第83話 最終話「心臓いっぱいの愛を」最終回


              エピローグ


 爆音のようなキエフのドラムが、ライブハウスを揺るがしていた。


 俺は久しぶりに身体が「跳ねる」のを感じた。かおるとは違った、俺にとっては少しばかり懐かしいタイプの叩き方だった。


 ステージの端ではファンディがリズムに合わせて身体を揺らしていた。もうすっかりロックシンガーが板についたようだ。

 ドアムソロが終わりに近づき、俺たちはキエフの雄たけびを合図にジャンプを決めた。


「サンキュー!「デッドアライブ・ロック」でしたあっ」


 ファンディはステージの中央でギターを手にしたまま、くるくると回った。


「えー、私たち「トゥームス・カンパニー」はついこの間、結成したばかりの生まれたてバンドです。演奏はつたないし、レパートリーも少ないけど、今日は最後まで楽しんで行ってくださいっ」


 ファンディが叫ぶと、「グレイトフル・サッド」に集まった三十名ほどの観客が熱い拍手を送った。客席の中には、千草や秋帆の顔もあった。


「それでは、ここで「トゥームス・カンパニー」のメンバーを紹介します!」


 ファンディは後ずさりながら身体の向きを変えると、ステージ後方を右手で示した。


「ドラム、恋と友情に熱いファイティングマン、ミスター・キエフ!」


 キエフはバスドラ、スネア、シンバルの順に叩くと、立ちあがってぺこりと頭を下げた。


「続いてはキーボード、小鳥を愛する優しい巨人こと、ミスター・ヤギ!」


 フリンジ付きのジャケットにパンタロンといういで立ちの柳原は、紹介を受けて一礼すると、なぜか学校でお辞儀をするときに使うメロディーを鳴らした。


「続いてオン、ベース!殺しても死なない不死身の男、ゾンディーこと、イズミ!」


 俺は軽くお辞儀をすると、しばらく披露していないスラップをこれ見よがしに弾いて見せた。


 ベースの紹介を終えると、ファンディが俺に「後はよろしく」と目で合図を送ってきた。


「そしてギター&ヴォーカルは、我が「トゥームス・カンパニー」の歌姫こと、ファンディ―!」


 俺の不慣れなMCを受け、ファンディーは俺が選んだ赤いギターを高々と掲げ、覚えたての「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を弾いた。


「どうもありがとう!それでは今日の最後の曲になります。「友達になりたい」!」


 キエフのカウントに続いて始まった曲は、シンプルなポップロックチューンだった。


 穏やかな日々が 息苦しくて


 誘われるまま 僕は旅に出た


 デニムのジャケットに赤いレザーのミニスカート、ウエスタンブーツといういで立ちのファンディが、歌いながらギターを鳴らしてステージを右に左に駆けた。

 ファンディの手が間に合わないフレーズは、柳原のキーボードがカバーするという変則的な構成だった。


 すさんだ街角 憎み合う人々


 翼をもがれ 打ちのめされた


 誰を信じればいいのだろう


 圧巻は、間奏のアドリブパートだった。柳原のキース・エマーソンを思わせるソロ・プレイに続いて、ステージ上のもう一台のエレキピアノでファンディとの即興バトルが開始されたのだ。


 ファンディがクラシックのフレーズをジャジーにアレンジしたメロディーを弾くと、柳原はプログレッシブ・ロックに様々な音楽を混ぜた自由なフレーズで弾き返した。


 さすがのファンディもジャズピアノのレパートリーはまだ少ないのか、やがてネタが付きたように似たフレーズの繰り返しになった。

 早々と察した柳原は、クラシックのフレーズを合わせ始め、やがて二人がアイコンタクトでドラムに合図を送ると、再び演奏は元の曲へと着地した。


 俺はキエフの「どうしても走ってしまう」ドラミングに自分の過去を重ね合わせていた。

 俺も若いころ、パンクバンドでドラムを担当していた時期があり、やはりキエフ同様に「走る」癖があったのだ。そのことを思いすとゾンビには無いはずの、鼻の奥がツンとするような切ない気分に襲われるのだった。


 そんな時 君を知った


 何もかも 僕とは違う君


 俺は絶好調とは程遠い右手の指先に、気持ちのすべてを込めた。バンドのみんなが一つになれるように、力強い演奏ができるように、全員をステージの前に押し出すのだという気持ちで弦を弾いた。


 サビの直前、ふとファンディが柳原の元へ駆けた。柳原はファンディのアクションに応えるように、据え置き型のキーボードをこともあろうに片手で持ち上げ、頭の上で引き始めた。


 君はいつも 戦っていた


 誰にも言わず 誰かのために


ファンディは再びステージの中央に戻ってくると、俺に目で合図を送ってきた。

俺がファンディの傍らに駆け寄ると、俺たちは「せーの」で、背中合わせになった。

 

 友達になりたい 君の友達に


 僕の知らないことが あってもかまわない


 俺とファンディは背中合わせになったまま、サビのフレーズを繰り返した。


 背中越しにファンディの鼓動と体温が伝わってきた。俺のリズムがファンディの背に、ファンディのヴァイブレーションが俺の背に、互いの心臓のリズムを交換するかのように、俺とファンディは共鳴し合った。


 そうだ、これが生きている者のリズムだ。俺はその力強い響きを必死で身体に、ベースを弾く指先に刻み込もうとした。


 友達がいたから 君がいるから


 たとえ負けても あきらめたりしない


 最後のリフレインは俺が口ずさむ下のメロディに、ファンディのメインフレーズが乗るという形だった。二人の声が空気を震わせながら一つに重なった時、俺は得も言われぬ心地よさを覚えた。


 そばにいなくても 君がわかるよ


 君の鼓動を 覚えてるから


 君の強さが 君の生命が


 いつも僕を はげましている


 柳原のキーボードがアウトロを奏で始め、ドラムのキエフがテンポを落として「タメ」を作った。俺とファンディは互いのネックを空中でクロスさせ、キエフがスティックを高く上げた。最後の音を全員で合わせる直前、ファンディが俺に何かを囁いた。


「ゾンディー、イカしてるぜ」

 俺はウィンクすると、即座に言葉を返した。

「君に生かされてるのさ」


 俺たちはまるで一つの生き物のように呼吸を合わせると、最後の一音を響かせた。


                〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生きぞこない☠ゾンディー2 心臓いっぱいの愛を 五速 梁 @run_doc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ