第31話 第三話「イッツ・ノット・トゥー・レイト」(4)
「よし、じゃあ俺が顎で合図したら、全員、その場にしゃがんでアタッシェケースを開けてくれ。それから、傾けて中の銃器を見せるんだ。一瞬でいい。一瞬だ」
俺は左右一列に並んだキエフの仲間たちに言い放った。こんな指揮官みたいな真似は俺の柄じゃないが、一度きりのお芝居だと思うしかない。
「敵の反応は未知数だが、和佑と丈二がそろってこちらのラインを超えるまで、銃器に敵を近づけるな。二人がこちら側にきたら、全員、車に乗って逃げろ。いいな」
俺が言い終えると、キエフたちは殊勝な面持ちで頷いた。勝算などない。怪しまれて車ごと取り囲まれたら、お陀仏だ。それでも俺たちの間には、絶対に成功させてやるという決意がみなぎっていた。
「じゃあ決行の日時が決まり次第、連絡する。もちろん、辞めたいものは辞めて構わない」
全員が、無言で頷いた。おそらく誰も逃げないのだろうな、と俺は思った。
「泉下さん、ちょっといいですか」
キエフが囁いた。仲間たちが掃けるのを待って、俺たちは向かい合った。人気のない工場は、巨大な舞台装置のようだった。おそらく本番の場所もこれと大差ないに違いない。
「今回の作戦のことですけど、「善乃哉童」をバックアップしてる組織の女幹部が、犬と引き換えに銃器を提供するって言う設定ですよね。現場にその女が来なくていいんすか?」
俺は返答に窮した。「ダイ・ドリーム・カンパニー」の幹部、植草咲夜の登場は、一応、声だけということになっている。声帯模写なら俺でもできるからだ。
……が、ご本人のニセモノをとなると勝手が違う。いくら変身能力で顔の骨格を変えてもこのガタイではまず、女性には見られないだろう。
「取引を持ちかけた本人がその場に現れないと、怪しまれないすか?」
「お前がやってくれるのか?植草咲夜の役を」
「いえ……実は泉下さん、俺、この間の話の後、あるお芝居を見に行ったんです」
「芝居?ライブじゃなくて?」
「ええ。シアター漁火っていう小さな劇場で、「ランプ洞の女主人」っていう一人芝居を見たんです。主演は、その……木内秋帆さんです」
「ああ、そういえば、お芝居をやってるとか言ってたな。……それで?」
「俺、正直アングラ芝居みたいなのって、馬鹿にしてたんすよ。音楽と違ってうまいとか下手とか、わかりにくいじゃないすか。でも、彼女の芝居を見て驚いたんです。一人なのに、何人もの役を完璧に演じ分けてるんです。……で、芝居が終わって会ってみたら、やっぱり普通の女の子なんです。役が取り憑くっていうんですかね、圧倒されました」
「そういうものかもしれないな。うちのバンドだって、演奏が始まったら、冴えないおっさんがやってるとは思えない迫力があるって、よく言われるぜ」
「それで、俺、つい話しちまったんですよね。泉下さんの計画の事を……そしたら、私がその女幹部をやるって言ってきかないんすよ。何度も止めたんすけど、そのうち「ああこれは俺たちと同じだ、本気なんだな」って思って……」
「承諾したのか」
「泉下さん」
いきなり、キエフが膝頭を掴むと、頭を深く下げた。
「泉下さんは女幹部の特徴を知ってるんですよね。秋……木内さんに、教えてやってくれませんか」
「キエフ……それはお前の仲間たち以外にもう一つ、大きな責任をしょい込むってことになるんだぞ」
「わかってます。だから、彼女は……秋帆は、俺が守ります」
ふむ、と俺は小さく唸った。本音を言えば反対だった。だが、キエフが頭を上げた一瞬、俺は奴の顔に男の決意が貼りついているのを見たのだ。
「お前の口から「誰かを守る」なんて聞かされるのは、ひさしぶりだな」
俺が言うと、キエフは意外そうに小首を傾げた。それにしても、こんな展開になるとは。
「いいか、言ったからには命がけで彼女を守れよ。その代わり……」
「その代わり?」
「お前と仲間たちのことは、俺が命に代えても守って見せる。それでチャラだ」
「……はいっ、ありがとうございますっ!」
キエフは今一度、深々と頭を下げた。やれやれ、せっかく用意したシナリオがパアだ。
どうやらこの田舎芝居、俺が思っていたよりずっと贅沢なキャストになりそうだ。
〈第五回に続く〉
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