第5話 第一話「長く呪われた夜」(4)
「一言で言うと、我々が追っていたのは人間ではないのです」
「どういうことだ」
「我々が血眼で追っていたのは、ある生物なのです。その生物は人間の心臓に寄生する生物で、研究所から逃亡したのは寄生された宿主なのです」
「心臓に寄生する?あのトラックの中の人物が、宿主だというのか」
「そうです。……いえ、でしたというべきでしょうね。回収された宿主の心臓からは、抜け殻のような痕跡しか見つからなかったのです。つまり、寄生生物が逃亡中に宿主を変えたということです」
「それが、あの若者たちの中にいるというんだな」
「我々はそう踏んでいます。そして、大体の目星もついています」
道化師は一切、感情を交えることなく説明を続けた。目星がついているのなら、何もガラクタを売ってしのいでいる野良犬みたいなゾンビに頼むことはない。何を考えているのだろう。
「なぜ、若者を追うのが自分なのか、疑問に感じてらっしゃるでしょう。その理由を、これから説明します。……まずはこの映像をご覧ください」
道化師はそう前置くと、再びタブレットをタップした。画面上に現れたのは、心臓の映像だった。が、解剖図などで見慣れた絵とは、様子が異なっていた。緑色をした植物を思わせる物体が、枝を伸ばすように心臓全体を覆っていたのだ。
「これが我々の培養した寄生生命体FZ―01、通称「プラント」です」
「こいつが人から人へ渡り歩いてるってのか」
「そうです。これに寄生されると自分でも気づかぬうちに思考を支配されます。寄生されてから一月後には、完全に身体の支配権を奪われ、メタモルフォーゼが始まると言われています」
「メタモルフォーゼとは?」
「宿主と寄生体が完全に融合し、別の新たな生命へと進化するということです」
「どんな姿になるんだい」
「わかりません。まだそこまで実験が進んでいない状態で、宿主が脱走してしまったのです。したがって完全体がどのような能力を有しているかも、未確認です」
「放っとくわけにはいかないのか?」
俺の素朴な問いに対し、道化師が初めて重々しく頭を振った。
「完全体になったプラントは、ある特殊な性質を持っています。それは、無機物との一体化……金属やプラスチック、土などといった物とひとつになれるのです」
「それのどこが大変なんだ」
「考えてみてください。あなたの周りの自動車やコンピューターが、意思を持った生命に乗っ取られたら、どうやって身を守ります?有効な抑止力がないまま暴走されたら、人類はどうすることもできません。新しい神の前になす術もなく敗北するしかないのです」
俺は思わずうなった。眉に唾をつけたくなるような突拍子もない話だが、だからといってでたらめと断ずるだけの材料もなかった。
「実験に使用したプラントは五体、完全体にならぬよう寿命を一週間ほどに調整していました。しかし01と呼ばれる個体のみ、特別に一か月の寿命が与えられていたのです」
「そいつが逃げだしたんだな。殺されないために」
「そうです。宿主の脳を操って逃亡を企てたのです。脱出に成功した後、宿主の不良仲間を頼って場末のゲームセンターに身を隠していたのですが、ライバルグループが何らかのルートで「宿主」の価値を知り、身柄を奪いに現れたのです。我々はすぐさま追っ手を差し向け、「宿主」の身柄を奪還することに成功しました」
「それなのに、中身は「空っぽ」だったというわけか。ご苦労なこった」
俺の皮肉にも、道化師は無反応だった。終わったことは仕方ないと割り切っているのだろう。
「我々がなぜ、あなたに新たな宿主の追跡を依頼するかというと、プラントに寄生される可能性の低い、ただ一人の人物だからです」
「ほお、それは一体、どういうことかな」
「プラントが寄生できるのは「動いている心臓」なのです。あなたは心臓の動きを止めたまま活動できる特殊な人間だ。違いますか?」
俺は頷いた。隠したところで意味がない。俺の身体は粒子が支配していて、心臓が止まっていても仮の血液がちゃんと胎内をめぐってくれるのだ。
「宿主を捕らえる際、油断して敵に主導権を奪われたとします。最悪、捕獲に成功しても寄生されてしまっては意味がないのです。これを見てください」
道化師はテーブルの上に、一本のボールペンを転がした。
「一見、ただのボールペンに見えますが、これは注射器です。中には特殊な薬液が入っていて、宿主に注入するとプラントが仮死状態になります。あなたはこれを使って逃亡中の宿主を捕獲するのです」
俺は歯ぎしりした。善良なゾンビに殺し屋まがいの事をさせるとは、ひでえ組織だ。
「宿主の青年は現在、ある総合病院に入院しています。実は先週、その病院で一人の入院患者が死亡しました。患者は我々が送りこんだエージェントでした。捕獲に失敗し、命を落としたと思われます」
道化師がわずかに天井を仰いだ。相次ぐ失態にうんざりしているのかもしれない。
「このような失敗をせぬよう、宿主と相対する際は十分に警戒してください。活性化の時期が近づくと、宿主は目が緑色に光ることがあるそうです。サインを見逃さないようにしてください」
やれやれ、俺に潜入捜査をしろというのか。警察官時代でさえ、そんなドラマみたいなことはやったためしが無い。
「それで、その病院とやらにどうやって潜り込めばいい?仮病でも使うかい」
「宿主が入院しているのは外科病棟です。したがって、怪我をするのが最も無難な方法だと思われます。どういう風に受傷するかはご自分で考えてください。ビルから飛び降りるなり、列車に飛び込むなり、方法は自由です」
「無事に捕獲できたら、あんたたちに引き渡すことになるのか」
「ええ。連絡をいただければ、すぐ病院へ回収部隊を差し向けます。ご心配なく」
「依頼を終えたら、商店街の人たちは危険から解放されるんだろうな」
「もちろんです。それに関しましては、我々を信用していただくしかない。どのみちこうして私と会った時点で、すでに任務は動き出しているのです。店を出たら、すみやかに行動を開始してください。以上です」
道化師は慇懃に言うと、席を立った。皮肉の一つでも言ってやりたかったが、どうせ仮面の裏まで届くわけはない。ゾンビマスクの内側で、俺は溜息をついた。
〈第六回に続く〉
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