第27話 第二話「あなたがここに来て欲しい」最終回


 がたがたと、背骨に小刻みな振動が伝わってきた。


 薄目を開けると、車内灯と天井が見えた。ひどく窮屈な状態で、俺は横たわっていた。


「むっ、意識が戻ったか」


 黒く大きな影が、俺の視界に入ってきた。金属の仮面を顔の一部に貼りつけた黒づくめの男――親父だった。


「相変わらず寝つきの悪い小僧だな。少しは周りのことも考えたらどうだ」


 親父は俺の傍らに蹲ると、ぶっきらぼうに言った。どうやら俺は車で、どこかに搬送される最中らしい。


 ――そうだ。……手は?俺の右手は、どうなった?


「親父、俺の手は……」


「心配するな。それをどうにかしてやろうと思って、こうして急いでいるのだ」


 俺は訝った。なぜなら、車内の造りを見る限り、あきらかに病院の救急搬送車ではないと思えるからだ。……それにしても親父がなぜ、ここにいる?


「どうせなら、腕の立つ医者がいい。……平坂っていう外科医の所へ行ってくれ」


 俺が請うと、親父はかぶりを振った。


「いや、平坂君ではこの状態を治すのは無理だ。特殊な技術を持った人間の所でなければ」


 俺は親父が平坂先生を知っていたことに驚きつつ、では一体、どこへ連れていかれるのだろうと訝った。


「……そうだ、和久井さんは?俺に応急処置をしてくれた人はどうなった」


「彼女には、あえて救急車を呼ぶのを控えてもらった。理解のある女性で助かった」


 そういうことだったのか……しかしいきなり目の前にこんな男が現れて、父親と名乗ったらさぞ驚いたに違いない。


「俺の手は……どうなるんだ」


「まだわからん。これからお前を託す連中の腕次第だな」


「いったい、どんな腕利きが待ってるっていうんだ」


「一種の天才だ。……ただし闇の世界のな」


 闇の世界だと?俺の胸に得体のしれない不安が広がった。


「まだ、到着まで少しかかる。おとなしく寝ていろ」


 親父の声には、不思議と俺を落ち着かせる力があった。薄暗い車内で俺の意識は再び、まどろみの底へと沈んで行った。


                ※


「ほう、これはまた、難儀な目に遭った患者を連れて来たものだ」


「久しぶりだな、二人とも」


「ふむ、あんたの身体を少しいじって以来か。まあ暇だからかまわんが」


 頭上で何やら言葉が飛び交っていた。目を開くと、親父ともう一人、別の人物の姿があった。


「……どうやら、お目覚めのようだな」


 もう一人の人物が言った。やたらとひょろ長い身体に、不自然なほど大きな頭部が乗っていた。両目に時計職人のルーペを思わせるごつい眼鏡をかけており、全く表情が読めなかった。


「これからお前の処置をこの人たちに任せる。おとなしく言うことを聞いた方がいいぞ」


 親父が無機的な口調で言った。俺は粗末な施術台の上に乗せられていた。頭上には小ぶりの無影灯が一つ設置され、さして強いとも言えない光を放っていた。


「どうも病院にしちゃあ、若干設備が少なめに見えるが、大丈夫なのか?」


 俺は首を捻じ曲げ、切断された右手を見た。手首から先は白い糊状の物質で固められ、すでに出血は止まっているようだった。


「心配はいらない。私の指はいかなる部位の神経であろうと、正確に繋げることができる」


 キノコ型の宇宙人を思わせる「医師」は自信たっぷりに言い放った。俺は気になっていた点を親父に問いただした。


「ここはいったい、何なんだ?普通の病院じゃないな?」


「たしかに。ここはとある古い拘置所の地下だ。重傷を負ったわけありの人間を「処置」するための設備で、存在自体、一般には知られていない」


「つまり極秘の外科手術専用の施設ってわけか」


「そう捉えてもらって構わない。だからこそ、お前を連れて来たのだ。まさかこんな曰く付きの施設に親子そろって世話になるとは思わなかったがな」


 親父が言うと、宇宙人のような医師は「縁だねえ」と口の両端を吊り上げた。


「この男は「仕立て屋」といって生き物の神経や血管をつなぐ名人だ。これからお前の手首を特殊な装置に接続し、身体のデータを入手した上で人工の手首と合体させるのだ」


「人口の手……要するに義手の事か。俺の「元の手」はどうなった?」


「残念だがもう、この世にはない。お前には思いもよらぬ試練だったろうが、こうなった以上、あきらめて新しい「身体」を受け入れるのだ」


 親父が非情に言い放つと、「仕立て屋」が喉の奥でくっくっと笑った。


「本来の手と人口の手とどこが違うかね?私たちの義手は一級品だ」


「私たち?」


 俺が「仕立て屋」の言葉の微妙な言い回しに気づいた、その時だった。太くひび割れた声が横合いから飛んできた。


「おい、御託を並べてないでさっさと仕事にかかれ。データが来ないことには、こっちも仕事にならん」


 苦言を呈しながら現れたのは、電動車椅子にすっぽりと身体を収めた小柄な男性だった。


「この人は義手造りのエキスパートで通称「傀儡師くぐつし」と呼ばれている」


 親父の紹介を受けた男性は、ふんと鼻を鳴らすと禿げあがった頭頂部をなでた。


「まあ「義手」などという通俗的な呼び方自体、私の能力を過小評価していると思うのだがね。私が造っているのはあくまでも「本物以上」の身体だ」


 捨て台詞のような言葉を放つと「傀儡師」はくるりと背を向けた。


「……さて、では処置を始めるとしようか。悪いが、ご子息にはまたしばしの間、眠ってもらうことにしよう。……いいね?」


                ※


「それでは、自分でその布を取ってみたまえ」


「仕立て屋」が、自信に満ちた声で言った。俺は右手首に被せられた布をそっとめくった。布の下から現れたものを見た瞬間、俺は言葉を失った。俺の右手にくっついていたのは、鈍い輝きを放つ金属性の「義手」だった。


「動かしてみたまえ」


「仕立て屋」に促され、俺は恐る恐る指を開いたり閉じたりした。かすかにモーターの音が聞こえたものの、俺の右手は以前と全く変わらず自然に動いた。


「気に入ったかね」


「ああ。このロボットみたいな外見以外はね」


 俺は正直な感想を口にした。なんだってこんな「いかにも機械」然とした義手にしたのだろう。もう少し「本物」にしか見えない素材だってあるだろうに。


「我々の義手はそれが定番のスタイルなのだ。「本物」よりよほど美しいと思わないかね?」


 思わない、という言葉を呑み下し、俺は新しい自分の手首を眺めた。複雑な気分だった。


「おめでとう、退院だ」


 「仕立て屋」が差し出した手を、俺は自分の物になったばかりの機械の手で握り返した。


          〈第二話 了 第三話に続く〉

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