第81話 最終話「心臓いっぱいの愛を」(37)


「ハイ、めぐちゃん。お店の方はどうかしら」


 俺がピックアップのコイルを巻いていると、ミカが入り口から姿を現した。

 俺は視線を低くした。ミカの足元には、小さな人影がたたずんでいた。


「隼人……」


「大きくなったでしょ。……なんてね。今朝、預かってから八時間しか経ってないのに、そんなことないか」


 いや、と俺は内心で首を振った。今朝、ミカたちの元へ連れて行った時よりも、確実に大きくなっている。


 この一週間で、隼人の身体は、二回り以上も大きくなった。現実的には零歳児のはずだが、見た目は一、二歳くらいになっている。

 つまり実際の子供の数十倍の速さで成長していることになる。


「隼人君、ごあいさつ」ミカが隼人を促した。いくら何でも言葉はまだ無理だろう。


「こんにちは、オヤジ」


「は?」


「びっくりしたでしょ。なぜかこれだけ覚えちゃったのよ。……でもさ、いつ里親が見つかるかわからないのに「パパ」はまずいでしょ。「オヤジ」なら、どこにでもいるオヤジの一人って意味だし、めぐちゃんにぴったりだと思って」


 ミカは悪びれることなくしれっと言ってのけた。


 隼人の身柄は里親が見つかるまでの間、夜間は「トゥームス」の二階で俺と過ごし、昼間は仕事に出る前のエリカたちが預かる。という形に落ち着いていた。


「しかし昼間はオカマ、夜はゾンビと過ごして、この子の情操教育は大丈夫なのかな」


「むしろいいんじゃない?きっと偏見のない、心の広い子に育つわよ。何を見ても驚かないような……ね」


「まあ、オオカミに育てられた人間がいたくらいだから、オカマとゾンビに育てられる子がいても、いいか」


「……でね、めぐちゃん。今日はもう一人、話をしたいっていう人を連れてきたの。……さ、入って」


 ミカに促されておずおずと中に入ってきたのは真純だった。


「お久しぶりです、泉下さん」


「あ、これはどうも。「世界樹事件」以来ですね」


 俺が言うと真純は「ええ」と頷いた。


「実は、泉下さんにお伝えしたいことがあって……新世界通信社ビルを乗っ取った「プラント」が、元は誰であったかを泉下さんにお教えした方がいいと思って」


「どういうことです?」


「あの「プラント」は……実は六道智之がメタモルフォーゼしたものだったんです」


「えっ」


「十年前、あなたに撃たれた六道は「死者の国」による「再生の義」という葬儀形式で、形ばかりの埋葬がなされました。

 しかし「死者の国」では六道兄妹がゾンビ体質だということはすでに周知の事実でした。そして数日後、予想通り六道兄妹は蘇りました」


「まさか……二人とも?」


「ええ。……ですが、蘇り方が不安定で、いわゆる「復活の失敗」例となってしまったのです。そこで「死者の国」では、以前から復活に失敗したゾンビを提供するよう頼まれていた「鬼志神博士」という人物の研究室に二人の身柄を提供したのです」


「鬼志神博士に……」


「そこで六道は「プラント」となり、たぐいまれな生命力を見せたため、食料にされることなく十年間、生き永らえたのです。その後は……泉下さんもご存じのとおりです」


「不良連中に奪われ、病院でメタモルフォーゼし、最後は大樹に寄生した……わけだな」


 俺は絶句した。なんていうことだ。俺が戦ってきた「プラント」が六道であり、あの新世紀通信社ビルそのものが、六道だったのだ。


「泉下さんは十年前、六道を撃ったことを心苦しく思っているかもしれません。……しかし、最後に六道の命を絶ったのは、私なのです」


「えっ、どういうことです?」


「新世界通信社ビルの中で泉下さんが大樹さんの「ウブタマ」を発見した時、私と会長の所へ連絡をくださいましたよね?」


「あ……ああ、はい」


「あの時、会長に代わって脳から出ている管を切断したのは、私なのです。だから、六道の二度目の「生」を破壊したのは私ということになります」


「そうだったんですか……じゃあ、紫蘭は、紫蘭はどうなったんです?彼女もやはりゾンビになりそこなって「プラント」にさせられたんですか」


「ええ。……紫蘭さんもやはりゾンビ化に失敗して「プラント」にさせられました。……しかし、紫蘭さんの場合、寄生そのものがうまくいかなかったのだそうです。

「ウブタマ」も発生したらしいのですが結局、キャリア―と一緒に死を迎えてしまったとのことです」


「やはり……死んでいたのか」


 俺の中で、悲しみが新たな波となってうねるのが感じられた、だが、次の瞬間、俺はあることに思い当たった。


「その……人間になりきれなかった「ウブタマ」は、どうなったんですか?」


「詳しくは知りませんが、サンプルとして研究所に保管されたのではないでしょうか」


 俺はふと、脳裏に一つの映像が蘇るのを意識した。それは、深一郎から「ウブタマ」の検出装置を借用した時に、一緒に渡された「ウブタマ」のサンプルのことだった。


 あの愛しく儚い女の子の姿、あれが永遠に時を止めた、紫蘭の姿だったのだ。


 俺はこみ上げる嗚咽をこらえながら、紫蘭が怪物にならずにすんだ事に感謝した。


「私がお伝えしたかったことは、それだけです。泉下さん、あまりご自分の過去を重くとらえないで下さい。きっと六道も運命を受け入れようとしていたのに違いありません」


 真純は言い終えると、ふと目をそらし、よたよた店内を歩き回って売る隼人を見た。


「命は……どんな形でも輝いてますよね」そう言うと、真純は眩しそうに目を細めた。


「じゃあ、私たちはこれで失礼するわね。お仕事頑張って、めぐちゃん。バーイ」


 ミカと真純がドアの外に姿を消すと、店内は一気に静寂に包まれた。

俺が覚束ない足取りの隼人を、見るともなく眺めていた、その時だった。

 いきなりドアが開け放たれ、小柄な影が店内に入ってきた。


「……ゾンディー」


「おう、来たか。学校から直接、来たんだな」


「……もっと早く」


「ん?」


「もっと早く言って欲しかった」


「何だあ?」


「……そりゃ、大人の男の人だもん、過去に色んなことがあったことぐらい、わかってる。覚悟だってしてた。もしかしたらって……でも、隠されるくらいなら、思い切って打ち明けて欲しかった」


「おい……いったい、何を言ってるんだ?」


「ゾンディー、私、子供の一人や二人いたって全然、構わない。事情があるなら、何も聞かない。……もしそのことでゾンディーが私に遠慮してるんだったら、大丈夫。……私も一緒に、育てるから!」


 涼歌は、興奮し切った表情でまくしたてた。俺はそこでようやく、彼女が考えていることの内容に気づいた。


「おい。ちょっと待て、勘違い……」


「何が勘違いよ。こんなに大きくなって……いつの間にパパになったのよ」


 俺がどう涼歌を宥めようかと思案していると、隼人が珍し気な表情でひょこひょこと俺の足元にやってきた。そして満面の笑みを俺に向けると、たどたどしくこう言い放った。


「オヤジ、オヤジ」


              〈第三十八回に続く〉

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