第八話 学園


 どうしよう……。


 ほんのついさっきまで、魔法もまだ使えないぼくより天才の兄の方が主人公の可能性が高いと思っていた。

 でもこんな魔法適性を見てしまえば、話は変わってくる。


 今のぼくを客観的に表すと、こうだ。



 ――四属性の魔法を使いこなす天才の兄(CV石影 明)を持つ、全ての魔法適性が最低値だが光の魔法の適性だけはずば抜けた弟。



(めっっっっっっちゃ、主人公っぽい!!)


 こいつが主人公じゃなければ誰が主人公なんだよと言いたくなるくらい主人公っぽい。

 兄がCV石影 明なところなんて特に!


(いいや、落ち着け! 落ち着くんだぼく!)


 そんな風に期待して裏切られたから、ぼくは今こんなミリしらな世界にやってきているんだ。

 実は「光S」の適性だってめずらしくもなんともないのかもしれない。


 ぼくはまず、情報を集めることに決めた。



 ※ ※ ※



「めずらしいな。アルマが自分からここに来るなんて」


 ということでやってきたのが、執務室。

 そして執務室の椅子に腰かける、若々しくも迫力のある貴族の男性。



 ――レオハルト公爵家当主、〈レイモンド・レオハルト〉。



 それが、ぼくの父さんだ。


 あ、ちなみに母さんの名前はルシール。

 レオハルト家、ラ行多過ぎ問題だ。


「それで、聞きたいことってなんなんだい?」


 ぼくが父さんに会いに来たのは、魔法について質問をするため。

 ただ、いきなり「光魔法の適性Sってめずらしいの?」なんて聞いてもポカンとされるだけだろう。


 話の運び方は、考える必要があった。


「え、っと、ぼくに本当に魔法の才能があるのか、心配になって……」


 まず、魔法の適性は普通どうやって知るものなのかすら、ぼくには分からない。

 とりあえず様子見の言葉を投げかけてみる。


「大丈夫。お前たちは私たちの自慢の息子だ。何があっても、決して手放したりなんてしないさ」


 父さんはそう言い切って、似合わない仕種でドンと胸を叩いてみせるが、


(父さん! それ完全にぼくが魔法使えない前提で話してるよ!!)


 息子的には大幅な減点!

 アルマくんの繊細なハートに30のダメージだ!


「ぼくにどんな魔法が合ってるのか、道具とかで分かったりしないの?」


 そう尋ねると、父さんはちょっと困ったような顔をした。


「残念だが、そういうものはないんだ。ただ、魔法を練習しているうちに、自然と自分が得意な属性が分かってくるさ」


 父さんもそうだったからね、と言ってくれたが、目が泳いでいる。

 あ、これぼくに才能あるって絶対信じてないな。


 それならもう少し突っ込んで話しても大丈夫だろう。


「じゃあ、ぼくもすごい魔法の才能があるかもしれないんだね! ほら、光とか闇と――」





「――アルマ」





 静かな、声だった。


 決して声を張り上げた訳ではないし、怒気が含まれていた訳でもない。

 でも、その声で確実に空気が変わった。


「よく、聞きなさい」


 顔をあげる。

 正面から見た父の姿は、いつもとはまるで違っていた。


「……ぁ」


 その姿からにじむのは、圧倒的な威厳と風格。

 いつもの優しい父でも、余裕のある大人でもない、〈レイモンド・レオハルト〉という一人の「貴族」がそこにはいた。


 優しく穏やかな口調のままで、けれどそこに不動の意志を載せて、父は話す。


「闇は、かつて魔王が使っていたとされる属性で、光は伝説に語られる英雄が使ったとされる属性だ。冗談であっても、軽々しく『使える』なんて言ってはいけないよ」


 諭すように話す父さんの言葉に、ぼくはキツツキのようにうんうんとうなずくしかなかった。


「……ただ、そうだね」


 父さんはそこで、ふっと圧を弱めた。


「勉強を始めるなら早い方がいい。アルマもそろそろ決めなければいけない時期かもしれないね」

「決める?」


 そういえば、兄さんにも似たようなことを言われたような……。


「魔物の脅威から民を守ることこそが貴族の役割であり、矜持だ。だから帝国の貴族は、十五歳になると学園に、〈帝立第一英雄学園〉に通う『義務』が生じる」


 英雄学園……。

 たびたび聞いた名前だけど、きちんと話を聞いたのは初めてだ。


 なんとなく大変そうな場所だというイメージはあったけど、十五歳というのが遠すぎて、あまり真剣に聞いてはいなかった。

 というか……。


「それまでは、学校に行かないの?」

「ん? ああ、市井のものは、小さいうちから学校に通うことはあるみたいだね。しかし、帝国貴族は英雄学園に通うため、十五歳まで自領で鍛錬を積むことが多い」


 なんだそれは、と思ったが、すぐにこれが「ゲーム設定」だと気付く。


 まあ、ほら、あれだ。

 やっぱりゲームの主人公となると高校生くらいの年代が多いし、実際の貴族とかがどうなのかは知らないが、ずっと学校で知り合いでした、よりは十五歳でいきなり初対面をやった方がストーリー的には劇的だしね。


「それに、〈精霊の儀〉は十五歳にならないと受けられない。だから本格的な教練は、それ以降の方がいいんだよ」


 と、父さん!?

 ここに来て新しい用語をぶっこむのはやめて!!

 収拾がつかなくなるから!


「とにかく、だ。英雄学園は実力主義で、実際に魔物や人と刃を交えることもある。生半可な実力で挑めば、卒業が出来ないどころか、命を落とすことさえあるんだ」


 ごくり、とつばを飲んだ。

 現代日本人の感覚とは、あまりにもかけ離れすぎていた。


「が、学園に通わなかったら、どうなるの?」


 ぼくがこわごわと尋ねると、父さんはちょっと表情を緩めた。


「別に、命を取られるという訳じゃないさ。ただ、学園を卒業しなければ貴族の位を相続することは出来ないし、国の要職につくことも出来ない」

「そ、そうなんだ、よかった」


 徴兵制とかそういうものではないみたいで、ちょっと安心。

 かなり殺伐とはしてるけれど、学歴の延長ではあるのかもしれない。


「……ただ、入学するなら、アルマはレイヴァン以上の覚悟をしないといけないかもしれないね」


 父さんの言葉に、また背筋がびりびりと震える。

 ジェットコースターじゃないんだから、そうやって上げ下げしてぼくの心をもてあそぶのはやめてほしい。


「アルマの学年は、異常なんだ」

「いじょう……」


 もう聞きたくない。

 そう思っても、父さんの言葉は止まらなかった。


「剣聖や将軍、魔法公に宰相。そして……皇帝陛下。アルマと同じ年に、この国の重要人物の子供が集合しているんだよ」


 父さんの言葉を聞いて、ぼくはついに天を仰いだ。

 ここまで条件がそろえば、いくらぼくでも否定はしきれない。



 ――主人公は、兄さんじゃなくて、ぼくだ。



 執務室の天井に、ドンマイ、と手を振る兄さんの幻影が見える。

 ゆっくりと息を吐きだして、ぼくは父さんに向き直った。


「……父さん」


 そして、ぼくは……。



「――やっぱりぼく、魔法はいいかな」



 ゲーム本編からどうやって逃げるかを、すでに考え始めていたのだった。


―――――――――――――――――――――

逃げ腰アルマくん!

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