第46話 最終話「心臓いっぱいの愛を」⑵
案内されたのは、駅ビルの二階にある天ぷら屋だった。
さすがに丼ものにしてくれとは言えなかったが、お任せの季節の天ぷらは気どりはなくとも高級感があり、悪くない選択だった。
「おお、青山君……本当に、紛れもなく生きていたんだね」
上座に通され、気後れしながら待っていると、三つ揃えのスーツを隙なく着こなし他三谷が姿を現した。
「ごぶさたしています」
俺は指をついて頭を深く下げた。警官時代の感覚が、三谷の威圧感を前によみがえってしまったようだった。
「うむ、よかったよかった。十年前は、君の遺影を前にただ詫び続けるしかなかったが、こうして思いもよらぬ贖罪の機会を与えられたことは本当に幸運だった」
「私の身勝手で、連絡を怠っておりました。私の「殉職時」に手を尽くしてくださったみなさんには、本当に謝っても謝り切れません」
「まあまあ。そう固くならないでほしい。……実は君に会う座を設けてもらったのには、わけがあるのだ。……もう一度、公務に就く気はないかね、青山君」
俺は少し間を置き、次にかぶりを振った。
「せっかくのご厚意ですが、今の私は「泉下」を名乗るいわば、別人です。おそらくご期待に添うことはかなわないと思います」
「いや、別人だからこそだよ」
三谷の口調に、それまでとは打って変わった抜け目のなさが混じった。
「こういっては何だが、別人になったからこそ、こうして非公式の一席をもうけたのだ」
「非公式の……ということは、どうやら元の生活安全課に戻れといったような簡単なお話ではなさそうですね」
俺は内心、警戒を強めた。昇進付きで復職、などといったありがちな「ご褒美」を期待していたわけではないが、どうやら思っていた以上に剣呑な再会のようだ。
「わかりやすく言うとそう、異動だ。君にはある種の「特命課」に所属してもらう」
やはりそういうことか。俺はようやく、彼らが俺を探し続けていた理由に気づいた。
「それはつまり「ゾンビ課」のことですね」
「それは内部で横行している通称だ。正しくは「特殊遺体管理部 行動追跡課」という。なるべく適切な表現を心がけてくれたまえ」
ようするにゾンビを見つけ出し、監視する部署であろう。特殊遺体なんて持って回った表現などせず、いっそ「生ける屍」と言ってくれた方がこちらとしてもやりやすいのだが。
「君の現状についてはある程度、調査済みだ。「還人協会」などのこともね」
「警察は「還人協会」と手を組んだのですか」
俺の中にある種の動揺が広がった。星谷守は何十年もかけてゾンビ社会の安定と独立を勝ち取ってきた男だ。容易に警察と手を組むとは考えづらかった。
警察と死者が手を組むことは一見、互いに利があるようにも思えるが、実際には立場が異なる者同士の共闘は腹の探り合いにならざるを得ない。ならば最初から、互いのテリトリーには侵入しないといいう取り決めをしておいた方が無難なのだ。
「いや、残念ながら「協会」からの協力を取りつけることはかなわなかった。それどころか「協会」は、ゾンビ社会の存在そのものを、公には認めないという態度のようだ」
俺は胸をなでおろした。それはそうだろう。
「……だが、共闘はできなくても、互いに極力し合うことは可能だ。公式の復職が無理なら、個別に契約を結ぶという形でもいい。……実は警察の内部にも特殊遺体となった職員が少なからずいることが分かっている。しかし彼らにはある種の「鉄の掟」のようなものがあり、我々の望む任務についてくれる可能性は極めて低いのだ。……そこでだ」
「俺のような不良ゾンビを契約社員としスカウトしよう……ということですか」
「それだけ優秀、ということでもある。君には生者と死者の架け橋になって貰いたいのだ」
「つまり間諜になれ、ということですか。同胞を裏切って警察の犬になれと」
「そう固く考える必要はない。君たちの持つ固有の能力には、様々な生かし方がある、ということだ。潜入捜査や機動部隊、それに海外での極秘捜査など、任務はいくらでもある」
「でも結局のところ、スパイであることに変わりはない」
「青山君。……私には夢があるのだ。それは、生者と死者との間をつなぐ「ゾンビ署」を立ち上げることだ」
「ゾンビ署……ですか」
俺の中で、三谷が何をしようとしているか、おぼろげに掴め始めていた。
つまり、一度死んだ人間に独自の「人権」を与え、その上で生きた兵器にしようというのだ。そのために俺に「生者」と「死者」の取引の専門家になれというわけだ。
奴らにはゾンビ側の事情を知り尽くしていて、なおかつ立場的には生者側についている人間が、ぜひとも必要なのだ。
「残念ですが、お受けすることはできません。私は今の生活が気に入っています。お話をお受けすれば、私は自分にとって大切なものを失うことになります」
「それ以上に大きな権力と地位を得られるとしてもかね」
「ええ。私のささやかな生活には「かりそめの死」も「本当の死」も大して変わりありません。生と死の間のおぼろげな「今日」を、僅かな仲間たちと必死で生きてゆくしかない」
「なるほど、「生」と「死」のどちらにも組せず、どちらからの恩恵も受けないという事か。……まあ、我々としては君の気持ち次第であるという事に変わりはない。君が自分の能力を生かしたくなったら、いつでも話を聞く準備はあるという事だけ、伝えておこう」
「わかりました。私のような者に貴重な時間を割いていただき、申し訳ありません」
「それはこちらの台詞だよ。君だって店に立つ時間が減れば、その分、暮らしがきつくなるだろうからね。……さて、では私も署に戻るとしよう。青山君……いや、今は泉下君だったね。また会える日を楽しみにしているよ」
俺は「はい」と言って三谷と握手を交わした。おそらく今日から、俺は彼の部下の監視下に置かれることになるだろう。牧原幸三が言っていた「最も恐ろしい勢力」とは彼らのことに違いないからだ。
「トゥームス」の玄関前で車を降り、三谷たちを見送った俺は、大きなため息をついた。
――どうして神様ってやつは、知りたくもないことをわざわざ教えにくるのだろうか。
〈第三回に続く〉
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