第36話 第三話「イッツ・ノット・トゥー・レイト」(9)


「武器をつけて欲しい?これはまた、意外な注文だ」


「仕立て屋」は現れた俺を見るなり、小馬鹿にしたような笑みを作った。


「君には元々、持っていた素敵な力がたくさんあるじゃないか。我々の芸術品を野暮な武具で見苦しくする必要があるのかな」


「俺もできれば、武器などない方がいい。だが、やむなく右手一本で戦わざるを得ないときなどは、やはり武器があった方が心強い」


「それは、生身の腕でも同じではないのかね。義手だろうが何だろうが、何かを習得するのに必要な努力に差などない。逆に言えば、義手であっても習得できればどんな武器でも易々と使いこなせるはずだ。人工か天然かは関係ない。違うかね?」


 俺は自分の新しい「手」を見つめた。言われてみればその通りだ。この「手」になってから新しい道具の練習など何一つしていない。


「君の言いたいことはわかる。力を込めると毒針か何かがしゅっと出てくるような、便利な奴を期待しているのあろう。いわゆる「飛び道具」という奴をね」


 「仕立て屋」は、俺の内心を見透かすかのような意地の悪い笑みを浮かべた。


「まあ、簡単に言えばそうだ。なにか付けてもらえないかな」


 隠しても仕方ない。俺はざっくばらんに言った。


「お断りだね」


「何だって?」


「……ただし、相方の方はわからない。気が向いたら、何かつけてくれるかもしれんな」


 「仕立て屋」はそう言うと、奥のドアに目をやった。俺は「ありがとう」と一言礼を述べ、ドアの方へ向かった。俺が取っ手に手をかけようとしたその時、突然、向こう側から勢いよくドアが開け放たれた。


 一瞬、部屋の奥に「傀儡子」らしき人影を捉えたものの、ドアが開いた直後から、俺の身体は別の用件でフル回転していた。


 部屋の内部から、蜂のように黒く小さな物体が何十、いや何百と俺めがけて飛来してきたのだ。そいつらを俺は右手で片っ端から叩き落としていた。ほぼ反射神経のみの挙動だった。


 攻撃は二十秒ほども続いたろうか。ふいに目の前から、黒い影が消え失せた。足元を見ると、小さな人形に羽が生えたような物体が玉砂利のように俺の周囲を埋め尽くしていた。


「一体、なんだこれは」


「義手の反応速度を見るための玩具だよ。フェアリー・ホーネットと言ってね、一匹でも顔面に到達すれば失神間違いなしの代物さ。今回は二十秒で千体ほど投入してみた。……まあ、そこそこの成績だな」


 俺は自分の「右手」を見つめた。こいつで千体をすべて叩き落したのか。


 「「手」のメンテナンスに来たのだろう?いい心がけだ」


 「傀儡子」は電動車椅子の上で、くっくっと含み笑いをした。


「天然の「手」に勝る武器があったら付けてやっても良いがね、寡聞にしてそういう物はとんと知らないのだ」


                  ※


 二人と別れた俺は、研究室の天井のマンホールを開け、拘置所の地下駐車場に出た。


「さて、帰ったら鞭の練習でもするか」


 俺は右手を開いたり握ったりしながら、地上に続く前方のスロープを目指した 歩を進めてゆくと、スロープの奥から微かに漏れてくる光を背に、一つの人影が見えた。


――誰だ?


「久しぶりだな、青山」


 声を聞いた瞬間、俺ははっとした。藤堂さんか?


「どうしてここへ?藤堂とうどうさん」


「なに、「仕立て屋」が久々にいい仕事をしたと聞いたのでね。張っていたのさ」


 藤堂は「狩人」になっても相変わらず仕事熱心なようだった。俺は暗い気持ちになった。


「ブラックゾンビとのいざこざじゃあ、随分と派手な立ち回りを演じたそうじゃないか」


「俺を「狩る」んですか」


「まあ、そういうことだ」


「なぜです!俺の首になんかこだわっても意味はないでしょう」


「そうかもな。……あるいはお前でなければならない理由があるのかもしれない」


「理由?」


「俺は現役時代、いやと言うほど世の中の理不尽さを見てきた。利にさとい奴、悪人ばかりがうまく立ち回る様をな。……中には同業連中もいた。しかしそんなことはどうということのない現実だった。ひとたび目をつぶってしまえば、やり過ごせなくはない類の「ありふれた」出来事だった」


 俺は息を詰め、目の前の男の挙動に神経を集中した。いったい、藤堂は何を言おうとしているのだろう。


「……俺が本当の意味で「絶望」という物を知ったのは、もっと違う出来事でだった」


「娘さんのことですか」


 俺は思い切って訊ねた。藤堂は頷いた。


「娘はな、うまくいけばアメリカで心臓の手術を受けられるはずだった。そのための数万ドルと言う費用も、警察から「転職」することでどうにか工面した」


 藤堂の唇が皮肉に捻じ曲げられた。俺は黙っていた。「狩人」は一つの生き方だ。俺にどうこう言う権利はない。


「だが、娘と妻を乗せて先にフライトした便が、事もあろうに墜落したのだ」


 びいん、と糸鋸がしなる音が聞こえた。藤堂が手にしているはずなのに、どこから聞こえてくるのかわからない、そんな音だった。


「その時、俺にはちょっと急ぎで片付けなければならない仕事があり、同じ便には乗れなかったのだ。つまり、家族と最後の時を共にするという願いすらかなわなかったわけだ」


「たしかに、その状況なら俺でも絶望します。……でもどうして俺なんです。俺が飛行機を落としたわけじゃありません」


 俺が抗弁すると藤堂はくっと小さく含み笑いを見せた。


「そうだな、その通りだ。あえて言うなら「宿命」だろうな。俺が家族と同じ便に搭乗するはずだった日、「狩人」の協会から指示が入ったのだ。「泉下巡を狩れ」とね。


 俺はお前を「狩る」べく、お前の店に向かった。その途中、俺は背の高い男に道を聞かれたのだ。その男は、俺に近づくなり、薬品のような物を顔に噴霧してきた。気が付くと俺は数キロ離れた山中にいた。結果的にミッションは失敗となり、俺は任務から外されたのだ」


「その、背の高い男性とは……」


「お前の親父だよ、青山。……いや、泉下巡君」


              〈第十話に続く〉

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