第20話 第二話「あなたがここに来てほしい」(7)



牧原杏那まきはらあんな。牧原興産の会長、牧原幸三の養女だ」


 隼人はジャガイモのビール煮をつつきながら言った。駐車場での一件は、不良グループと一般客の揉め事という、俺たちが目撃した内容とはかけ離れた形で処理された。


「あの年で不良グループと行動を共にするってのは、何か理由があるんだろう」


「ああ。そもそもは、不良グループ「善乃哉童」のリーダー、神楽偉かぐらだいが何かのイベントで迷子になった彼女の相手をしたことから始まったらしい」


「そのエピソードと、今回の車両泥棒との関わりとでは、随分と飛躍があるぜ」


「わかってる。警察官の俺がこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、杏那には、その……不思議な能力があって、駐車中の車両のドアロックを道具を使わずに解錠したり、エンジンをかけたりとさまざまなことができるらしい」


 俺は頷いた。その能力なら、はっきりと目の当たりにしている。


「その力を偉は悪事に利用したいと考えたんだな」


「そうだ。安那は持病のような物を抱えていて、たまたま偉といる時に発作が起こったらしい。その際、偉に介抱されて状態が良くなったことから、杏那は偉の事を魔法使いと思うようになった」


「それはまた……あの年にしてはずいぶんと幼稚すぎやしないか?彼女の方がよほど「魔法使い」だと思うが」


「そこが偉の巧みなところさ。奴は某大学の法学部卒で、ディベートの天才らしい。それだけの知能がありながら、不良グループを率いることしかできないってところが残念だがな」


「お兄さんたちは悪いことをしているわけじゃない、そう言われて信じちまったわけだ」


「そうだ。杏那は元々、精神年齢が実年齢より低く、コミュニケーションに難がある。そこを偉のグループに付け込まれたらしい」


「父親は気が気じゃないだろうな。……しかし牧原幸三と言えば、もうかなりの歳じゃないか。安那の年からすると娘というよりは孫に近いんじゃないか?」


 俺は下世話な興味を口にした。牧原興産と言えば、不動産や観光を主な事業とする地元の有力企業で、幸三の趣味で造られた果樹庭園なども有名だった。


「実は杏那の以前の養い親が、火災で亡くなったんだ。たまたま付き合いがあった幸三夫妻が、子供がいなかったこともあって身元を引き受けたそうだ」


「彼女の「能力」は生まれつきの物なんだろうか。幸三は「能力」の事を知っているのか?」


 俺の脳裏に、一瞬、ミントグリーンに輝いた杏那の髪と瞳が甦った。あの現象は「プラント」に寄生された人間の物によく似ていた。あの得体のしれない連中が駐車場に姿を現したのも、安那の身柄を狙っての行動だったのだろうか。


「おそらく、父親は知っているだろう。だからこそ、身を案じていたはずなんだが……」


「そんな心配をよそに自分から偉の元に行ってしまったという事か」


 俺は溜息をついた。隼人の表情にもやりきれなさが滲んでいた。


「……なあ、あそこに現れた連中に、心当たりはあるのか?」


 俺が尋ねると、隼人はかぶりを振った。何かを隠している風ではなかった。


「さっぱりわからない。いわゆる不良ではない、もっと危険な集団のようではあるがな」


 その意見には俺も同意せざるを得なかった。「道化師」が自分たちより危険だと言っていたくらいだ。およそ碌でもない奴らに違いなかった。


「お前が現役なら、正体を探ろうととことん食らいついていたかもな」


 隼人がからかうように言った。現役当時の記憶はないが、自分の性格からしてあり得ると思った。


「そもそも、俺が警官を辞職する羽目になった事件だが……残念ながら記憶をなくしちまってて、断片すら思い出せないんだ。嫌でなければ、当時の事を教えてくれないか」


 俺は思い切って隼人に尋ねた。こういう機会でもなければ聞くことはできないだろう。


「知りたいのか。楽しい話じゃないぞ」


 隼人の目が険しくなった。俺はその目をまっすぐ見返した。


「わかってる。お前にとっても思い出したい記憶じゃないと思う。ただ、十年も経って、今だに過去の呪縛にとらわれている事に、どこかでけりをつけたい気持ちもあるんだ」


「……わかった。そこまで言うなら、話すよ。俺の知っている範囲の出来事でいいんだな」


「ああ、構わない。……それにしても、なぜ誰も俺に過去の話をしなかったんだろうな」


「それは親父さんが、自分の睨みが利く関係者に「本人には言うな」と釘を刺したからさ」


「親父が……」俺は絶句した。そもそも親父は俺の上司ではないし、息子は息子、自分は自分と割り切っている人間だ。その親父にしてはあまりに「らしくない」行動だった。


「まあ、そういうことだ。……ええと、そもそも事件のきっかけは……なんだったかな」


 隼人は焼酎を一口すすると、視線を宙にさまよわせた。記憶を遡っているのだろう。


 俺は「過去」が目の前にさらされることに、滅多に味わうことのない恐怖を覚えていた。


              〈第八話に続く〉

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