第4話 第一話「長く呪われた夜」(3)
DVDの送り主が指定した店は、場末の歓楽街にあった。
「夢恋横丁」というさびれた小路に古い雑居ビルがあり、待ち合わせ場所はその地下らしかった。わずかな照明の下、狭い階段を降りてゆくと突然、重厚な造りの扉が行く手を塞いだ。扉には指示にあった店名「バー・アンノウン」の文字があり、その下に「当店を利用されるお客様へ」とあった。
「当店は仮面を着用して入店するシステムになっております。仮面をお持ちでないお客様は、入ってすぐのショーケースからレンタル用の仮面をお選びください」
俺は「マジかよ」とつぶやいてドアを押し開けた。プロジェクトさん、こういうことは事前に言ってくれなくちゃ困るじゃないか。
店内に足を踏み入れると、注意書きにあった通りショーケースがあった。俺は並べられたマスクの中から、一つを選んで手に取った。ゴム製のそれは、ゾンビと思われる男がちぎれた手首を咥えているという物だった。俺は笑いをかみ殺した。本物のゾンビがいわゆるオフィシャルのゾンビに扮するというわけか。
マスクを頭から被りカウンターに近づくと、黒い服に身を包んだ人物が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませ。おひとりですか」
低い声が慇懃に言った。店員と思しき男性の頭部は、カラスだった。
「待ち合わせだ。蘇生学園の植草という人物が、席を予約しているはずだ」
「かしこまりました。少々、お待ちください」
カラス男がカウンターの奥に姿を消すと、俺はこっそり鏡で自分の顔をあらためた。普段の俺より百倍は「本物のイメージ」に近い顔だ。
「お待たせしました、こちらへどうぞ」
カラス男は俺を、奥まった一角へと案内した。薄暗いボックス席は密談にふさわしい雰囲気だった。俺は目印となるDVDをテーブルに置くと、「植草」の到着を待った。
暗い店内に目が慣れてきたころ、一人の人物が俺の前に姿を現した。
「泉下さんですね。お待たせして申し訳ない」
丁寧な物腰とともに、道化師の仮面をつけた男性がテーブルに近づいてきた。俺は会釈し「植草さんですか」と聞いた。男性は「ええ」と落ち着いた声で返した。
「このたびは結構な贈り物をありがとう」
俺は人差し指でDVDのケースを叩きながら言った。道化師は「恐縮です」と落ち着いた声で応じた。食えない相手であることは、如才ない態度からも容易に察せられた。
「さっそく、本題に入りましょう。まずはこちらの映像をご覧ください」
そう前置くと、道化師は鞄からタブレットを取りだした。
「これは先月、とある幹線道路の近くで繰り広げられたいざこざです。画面上に映る男たちの顔を、できる限りよく覚えてください」
道化師が画面をタップすると、動画の再生が始まった。暗い画面の隅で、デジタル数字が動いていた。防犯カメラの映像かもしれない。
映像は駐車場と思われる広場で、十名前後の若い男たちが睨みあっているという場面から始まっていた。背後をひっきりなしに車両が行き交っているところを見ると、本当に道路のすぐ近くなのだろう。
状況はどうやら、停車しているピックアップトラックに乗っている人物をめぐっての諍いらしい。トラックを囲むように取り巻いているレザージャケットの若者たちを、さらに外側からツナギ姿の若者たちが包囲していた。ツナギの男たちは手に棒などの武器を携え、包囲の輪をじわじわと狭めているようだった。
一触即発の睨み合いがしばし続いた後、突如、けたたましいクラクションとともに一台のワンボックスカーが人の輪に割り込むように突っ込んできた。
虚をつかれ、その場に棒立ちになった若者たちを牽制するかのように、続いてワンボックスカーからフルフェイスのヘルメットを被った人影が数名、飛び出した。
人影は少人数だったが、その行動は驚くべきものだった。全員がショットガンのような物を構え、二つのグループの両方に銃口を向けたのだ。その洗練された挙動は若者たちを委縮させるのに十分な迫力を有していた。
やがて、フルフェイスのうちの二名がピックアップトラックに乗り込み、中の人物を乗せたまま、発進させた。残った数名が若者たちを足止めし、トラックが無事に走り去ると、再びワンボックスカーに乗り込んだ。やがて、呆然とする二つのグループを尻目にワンボーックスカーは悠々と現場から走り去っていった。
車とキーマンらしい人物を奪われた若者たちは、戦意を喪失したようにその場に立ち尽くし、襲撃したツナギ姿の男たちも、毒気を抜かれたようにバイクにまたがり始めた。
――これは一体なんだ?何を撮影した映像なんだ?
取り残された若者たち同様、俺もまた、あっけにとられたまま固まっていた。
はっきりしているのは、トラックと人物を奪った連中が、若者たちとは明らかに異なる、まともじゃない世界の奴等らしいということだった。
「いかがです?泉下さんなら、この映像からどのようなドラマを読み取ります?」
道化師が落ち着きはらった口調で問いを投げかけてきた。俺は「お手上げだね。ちんぷんかんぷんだ」と肩をすくめた。
「では、ご説明しましょう。これからあなたに依頼するミッションは、あの若者の中の一人と接触し、身体の自由を奪った上で、我々に引き渡すという物なのです」
「あの中の?連れ去られた人物じゃなくて?」
「そうです。本来ならトラックで連れ去られた人物を拘束することで事態は収束するはずでした。しかし後日、さらなるミッションの必要性が判明したのです」
「……というと?」
「それをこれからご説明いたします。若者たちの顔を覚えておくよう言いましたよね?」
「確かに聞いた気がするが、それが何か?」
あえて気乗りしない体を装う俺に、道化師はすべて織り込み済みというように頷いた。
〈第四話に続く〉
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