚はあったが、知りたい気持ちを抑えることができなかったのだ。
「ご質問に遭った通り、前回、お会いした時は父が「死者の国」の創設者だということをあえて言わずにいました」
前回と同じ席に陣取った俺たちは、幾分気まずい思いとともに話し始めた。
「創設者というか、このレストランのオーナーでもある、牧原幸三のバックアップで設立された教団ですね。お父様はいわゆる教祖……象徴的な存在だった」
「はい。それもすべて父が亡くなってから知ったのですが、この建物の施工を父の会社が牧原から承った時、何か超自然的な出来事が起こったという話です。それから牧原は父を占い師のような神がかった人間と考えるようになり、ついには教団を作って教祖にすえてしまったのだそうです」
「そのことはご家族にも伏せられていた?」
「ええ、父は土木業と造園を営んでいましたが、集会に出るのは週に一度、それも深夜でした。家族には古い付き合いの人たちと飲む、としか言っておらず、まさか新興宗教をやっているなんて夢にも思いませんでした」
「千堂さんのお話によると、お父さんは六道に「自分を殺せ」と依頼していたそうです。どうしてそんな依頼をしたのでしょう?」
「やはりお聞きになったのですね。……その話を聞いた時は、私も驚きました。なんでも「死者の国」という教団は、病気や不慮の事故で亡くなった人達が、蘇って苦しみのない生をまっとうするという研究をする財団でした。それがたまたま、父に霊感のような物があったために新興宗教になってしまったのです」
「死者を蘇らせる……」
俺は言葉を失った。それはつまりゾンビを研究する集団だ。
「ところが教団内に、「生きたまま人間を不死状態にする」研究を始めた者がいて、教団が分裂してしまったのです。謀反の主は
俺は思わず声をあげそうになった。そいつはたぶん、俺の元から大樹をかっ攫っていった女に違いない。
「父は教団を一つにまとめるため、こう考えたのだと思います。「自分が死んで蘇れば、また教団は一つにまとまる」と」
「それで六道に殺害を依頼したのですか。一体どうやって生き返るつもりだったんでしょうね」
「わかりません。父も牧原幸三も、こんなに美しい果樹園とレストランを作っておきながら、生きることより次の生を夢見ていたなんて、私からすると信じがたい話です」
俺はレストランの中を見回した。たしかに美しい建物だ。
「阿佐美さん、この建物はお父さんの会社が手掛けたものらしいですが、社員の方も良く利用されるのですか?」
「ええ、打ち合わせなどでよく……それが何か?」
「阿佐美さんは、内部のレイアウトをよくご存じですよね?」
「まあ、そうですね……一応は」
俺は一呼吸おくと、どうしても気になっていた点に踏みこんだ。
「福本さんが亡くなられた今、お父さんの会社はどなたが継がれるのですか?良樹さん?それとも、阿佐美さん?」
「このまま行けば主人ということになるのですが、主人はあまり乗り気ではないみたいで……社内でもそのことを察して別の方を推そうという動きもあります」
「そのことについて、阿佐美さんはどう考えておられます?」
「私は……正直、反対です。主人は元々教師ですし、会社を経営するタイプではありません。神輿を担がれて名ばかりの代表になったとしても、ストレスでたちまち潰れてしまうに違いありません」
「なるほど、そうですか……これでわかりましたよ「幽霊」の正体が」
「えっ」
「阿佐美さん、あなたはこの店にご主人を連れて来て、わざと「幽霊」を見せたんですね。ストレスに弱い人だという印象を内外に持たせるために」
「……どういうことでしょうか」
「この席から見てちょうどあの……ご主人が「幽霊」を目撃されたあたりの席に、おそらくあなたの「仲間」がいたのでしょう」
「なにをおっしゃられているのか……」
「論より証拠です。やってみましょう。うまくいくかどうかはわかりませんが」
俺は席を立つと、プランターの下にあたる席へと移動した。
――椅子に座った状態で操作できる「スイッチ」のような物が、どこかにあるはずだ。
俺は席に腰を落ち着けると、手探りで目的の物体を探し始めた。ほどなく、俺の手があるものを探り当てた。それは、従業員を呼ぶアナログ式の呼び鈴だった。
「これを見てください。コードが伸びて壁を伝っていますね。押せばいいだけの呼び鈴なのに、なぜか電気の配線がしてある。……ということは、おそらく」
俺はベルの本体を鷲掴みにすると、左右に回した。やがてカチリという手ごたえがあり、頭上でモーター音が聞こえ始めた。
「あっ」
「これが「幽霊」です」
俺はプランターに目をやった。三つのうちの、真ん中の鉢の胴体にぽっかりと穴が開き、内部に小さなマネキンの頭部が覗いていた。
「あとは「幽霊」にご登場を願うだけです」
そういうと俺はポケットから煙草の箱に似せたケースを取りだした。
「これは超小型のプロジェクターです。人から借りたもので、たまたま煙草の形をしていますが、携帯電話など、さまざななものにカムフラージュが可能です」
俺はプロジェクターのスイッチを入れた。同時に、マネキンの頭部に動く女性の顔が映し出された。音声こそ出ていなかったが、女性は表情豊かに歌を歌っていた。
「これは女性歌手の映像ですが「犯人」は何かの際に入手した公佳さんの映像をあの頭部に映し出した物と考えられます。
お店の方にあらかじめお願いして、合図をするとプラントの周囲の間接照明が暗くなるようにするのです。そして右手でプロジェクターを、左手でプランターの仕掛けを、ほぼ同時に操作します。すると鉢があった場所に一瞬で女の「幽霊」が出現するというわけです」
「どうしてそれを……」
「あとはあなたがご主人に怯えつつ「あなた、あれ……」と言えばいい。ご主人はきっと自分が「生霊」を見たと思った違いありません」
「……おっしゃる通りです。私は主人にできれば父の会社を継いでほしくありませんでした。それで同じ意向の幹部と相談して、主人を怯えさせようとしたのです」
「残念です……夫婦なのですから、話し合えばよかったのではありませんか」
「そうですね。……ただ、どうしても二人でこの話をすると不愉快な空気になってしまうので……それを避けたいという勝手な思いが、こんな小細工をさせたのかもしれません」
阿佐美はうなだれ、重い息を吐き出した。
俺はふと、自己嫌悪に陥った。こんな種明かし、あえてするまでもなかったのではないか。良樹氏が見たのが「幽霊」というなら「幽霊」のままでよかったのではないか――
「主人には、本当の事を話します。……そのほうが、風通しのいい夫婦になれますよね」
俺は黙ってうなずいた。最初に見た時からお似合いの夫婦だと思っていた。きっとうまく行くだろう。
「ところで青山さん、ひとつうかがってもいいですか?」
「はい」
「全てを忘れてしまったとおっしゃいましたが、覚えていませんか。六道が亡くなる数日前、ここの果樹園を、あなたと紫蘭さんが楽し気に散歩されていたことを」
「えっ?」
「見かけた人の話だと、何度かお二人がここで歩かれているのを見たとの事です。その時の様子は、まるで恋人のようだったそうです」
「…………」
「どんなことをお話されていたか、覚えていらっしゃらないんですか?」
「いえ……残念ながら」
「そうですか……やはりどんなに大切な思い出でも、消えるときは消えるのですね」
阿佐美は寂し気に呟くと、目を伏せた。俺の胸の中に、苦い思いがこみ上げた。
阿佐美の言う通りだった。それほど大切な思い出を、なぜ俺は消してしまったのだろう。
〈第十三話に続く〉
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