第21話 第二話「あなたにここに来て欲しい」(8)


「現役時代、お前は小中学生を狙った通り魔の捜査をしていた。その過程で、自警団を組織している福本章介ふくもとしょうすけという人物と知りあった。福本たちの活動が功を奏したのか、ほどなく通り魔と思しき人物が逮捕された。覚えているか」


「いや……情けないが、全く記憶に無い」


「犯人は、小学校の女教師だったんだ。しかもその人物は、福本の娘の親友だった。事件後、福本は心労がたたって寝込んでしまったんだが、お前は捜査に協力してもらった恩もあって、しばしば福本一家の元を訪れていた」


「うーん、そういう人がいたのか、としか言えないな。申し訳ないけど」


「その福本が、殺されたんだ」


「えっ」


「突然、行方をくらました後、山林で首なし死体となって発見されたらしい。お前は捜査本部の人間でもないのに、単独で福本の周辺を調べ始めた。そして、ある人物にたどり着いた。六道智之りくどうともゆき、という人物だ」


「六道……知らないな」


「コンサルティング会社を経営する、当時二十八歳の男性だ。実はこの男にはもう一つの顔があって、裏世界では腕利きの殺し屋として名が知られていた」


「殺し屋……会社の経営者がか」


「そうだ。本人と会ったことのある人物によると、会社経営者は裏の顔だとうそぶいていたそうだ。全く証拠を残さずにターゲットを始末することから、裏社会での評価は高かったらしい」


「ふうむ。で、俺はその人物をどうしたんだ。逮捕にこぎつけたのか」


「いや。そこまではいかなかったようだ。おまえは単独で六道と会い、福本氏との接点らしきものを見つけ出したが、決定的な証拠をつかむには至らなかった。そこでおまえは性急な行動に出た。六道の自供を得るため、罠のような物をしかけて呼び出したんだ」


「俺がそんなことを?」


「あきらかに職務を逸脱した行為で、下手をしたら免職だ。だがおまえはそれをやった。その結果、お前は「殉職」したんだ」


「俺が……死んだ?」


「まあ、今の表現は少々、誇張したものだ。ようするにお前は重傷を負って病院に運ばれ、そのまま離職した。その後、上司からも一切の説明がなされなかったことで、お前の消息は極秘扱いということになった。俺は生きてるんじゃないかと思っていたがな」


「だから驚かなかったのか」


「そういうことだ。だが、それだけじゃない。実は……俺はお前が「殉職」したとき現場を目撃しているんだ」


「本当か?じゃあ、何があったか全て知っているんだな」


 俺が勢い込んで尋ねると、隼人は黙ってかぶりを振った。


「いや、俺が見たのは断片的な光景でしかない。俺が駆けつけた時、お前は無抵抗の六道に銃を向けていた。そしてこう叫んだんだ「死者の国などない、お前は生き続けるけるしかないんだ」とね」


「死者の国……なんのことだ」


「六道はお前に向かってこう言い放った「今、撃ち殺さなければ後悔するぞ」と。そしてお前は撃った。その直後、俺は揉みあいとなり、お前と六道を見失った。俺が次にお前を見たのは、銃声と共に倒れてゆく姿だった」


「俺が撃たれた……誰に?」


「わからん。俺はその後、乱闘で意識を失ってしまったんだ。だから事件がどう収束したか、その後の経過に関しては一切知らない」


「馬鹿な。同僚に生き死にも伝えないなんてこと、あるわけがない」


「それがあったんだよ。首がちぎれかけた状態で搬送されたとか、心肺停止状態から生き返ったとか、いろんな噂がまことしやかに囁かれたが、確かめた者はいなかった」


 俺の脳裏に平坂医師の顔が甦った。ありうるとすれば、何らかの理由で警察内のゾンビ関係者に通報が行き、現場から直接、平坂医師の元に搬送された……ということだろうか。


「実は六道の死体も見つかってはいない。噂ではお前が六道を撃ち殺したことになっているが、そうなると組織ぐるみで事件の全容を隠ぺいしたことになる。だから誰もあの事件に関しては語りたがらないんだ」


「とすると、俺が記憶をなくしたのは容疑者を撃ち殺したから……か?」


「それと、俺にはもう一つ、思い当たる節がある」


「なんだ?」


「六道を追う過程で、お前は奴の妹と知り会いになった。……覚えているか?」


「いや、覚えてないな。妹だって?」


「ああ。紫蘭しらんという名で、当時二十二歳だった。幼い頃から病弱で、ほとんど家の外で生活したことがないという娘だったらしい。……で、ここからは俺の想像になるが、お前はその娘とかなり親しかったのではないかと思う。


 お前が「殉職」する少し前に、お前と紫蘭が一緒に歩いているのを見た人間がいる。お前は紫蘭のためにも、何とかして六胴を自首させたかったが、話がこじれて結局、対決する羽目になってしまった」


「事件後、その紫蘭っていう娘はどうなったんだ」


「わからん。生き死にも含めてな。もともと病弱だったというし、最悪の場合、すでにこの世の人間ではないかもしれない」


「そうだったのか……」


「これも噂だが、お前が六道を撃った真の理由は、お前の目の前で奴が実の妹を殺害したからだとも言われている。お前は怒りに任せ、発作的に奴を射殺してしまったのだと」


「つまり俺は、その妹のことを……」


「俺にはわからんが、愛していたのかもしれないな」


 俺は焼酎を呷ると。カウンターに突っ伏した。全く覚えてもいない女のために人を殺した……隼人の言う通り、「生前」のことなど聞きたがるべきではなかったのかもしれない。


            〈第九話に続く〉

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