第35話 第三話「イッツ・ノット・トゥー・レイト」(8)


「許せない……」


「…………」


「こんなに長い間、みんなを待たせて……許せないよ」


 食い縛った歯が小さな口から覗き、潤んだ両目は俺を睨み付けていた。


 俺はどう言葉を発していいかわからなかった。小さな体からぶつけてくるエネルギーは、どんな言い訳をも吹き飛ばしてしまうと思ったからだ。


「……すまない」


 やっとの思いで俺は、それだけを口にした。すると耐えかねたように人影――涼歌が俺の胸に飛び込んできた。


「……ソロ活動なんて、絶対に許さないからね」


 俺の胸に顔を押し付けたまま、いつしか涼歌はしゃくりあげていた。


「……良かった」


 押し殺したような涙声が、俺の胸を刺した。


「生きてて……本当に良かった」


「当たり前だ、俺は……」


「死人だからって言うんでしょ?そう簡単には死なないって」


「…………」


「だったら、せめて姿だけでも見える場所にいて。私たちの知らない場所で勝手に死なないで」


「――そうだな、そうするよ」


 俺は小さな子供をあやすように、涼歌の頭を軽く叩いた。


「……もう、みんなを待たせたりしないよね?お店も、バンドも元に戻るんだよね?」


「それは……」


 俺は言葉を切った。俺には言わねばならないことがあった。


「無理かもしれない」


「……えっ?」


「これを見るんだ、ファンディ」


 俺は涼歌の目の前に、義手を掲げて見せた。涼歌は一時、目を瞠った。が、すぐに険しい表情になった。


「それが何なの?」


「俺としたことがしくじっちまってね。大事なものを失くしちまった。もうベースも弾けないかもしれない」


「だから?そんなの、やってみないとわからなじゃない」


「そうじゃなくて俺はもう、以前の俺じゃないんだ。死人でその上、片手が作り物のお荷物なんだ」


 トン、と涼歌が俺の身体を突き飛ばした。見ると俯いたまま、涼歌は全身を震わせていた。俺はやり切れない気持ちになった。こんなふがいない、敗北ばかり重ねているような男が、皆を待たせ続けていたのだ。


「どうして……」


 涼歌は拳を強く握りしめ、顔を上げた。目尻に涙がたまっていた。


「どうして「俺の右手になってくれ」って、言えないの!」


 血を吐くような叫びが、俺の胸を貫いた。


「ファンディ……」


「ゾンディファンディは、一心同体のコンビでしょ?右手が駄目なら、右手になる。脚が駄目なら、脚になる!勝手にコンビを解消しようったって、そうはいかないから!」


「……だが、それじゃお前さんの毎日が犠牲になっちまう。学校だってあるのに……」


「それが何よ。そんな苦労、なんでもないよ。楽器だって、きっとまた弾けるようになる。どんなきつい練習だって、毎日一緒にするよ!」


 涼歌が再び俺にしがみついてきた。俺は抵抗しなかった。


「逃げようったって……もう、逃げられないんだからね」


                 ※


「ほらよ。「スぺースX・敵は未来人?」のソノシートだ。……ついでに「獣人軍団ガオス・やつらの遠吠え」も付けてやるよ」


「おっ、太っ腹だな。こいつはガオス役者がバックコーラスをやってるやつじゃないか。確か一か月くらいしか流れなかったんだよな」


「ちゃんと俺の言う通りに嫁さんの元に戻ったからな。まあ、一種のご祝儀だ」


「ありがたく受け取っとくよ。……お前のたとえは良くわからないけどな」


「まあ、そんなわけで今後もごひいきに頼みますってとこだ」


「なあ、ちょっと聞きたいんだが」


「何だ?地底超人ゼロのソフビ人形なら、お前があちこちほっつき歩いてる間に売れちまったぜ」


「そうじゃない、俺は警察官時代、防犯課……今で言う生活安全課にいたんだが、当時の俺について知ってるやつはいないだろうか?」


「何を今さら。ゾンビとしてのあんたなら、一番古くから知っているのは平坂先生かおやっさんだ。それ以前のことが知りたきゃ、自分の脳みそにでも聞くんだな」


「俺の親父についてはどうだ?」


「さあ……警察のそこそこ偉い人だったってことぐらいしか、知らないな」


「やはりそうか……いや、ありがとう。おかしなことを聞いてすまなかった」


 俺は美倉に礼をを述べると、土産の入った袋を手に「海坊主」を辞去した。


 やはり「ゾンビ課」については自分で調べるしかなさそうだった。聞くとすれば、隼人か?それとも親父か?彼らが仮に何かを知っていたとしても、容易に聞き出せるとは思えなかった。


 だが、と俺は思った。


 俺が六道智之を撃ち殺した背景には、ゾンビ課とのつながりが必ずある。その証拠に工場で会った奴はこう言っていた。「君はそもそも「こちら側」の人間なのだ」と。


 あの言葉の真の意味だけは、何としても突き止めなければならない。


                ※


「なんだ、これは?」


「トゥームス」のドアを開けた俺は、予想外の光景に言葉を失った。


 狭いフロア内では、大音声で「セプテンバー」が流れていた。


 商品ケースにはさまれた細長い空間をステージに見立てて踊っているのは、何と柳原と昇太だった。


 極端に身長が違うにも関わらず、二人はフリンジのついた白いパンタロンに丸いサングラスとファッションを合わせていた。そしてもっとも異様だったのは、二人が髪形をアフロで統一していたことだった。


「おい、お前たち、人の店で勝手に……」


 俺が苦言を呈そうとすると、柳原がそれを制するかのように「いらっしゃい、開店セールへようこそ」と陽気に言い放った。


「いったい誰なんだ、こんな趣味の悪いイベントを思いついたのは」


 俺はあえて厳しい表情を作った。どこからか聞こえるぽこぽこという音を頼りに視線を動かすと、踊っている二人の間から、ボンゴを叩いている少女の姿が見えた。


「……おい、店を譲ったつもりはないぞ」


「え、何?飛び入りで踊りたいの?」


 涼歌は俺の剣幕を完全に無視していった。俺は溜息をついた。まいった、降参だ。


 俺はガラスケースからタンバリンとマラカスを取りだすと、若干メンバーの数が不足しているジャクソン・ファイヴの間に立った。


「……さあ、主役が戻ってきたよっ。レッツ、パーティー!」


 涼歌の掛け声に合わせ、柳原と昇太がジョン・トラボルタでおなじみのポーズを決めた。 


              〈第九回に続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る