第42話 第三話「イッツ・ノット・トゥー・レイト」⒂


 ライブハウス「グレイトフル・サッド」への徒歩十分強の道を、俺は疾走した。

 建物に続く路地が見えた、その時だった。


 ふいに俺の行く手を、黒塗りの大型車が遮った。


「なんだっ?」


 俺は思わず声を上げた。と、同時に車のドアが開き、見覚えのある人物が姿を現した。


「ご機嫌はいかがかな、ゾンビ殿」


 降りてきた人物――道化師はどこか苛立ちをにじませた口調で言った。


「またあんたか。……悪いが急いでるんだ。遊びの相手なら他を当たってくれ」


「泉下さん、あなたのおかげで我が「新覇種創造プロジェクト」は解散の危機に陥っているのですよ。ここは大いに責任を感ずるべきところではありませんか」


 道化師はマスクの上からでもはっきりとわかる憎悪を放っていた。初めて会った時に感じた余裕はもはやみじんも感じられなかった。


「そりゃあ、悪かったな。だが、そもそも「死者の国」のメンバーだったあんたとあんたの姉さんが、組織を分裂させたんだろう?」


 俺は植草咲夜の顔を思い出しながら言った。この男はおそらく、彼女の双子の弟だ。


「分裂じゃない。あいつは我々の理想に共鳴できなくて逃げたんだ」


 道化師は顔面をマスクごとゆがめると、吐き出した。


「新しい人類がどうのこうのって奴だろう?そうやって作りだした化け物を、結局は悪ガキどもと結託した姉貴に取られちまったんだよな」


「そうとも。お前が病院で失敗さえしなければ、我々が「プラント」の所有者だった」


 俺の挑発に対し、道化師は面白いくらいに感情をあらわにした。


「……で?どうするね、弟君。姉弟でケチなプライド争いを続けたところで、得る物は何もないと思うがね」


「新しい「覇種」を作るさ。……「お前」の身体を元にな。そして私は「生者」と「死者」の両方の世界で覇者となるのだ」


「あいにくとお断りだね。見逃してやるからとっとと消えな。……ついでに最初にあんたから受けた失礼な依頼のことも忘れてやるよ、シスコンピエロ君」


「そういう態度を取って許されると思っているのか、生きぞこない。……よし、もう一度地獄を見せてやれ、マー


 道化師が呼びかけると、大型車から黒い影がぬっと姿を見せた。普通の人間より頭二つ分、巨大なそのシルエットには、いやな記憶と共に見覚えがあった。


「……ふん、一度、生ごみにしてやった野郎か。懲りねえな」


 マーと呼ばれた男は、相変わらずぺたりと張り付いた前髪に、細い目をしていた。


「馬鹿野郎、こっちは急いでるんだ。お前なんかと遊んでいる暇はない」


「……なに、すぐ終わるさ」


 馬は肩の幅に脚を開くと、上体を沈み込ませた。俺は前回の一戦を反芻した。


 奴にはおよそ隙という物がない。どの角度からでもこちらの動きに合わせて最初の一撃を繰りだせるだろう。ならば、最初から一撃食らう覚悟で相打ちを狙うしかない。


「行くぜ、生ごみ」


 奴の身体が軸足を中心に動いた。俺は蹴りのもたらす風圧の中に、迷わす突進した。


「なんだっ?」


 ぎりぎりのところで蹴りを交わした俺は、そのまま体を縮めて奴の股座へと飛び込んだ。


「どこだっ」


 俺は素早く身体の向きを変えると、奴の背中をネズミのようによじ登った。そしてこちらを振り向く隙を与えず、両肩をつかむと奴の身体の真上に倒立した。


「なっ……なんだあ?」


 下から声が聞こえ、奴の呆然とした顔が俺の方を向いた。今だ。


 俺は自分の頭部を石化すると、上を向いている奴の顔面めがけて打ち下ろした。


「ぎゃあああっ」


 俺は身体を丸めながら、地面へと着地した。見ると奴が顔面を抑えてのたうち回っていた。俺は「石頭」がうまくいったことに安堵した。


「あれからあんたの「死角」を色々と探したんだが、どうにも思いつかなくてね。最後に残ったのが「頭の上」だったんだ。悪く思わないでくれよ」


「畜生……ぶっ殺してやる」


「馬は自分の顔面を抑えながら、怒りの咆哮を上げた。俺は次の攻撃に備え、身構えた。


「うおっ」


 馬が獣じみた雄たけびを上げ、真正面から突っ込んできた。よし、チャンスだ。


 俺は再び体を丸めると、再度、奴の股座に突進した。目を抑えている奴の下半身は、隙だらけだった。俺は奴の両脚の間に到達すると、額の骨を隆起させ、さらに石化させた。


「ぬ、また消えやがった」


 上から響いてきた声を合図に、俺は飛びだした金槌状の額を勢いよく奴の股間に叩き込んだ。「ハンマー・ヘッド」だ。


「○×▽◇#☠☠!!」


 奴は悶絶し、胎児のように体を丸めてその場にうずくまった。


 俺は奴の苦しみがひと段落付くのを待って、つかつかと正面から歩み寄った。


「さて、あんたにはいろいろとレクチャーしてもらったんだ。実習の成果を先生に報告しないとな」


 俺は拳を固めると、奴の胸ぐらを掴んだ。せっかくの「芸術品」をこんな野蛮なことに使うのは忍びないが、なに、ぼちぼち喧嘩を覚えさせてもいい頃合いだろう。


「そらよっ」


 俺は思いきり反動を付けると、全身の勢いを込めたアッパー・カットをくらわした。


 大柄な影が反対側のブロック塀に轟音とともに激突し、ブロックが放射状にひび割れた。


俺は奴の身体をブロック塀から引き剥がすと、そのまま近くのごみ収集所に引きずっていった。


「先生にはもう一つ、大事なことを教わったな。……確か「ごみはごみ箱へ」だったかな?」


 俺は奴のネクタイをつかむと手前に引き、血塗れの顔面に息を吹きかけた。


「あんな小物の下で働いてるから、雑な仕事になっちまうんだぜ」


 俺はためらうことなく、右ストレートを奴の顔面に叩き込んだ。鼻の軟骨が潰れる感触が、義手の上からでもわかった。奴の身体は金網を突き破り、そのままゴミの山に沈んだ。


 「あばよ、仔馬ちゃん」


 俺はばかでかい靴の先だけを見せて失神している奴に向かって別れを告げた。

と、背後でドアの閉まる音がした。振り返ると、道化師が必死でアクセルを踏み込もうとしている姿が目に飛び込んできた。


 ――そうだ、ライブハウスだ。涼歌は無事なのか?


 ふと我に返った俺は、ライブハウスへと続く路地を再び全速力で走りだした。


             〈第十六回に続く〉




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