第6話 第一話「長く呪われた夜」(5)
「お宝、高く買います」
髪の毛を逆立て、ギターを肩から下げて陽気に語りかけているのは、青い顔から眼球をはみ出させた死人だった。
陽気なゾンビ氏は、彼が描かれているシャッターごと雨ざらしになっていた。彼にはもうひと月もの間、休みがない。
――今日も、無駄足だった。
シャッターが下ろされたままの店先で、わたしは膨らみかけた期待が一瞬にしてしぼむのを感じた。
主のいない「トゥームス」は、ほんの少しの間に風化し、化石になりつつあった。
照明の灯らない外看板は色がくすんで見え、もう何年も営業していないしもた屋のようだった。
――あんなに賑やかで、キラキラしていたのに。
わたしはこみ上げる想いを、ぐっと呑み下した。
泣いてはいけない。泣いたりしたらきっと、何かをあきらめてしまう。
わたしはそう自分に言い聞かせた。ほんの一月前まで、このガラス窓の向こうにはたくさんの人の笑い声と、あふれんばかりの不思議な宝物がひしめいていた。
外からでも感じられるほどの、生き生きとしたエネルギーはすっかり消えてしまった。
――あんなにみんなから愛されていたのに。……ひどいよ。
わたしは拳を握りしめた。この一か月、わたしは彼を探し続けた。
――ずいぶん遠くへも行った。何の手がかりもないまま、夜の街だって、怖いお店だって一人で行った。わたしがどれだけ必死で探し回ったか、知ってる?
シャッターのゾンビ氏は何も答えず、ただ、折れ曲がった首で笑っているだけだった。
ゾンビ氏の抱えているギターのボディに、張り紙があった。
「しばらく休業します 店主」
――こんなメッセージだけで、みんなを待たせておく気?とんでもなく不人情な死人だわ。
わたしは俯いた。これ以上、ここにいたら怒りでおかしくなってしまいそうだった。
「……まだ、休んでやがるのか。怠慢な主だな」
野太い声が、頭上から降ってきた。振り向くと、大男が傘を手に立っていた。
「柳原さん?」
いつの間に現れたのか、わたしの背後には柳原さんがいた。
「毎日来てるのか。ほどほどにしとかないと、弱っちまうぞ」
レザージャケットにジーンズ姿の柳原さんは少し髪が伸び、学生のような雰囲気だった。
「戻ってくると思います?あの人」
わたしは弱気な問いを口にした。情けなく声が震えるのが自分でもわかった。
「来るさ」
柳原さんは当然だという口調で言った。わたしははっとした。仕事中には見せないような優しい目を、柳原さんはしていた。
「あの馬鹿が、あんたを残していなくなるわけがねえ。これだけ長く留守にするってことは、よっぽどの事情があるんだろうよ」
「それは、事件に巻き込まれたということでしょうか」
わたしは密かに恐れていたことを口にした。
「だとしたら、カタがつくまでは戻って来ねえかもしれないな。なにせ」
そこで柳原さんは言葉を切った。表情がわずかに険しくなった気がした。
「何も言わずに消えるくらいだ。たぶん俺たちを巻き込みたくない一心だったんだろうよ」
「そんなのって、ないよ。わたしならどんな危ない目に遭っても平気なのに」
思わず鬱憤をぶちまけると、柳原は困り顔を作って肩をすくめた。
「だから黙って消えたのさ。お前さんなら、きっとそう言うだろうと思ってな」
「そうだとしても、許せない。だって、危ない目に遭ってるのに、ただ待ってるなんてできないよ」
「そうだな。正直、俺も同じ気持ちだ。……だが、奴の気持ちもわからないではない。男ってのは、いくつになっても……いや、死んでも治らないくらい、馬鹿なんだ」
「本当に……本物の馬鹿だわ」
「まあ、そのうち思い出したように連絡が来るさ。俺の店は大丈夫か?……ってな」
柳原は外看板に積もった埃を掌で拭うと、白い歯を見せた。
「だといいけど。……これ以上、戻るのが遅くなったら、本気で探す旅に出ちゃうかも」
「あいつがこの店を手放すわけはないさ。……さあ、今日はこのくらいにしておきな」
柳原はわたしの肩をぽんと叩くと、くるりと背を向けた。
わたしはシャッターに描かれたゾンビ氏に向かって、言葉を投げかけた。
――いいかげんで、思い出しなさい。ファンディーとゾンディーは、一心同体の名コンビなんだってことをね。
〈第七話に続く〉
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