第2話 第一話 長く呪われた夜(1)
夢の中で俺は、天井を見上げていた。
夢だという自覚があるのは、うんざりするくらい何度も見た夢だからだ。
俺は動かぬ身体を持て余しながら、次に起こることを思い出そうとしていた。
――ここはどこだ?なぜ俺はあおむけに倒れている?
疑問を転がすと、強い吐き気に襲われた。頭が拒否するくらいのことが、これから俺の身に起こるのに違いなかった。
なおも天井を見続けていると、唐突に黒い人影が俺の真上に現れた。見えないはずはないのに、不自然な逆光で人影の姿は黒く塗りつぶされていた。
人影は視界の隅でもぞもぞと身じろぎした。やがて、俺の顔の前に黒く分厚いラバーグローブをはめた手が現れた。掌にあたる部分に無数の金属突起があり、不穏な輝きを放っていた。
――何をする気だ?
言葉にして問うたつもりだったが、実際には口が動いただけに過ぎなかった。
手袋の端からはコードのような物が伸びており、それを見た瞬間、俺は戦慄した。電極だ。
――やめろ!
俺は次に起こる出来事を思い出しつつあった。人影は手袋をはめた両手を、俺の両耳のあたりにあてがった。次の瞬間、凄まじい衝撃が俺の頭蓋骨を揺さぶった。
――ああああああっ!
脳みそが攪拌されているような激しい衝撃に、思考も感情もばらばらに粉砕された。
人影は微動だにせず、俺の頭部を万力のような力で抑え続けた。やがて俺の記憶の深いところにある「何か」が耐えかねて粉々に砕け散るのが感じられた。
――やっ……やめてくれ、〇〇!やめてくれええっ!
自分の叫び声で目を覚ました俺は、ベッドの上で荒い息を吐いた。
体を起こすと、何かが胸から胴の方にずり落ちた。小型のカセットプレーヤーだ。どうやら音楽を聞いているうちに、うたた寝をしてしまったらしい。
プレーヤーを片付けようとして、俺はふと右手の違和感に気づいた。肘から先が自由にならない。ギプスをはめているのだと、すぐに思い出した。
俺は左手でプレーヤーを移動させると、ベッドの端に腰かけた。この部屋には俺の他に四人の人間がいる。ここは総合病院の外科病棟なのだ。
ぼんやりしていると、がらがらとキャスターの回る音が聞こえた。配膳のワゴンが到着したのだ。どうやら食事の時間が近いらしい。やれやれ、変な時間に寝ちまった。
俺は自分の腹をさすっているうちに、あることに気づいた。心臓が、動いていなかった。どうもおかしな夢を見たせいで、鼓動が止まってしまったらしい。俺は胸の「粒子」に呼びかけた。しばらくすると、心臓がゆっくりと「仮の脈」を打ち始め、俺は安堵のため息をついた。
――何せ病院だからな。うっかり「死んで」たりすると、大騒ぎになりかねない。
元々が死者である俺にとって、生者の行為である入院は気苦労の連続だった。
四日前、俺は右手を複雑骨折してこの病院に入院した。診断の結果は全治一か月。
することと言えば寝ているだけだが、油断すると勝手に治ってしまうのでうっかり「完治」しないよう気をつけている。つまり本来なら入院の必要はないのだ。
ではなぜ、わざわざ怪しまれる危険を冒してまで入院したのか。それはこの病院に俺の探している「
俺は病室を見回した。六人部屋だが、ベッドを埋めている患者の数は俺も入れて五人だ。
六つある病床のうち廊下側の一つがなぜか、荷物だけを残してもぬけの殻になっている。
――あのベッドの主が「
俺はそう踏んでいた。主が戻ってきた時が、俺のミッション開始の合図だ。
俺はベッド脇のラックに手を伸ばすと、抽斗を開けた。洗面道具やシェーバーに混じって、黒い金属製のボールペンがあった。一見、ただの文具に見えるが、実はこいつが俺のミッションには不可欠なのだ。
俺は抽斗を閉め、カセットプレーヤーのイヤホンを耳に入れた。「
流れてきた「ハピネス・ザ・ウォームガン」を聞きながら、俺はボールペンが「支給」された時のことを思い返した。ボールペンの正体は注射器だった。ある理由から、俺はここ数日以内に「
俺の気分はどんどん沈んで行った。会ったこともない相手を襲撃するなんて、本来なら殺されても断るところだが、やらなければそれ以上の悲劇が起こってしまうのだ。
――悪く思わないでくれよ。お前さんのためでもあるんだからな。
俺は空のベッドに目を遣った。殺してやりたいほど恨まれるだろうが、やむを得ない。地獄で謝罪するしかないと腹を決め、俺は目を閉じた。
〈第二回に続く〉
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