第52話 最終話「心臓いっぱいの愛を」⑼
理沙に誘導される形で移動したのは「フェニックスビル」の二階にある物品庫だった。
「ここのハッチから床下に出ると、ダクトがあってそれが「旧蘇生室」の壁の裏側に通じています。ダクトは途中で切断されていて、どうやらその下に「生命体」がいるようです」
理沙は物品庫の奥へ俺を連れていくと、床のハッチを指で示した。
「以前、職員がダクトの切断部分まで行ったのですが、手の付けようがない状態と判断し、引き返してきました。……でも泉下さんなら、あるいは」
「俺だってこんな仕事は初めてだよ」
俺は無茶としか言いようのない依頼に一応、苦言を呈して見せた。
「泉下さんは今までにも、初めて戦う相手を倒されてきたのではないですか?」
「向こうが襲いかかってきたら、戦わないわけにはいかないだろう。勝ったのはたまたまだよ」
「では、駆除するのではなく「追い払う」ということでどうでしょうか。過去に「プラント」と接したことのある泉下さんなら怪物の苦手なものがわかるのでは?」
「確かに強い光や電流、火なんかは苦手そうだけどな。……それより「駆除」なんていう表現はやめてくれないか。こいつは、もしかしたら俺の「友達」かもしれないんだ」
「すみません、不適切でした。……では「説得」ではどうでしょう?速やかにここから出て行くよう、説得するのです。知っている方なら、可能なのではありませんか」
俺は唸った。仮に怪物が「大樹」だとして、寄生されてから数週間が経過した今、果たしてまだ人の心は残っているのだろうか?
「わかった。できるかどうかはわからないが、やれるだけのことはやってみるよ」
俺は壁の内部に入ることを承諾した。ハッチを開けると、床下に一メートル四方ほどに太さのダクトが現れた。
中に入り、四つん這いになると前方からノイズに似た音が聞こえてきた。俺は両手足を使ってゆっくりと前に進んだ。
数メートルほど進むと理沙の言葉通り、ダクトが切断されていた。
俺は切り口から外へ顔を出した。するとそこには予想もしない光景があった。
通常、壁面に沿って設置されているはずの電気ケーブルやスイッチ、計器類などがばらばらにはがされ、床の上に無残なゴミの山を形成していたのだ。
さらに、そのゴミの隙間から緑色の触手が何本もあたりをうかがうように出たり入ったりしているのが見えた。
――あれが……大樹なのか?
俺はダクトから身体を出すと、切断面からぶら下がった。そしてうず高く積もった機械の間に、どうにか足場になりそうな空間を見出だすと、思い切って飛び降りた。
着地の瞬間、数本の触手がこちらに向かって警戒するように鎌首をもたげた。
俺は義手の甲の部分にある小さな蓋を開けると、電力供給用のコードを数本、引きちぎった。
拳を強く握ると、全身の体内電流が手首に集まり、コードの先端で火花を散らした。
「ちょっと痛いが、勘弁してくれよ」
俺は手近な触手の一本を握った。途端に触手がびくん、と痙攣したような動きを見せ、機械の間から肉芽を思わせる球状の塊が姿を現した。
見ていると肉芽の表面がうっすらと透明になってゆき、その皮の内側にまるで眠っているかのような人間の顔が覗いた。
――大樹!
俺は肉芽に近づくと、薄緑色の表面に触れた。大樹らしき人物の表情に変化はなかった。
「大樹……目を覚ますんだ。俺と帰ろう。帰って一緒にまた、コーラスの練習をしよう」
俺が呼びかけると一瞬、「大樹」のまぶたが動き、うっすらと瞳が開きかけた。
生きている。そう思った時だった。「大樹」の頭部がぐるんと百八十度後ろを向き、再び肉芽が深い緑色になった。
――大樹、わからないのか、俺だ!
そう叫んだ瞬間、肉芽の表面が一文字に割れ、びっしりと歯の並んだ円口類のような口が現れた。俺が反射的に身体を引くと口の部分だけが長く伸び、俺の右手を飲み込んだ。
俺は義手を強く握った。怪物の口の中で義手が放電し、悲鳴に似た叫び声と共に義手が吐き出された。こうなったら説得は後回しにせざるを得ない。俺は左手の「閃光盾」を肉芽の前にかざし、強く握った。
「ぎええええっ」
白い光が爆発し、怪物が呻いた。俺は万が一、怪物が逃げようとした時にと託された発信器を、ぐったりしている怪物の口に放り込んだ。
俺はおとなしくなった怪物に再度、接近を試みた。が、怪物は俺から逃げようとするかのように、身じろぎを始めた。
やがて触手が一斉に機械の間にするすると引っ込んでゆき、何か大きな物体が足の下を動く気配があった。
――まて、行くな、大樹!
俺は怪物にではなく「大樹」に向かって呼びかけた。緑色の怪物――「プラント」は、ケーブルや機械の下を波打つように移動しながら、驚くほどの速さで壁面のどこかにある穴へと姿を消した。
――追いかけるか?しかし、一体どこまで追いかければいい?
もし「旧蘇生室」の望みが怪物を殺すことであれば、また違ったやりようもあるだろう。しかし、俺の立場から言うと答えは「NO]だった。
俺はできれば大樹を生きたまま、家族やじいちゃんの待つ世界へと帰したいのだ。
※
「おそらく「プラント」は、フェニックス・ビルの機能に満足できなかったのでしょう」
理沙の上司と思われる男性職員が言った。
「ということは「プラント」の次の目標は必然的にフェニックス・ビルよりも規模の大きなインテリジェンス・ビルということになります。この都市でその条件に該当するビルは三、四棟しかありません。
泉下さんが取りつけてくださった発信器は幸い、生きていてシグナルを出し続けています。それによると「プラント」は、N区の方向を目指しているようです」
「N区……」
「ここから先は我々の感知するところではありませんが……泉下さんは引き続き「プラント」の行方を追って「説得」の続きを行うおつもりですか?」
「わからない……今は混乱していて何も答えられない。……ただ、できるのなら「大樹」を連れ戻したい。百パーセント「プラント」と化してしまう前のあいつをね」
「そうですか。……ではご幸運をお祈りしています」
「ありがとう。とりあえずこの「フェニックス・ビル」での俺の役割は終わったと考えていいのかな」
「そうなります……あっ」
ふいに男性職員が手にした端末に目をやった。
「星谷会長から、泉下さんに通話が来ています」
「星谷さんから?」
俺は職員から手渡された端末の画面に目を落とした。画面上には、星谷守の上半身が映っていた。いわゆるテレビ電話という奴だ。
「久しぶりだね、泉下君。今回は我々のために尽力してくれて、感謝の言葉もない」
「まあ、行き掛かり上、といった感じですけどね」
俺はなるべく大仰にならないように短く返した。星谷守に感謝されるゾンビなど、そうはいないに違いない。
「君の「友人」がこの先、どこへ行こうとしているのかは残念ながら、私にも把握できない。……が、その代わりに、一つだけわかっていることがある」
「なんですか?」
「植草咲夜の「ダイ・ドリーム・カンパニー」が最終目標としていることの一つに「ユグドラシル・プロジェクト」という物がある。君の追っている「プラント」はまさにその計画の中心となる存在なのだ」
「ユグドラシル・プロジェクトとは?」
「巨大インテリジェンス・ビルと「プラント」を一体化させ、生命と無機物でできた融合体を作ろうという計画だ。
もし実現すれば、そいつはビルの地下からケーブルの根を広げ、世界中のあらゆる情報を集めることだろう。建物でありながら、そこから動かずに世界を支配する存在――「世界樹」を作ろうというわけだ」
「とんでもなくばかげた妄想だな、そいつは」
「もし君が「プラント」について詳しく知りたいのなら一人だけ、おそらく現在に至る全ての計画のすべてを知り得るであろう人物がいる」
「何者です?」
「
「わかりました。貴重な情報をありがとうございます」
「なに、礼を言うのはこちらの方だよ、泉下君」
ありがとう、というシンプルな言葉と共に、星谷守は画面上から姿を消した。
――ようやく一連の騒動の核心にまでたどり着くことができた。俺はそう思った。
〈第十回に続く〉
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