第51話 最終話「心臓いっぱいの愛を」⑻


「いったい、どこから入った?」


 俺は奴に聞いた。俺と奴との距離は五メートルほどだった。


「その辺の隙間からさ。……まだ生きてたんだな、青山の旦那。会えてうれしいよ」


 安寅あんとらは不敵に言い放つと、ベルトに吊るした長い棒状の物体を取りだした。動物の角に似たそれは、どうやら武器のようだった。


「何の目的で現れた?俺が生きていることを誰かから聞いたのか」


「その辺はまあ、個人的な事情ってやつでね。旦那、悪いがしばしの間、じっとしててもらえませんかね。その頭を持って帰りたいんで」


 俺は絶句した。こいつは「狩人」だ!


「どうしたね、旦那。別に驚くようなことじゃない。あんたが生きていた事に比べればね」


「なぜ「狩人」に?」


「そりゃあ金さ。近頃はビルも一般の家もセキュリティが電子化される一方でね。俺みたいな古株の荒らしにゃあ手が出ないのさ」


 安寅は手にした武器を目の前にかざして見せた。角のような形に曲がった先端部には、鈍く光る刃がはめ込まれていた。


「こいつで旦那の首から上を切り離せばそれだけで当分、楽して暮らせるってもんです」

 

 ――ブーメランか。俺は奴の武器の正体に気づいた。なるほどあれなら「糸鋸」より効率的に頭部を切断できそうだ。



「いきまっせ。三・・・二…」


 いち、の声と同時に、周囲が闇に閉ざされた。しまった、と俺は思った。長年、深夜に窃盗を働いてきて「暗闇の虎」の異名を取る安寅にとって、闇はホームグラウンドだった。


 俺も夜目が気かない方ではないが、慣れるまで少々、時間がかかる。


「どうですかね、この演出は。気に入ってもらえましたかね」


 安寅の勝ち誇ったような声が闇の中にこだました。一応、臭いで奴との距離は測ることができたが、細かい挙動となるとどうしても一呼吸、遅れてしまう。


「では、行きますよ。遺言は言いましたか?」


 安寅の手がしなった。俺は反射的に身を低くした。びゅん、と頭上で風を薙ぐ不吉な音が響いた。次の瞬間、ぱしん、と奴の手に武器が戻った音が聞こえた。俺の背中を冷たい汗が流れた。


「運のいい方ですな。さすが生き返っただけのことはある。でも、どちらにせよこの狭い通路の中では、勝負になりませんぜ」


 安寅が闇の中、じわじわと距離を詰めてくるのが分かった。俺は賭けに出た。さらに身を丸くし、両手で顔を覆ったのだ。


 ゾンビは首を切り離さない限り、身体を攻撃されても致命傷にはならない。おそらく奴は俺がしびれを切らして立ちあがるのを待つはずだ。


「いいですな、その子供みたいな格好。でもいつまでそうしていられますかな」


 安寅が足を止める気配があった。……と、突然、頭上から声が降ってきた。


「旦那、そいつを使ってください」


 俺の耳元を何かが掠めたかと思うと、足元に転がった。俺はしゃがんだ姿勢のまま、咄嗟に落ちてきた物体を拾いあげた。


 ――しめた、小型ライトだ。


 俺は敵の、呼吸音が聞こえるあたりに狙いをつけてライトのスイッチを入れた。


「ぎゃああっ!」


 強い光に目を直撃され、安寅が呻いた。今だ。


 俺は立ちあがると、武器を握っている敵の右手めがけて鞭を放った。鞭はうまい具合に手首に巻き付き、敵が武器を取り落とす音が聞こえた。


 俺は鞭を手繰り寄せると、敵の背中を踏みつけた。暗闇ではとても敵わないが、闇に強いという事は逆に光に免疫がないという事だ。


 俺はポケットから「閃光盾」の入った手袋を取りだすと、左手にはめて敵の顔の前にかざした。


「悪いが、しばらく目が見えなくなる。たまには陽の光も拝んだ方がいいぜ」


 俺はそう言うと、左手を強く握った。爆発的な光が周囲にあふれ、一瞬、何も見えなくなった。


「ぐああああっ、眩しいつ」


 安寅は両目を抑え、転げまわった。俺は暴れまわる敵を強引に抑えつけると、鞭で両手足を拘束した。


「何時何分だかわからないが、逮捕したぜ。あとは「フェニックス」の警備員にお任せだ」


 俺は頭上にいるはずの「ヌケサク鳥」に向かって叫んだ。


「了解しやした。あとはこっち側の人間に任せて、旦那は上に上がってきてください」


 俺は小型ライトをポケットに入れると、フェニックス・ビルへと続く梯子を上り始めた。


                  ※


 「お待ちしていました、泉下さん」


 俺を出迎えたのは、長い髪を横わけにして眼鏡をかけたいかにも有能そうな女性だった。


呉井理沙くれいりさといいます。蘇生管理課で、旧蘇生室長を担当しています」


「なんだい、その「蘇生室」っていうのは」


「そうですね……一般の企業で言うところの「医務室」のようなものです。ただし、旧蘇生室では実際にまだゾンビ化されていないかたを蘇生する、そういったお手伝いもしていたようです」


「ふむ、そいつを知っているのは星野守氏だけってわけか。……そう言えば星野さんは来ないのかい」


 俺が何気に尋ねると、心持ち理沙の眉が険しくなった。


「今回、あなたをお呼びすることを決めたのは私たちの部署です。基本的に会長が直接、関わっていない懸案でお呼びしたお客さまには、お会いしないというのがこちらの原則です。


 もし、あなたと会長が「直接会った」という事実が発生すれば、それは何らかの形でゾンビ社会の話題となる恐れがあります。不要な事実をこしらえないにこしたことはない、そうお考えになっていただくと助かるのですが」


 理沙は淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で、星谷守が現れない理由を語った。俺は無言で肩をすくめた。まあ、仕方ない。向こうは何千人というゾンビを統括する指導者で、こっちは生きようが死のうが大差ない、場末のリサイクル屋だ。


「……で、こんな手の込んだやり方で俺を呼んだわけは?蘇生室とやらに置く中古パソコンでも注文しようってのかい」


「実は、旧蘇生室のコントロールが一週間ほど前からできなくなっているのです。中央制御室のモニター上では使用中止になっているはずなのに、実際には電源が入れられ、コンピューターなどの系統が動いているのです」


「つまり外からコントロールされていると?」


 俺が推測を述べると、理沙はかぶりを振った。


「そうではなく、旧蘇生室の壁の中……電気系統が埋め込まれている空間に「何か」がいるのです。おそらく生命体と思われる何かが」


「なんだって?調べてみたのかい、ねじを回して」


「ねじ?」


「大概の物はねじを緩めて蓋を外せば、中の具合がわかるだろう。見たのかいってことだよ」


「それなら見ました。こちらをご覧ください」


 そういうと、理沙は手にしたパッド型端末に映像を表示させた。画面の中では、職員が点検用と思われる壁面の一部を外している様子が映し出されていた。


「見ていてください、蓋を外した後の穴から現れる「もの」を」


 言われるまま、俺は端末の画面に視線を集中させた。職員が点検用の蓋を外し、中を覗きこもうとした、その時だった。ぴしっという打擲音ちょうちゃくおんとともに、職員がのけぞった。


「あれは……」


 顔をのけぞらせた職員の前に姿をのぞかせていたのは、見覚えのある緑色の触手だった。


「どうですか。泉下さんは、これとよく似た何かをご覧になったことがあるのではないですか」


「……ああ」


 俺は思わず頷いていた。間違いない。「プラント」だ。どうやって入り込んだのかはわからないが「プラント」が今、間違いなくこのビルの中にいるのだ。


             〈第九回に続く〉

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