ミリしら転生ゲーマー ~1ミリも知らないゲームの世界に転生したけど全力で原作を守護ります~
ウスバー
第一部
プロローグ
「――あなたが転生者に選ばれました? なんだこれ?」
薄暗い部屋の中、ぼんやりと光るPC画面に映ったあからさまに胡散臭いメールのタイトルに、俺は思わず眉をしかめた。
(いやスパムにしたってひどすぎだろ。いくらアニメとかゲームで転生モノが流行ってるからって、こんなん引っかかる奴いんのかよ)
ダメ元なんだろうが、流石にアホすぎる。
呆れ半分でため息をつき、そのままメールを迷惑メールフォルダに送ろうとして、その手がふと止まった。
「理想の世界製作委員会? ……あー」
よくよく見ると、そのメールの差出人の欄に書かれた団体名に、見覚えがあった。
脳の端っこにかろうじて引っかかる記憶を、何とか手繰り寄せる。
(そういや前にそんなアンケートに答えた……ような?)
その時は酒が入っていたのでもうよく思い出せないが、「皆さんの理想の世界を教えてください」とかいう怪しいアンケートを見つけて、面白半分で記入をした覚えがある。
確か、「自分はいくつもの世界を創ってるすごい偉い神様だが、マンネリ打破のためにフィクションの世界を再現したくなったから理想の世界を教えて」みたいなめちゃくちゃな内容のアンケートだったはずだ。
(神様名乗ってる割に、文体がよくあるネットアンケートのテンプレ感満載で笑っちゃったんだよな)
まあ要するに、神様からのアンケートというロールプレイで行われる、フィクション作品の人気調査なんだろう。
あまりにもバカらしい設定だと思ったが、バカさ加減もそこまで突き抜けられると嫌悪感も湧いてこなかった。
すっかり楽しくなってしまった当時の俺は、「必ずしも得票数が多い世界が創造されるとは限りません」「アンケートに答えた時点で転生に同意したとみなします」みたいなやたらと凝った注意事項を全部すっ飛ばして、酒の勢いもあって「アンケートに協力する」のボタンを秒で選択したんだ。
(……少しずつ思い出してきたぞ)
そこから、某男性俳優のホームページ並みの早さで出てきた入力フォームは意外としっかりとしていて、項目は「理想の世界」「なりたい人物」の二つ。
作品タイトルについては自分で入力して投票も出来るほか、過去に誰かが投票した作品が選択肢に追加される仕組みになっていて、そこから選ぶことも出来る、なんていう仕組みだった。
なんとなしに選択肢を眺めて、そこにある有名無名の映画やドラマ、小説にアニメの中に、昔やり込んだゲームのタイトルを見つけてしまって、つい魔が差してその魅力をアンケートフォームに書き込んで送信してしまったのが確か一ヶ月ほど前。
それから特に連絡も発表もなかったし、俺の中ではすっかり終わったものになっていたのだが……。
(転生者、ねぇ?)
確か、もっとも心動かされるアンケートを書いた人には特別に、「創った世界への転生権」をプレゼントするとかいうトンデモ設定だったはずだ。
流石にそんなもの用意出来ないだろうから、これも九十九パーセント詐欺か、よくても転生に無理矢理こじつけた粗品か何かだろうが……。
「んー。……まいっか」
迷った末に、俺は好奇心に負けてメールを開封した。
(ま、ウィルスチェックはしたし、なんかの詐欺でも怪しいリンク踏まなきゃ平気だろ)
そんな楽観的な考えのもと、最近利きの悪くなったマウスを動かして問題のメールを表示させる。
……いや、そうして予防線を張りつつ、心のどこかでは「本当に転生出来たら」なんて思っていたことも否定は出来ない。
だって、俺がアンケートに書いたゲーム〈フォースランドストーリー〉は本当に最高のゲームで、最高の世界だったから。
――〈フォースランドストーリー〉はいわゆるギャルゲー、つまりは恋愛要素のあるRPGだ。
世界観は剣と魔法のよくあるファンタジー世界で、ゲームシステムにもシナリオにも特に尖った特徴などはない。
だが、ギャルゲから真面目な戦略SLGまで幅広く手掛ける老舗会社が全力で作っただけはあって、とにかく完成度が凄まじかった。
作り込まれた世界観、バランスが取れていながらもやりごたえのある戦闘と探索。
さらにストーリーとキャラクターが本当に秀逸で、盛り上がりや起伏に富んでいるのに話の展開やキャラの言動に不自然なところがなく、何よりキャラクターたちがそこに「生きて」いた。
俺が一番思い入れを持っていたのは主人公のアル(デフォルトネーム)だが、ヒロイン、脇役、敵役含めどのキャラも最高で、ゲームをクリアした頃には全てのキャラクターを好きになってしまっていた。
そのゲームに、いや、その「世界」にすっかり魅了された俺は、大した分岐もないゲームなのに本編を十周はして、実績のコンプリートはもちろん、全キャラの全てのサブイベントを見て、あらゆる台詞差分や小ネタまで全て空で言えるほどに網羅した。
誰にも誇れるものじゃないが、正直〈フォースランドストーリー〉の知識量については世界一なんじゃないかと思う。
(ま、とはいえ、転生なんてバカな話、それこそある訳ないけどな)
第一、突然別の世界に転生します、なんて言われてもそりゃ困る。
正直この世界に大した未練なんてないが、そうは言っても仕事に穴が空いたら困る奴はいるし、突然行方不明になったら家族だって心配するだろう。
大人になると、しがらみというのは多くなるものなのだ。
そんな諦念とほんのわずかな期待と共に、俺はメールを開いた。
おめでとうございます!
あなたの推薦した「理想の世界」が創造され、あなたがその世界への「転生者」に選ばれました!
すでに転生については同意が済んでいますので、このメールの開封と同時に自動的に転生術式が開始されます。
術式が完成する五分後までにメールの内容に目を通すことをお勧めします。
その文面を目にした瞬間に、「それ」は始まった。
「……え?」
一人暮らしの部屋に突如現れた「それ」は、空中に描き出された魔法陣だった。
まるでホログラムのように、俺の身体から数十センチのところに光で作られた魔法陣が浮かび上がり、まるで生きているようにクルクルと回転している。
思わず部屋を見回すが、こんなことが出来るような機械なんて当然うちにはない。
それでも何かしらのトリックかもしれないとおそるおそる空中の魔法陣に手を伸ばすと、「パチン」という小さな音とわずかな痛みと共に手が弾かれた。
「……ま、ほう?」
口から、かすれた声が漏れる。
少なくとも俺には、こんな一瞬で何もない空中にホログラムを、それも「実体のある」ホログラムを描き出す技術になんて、心当たりはなかった。
まさに、「魔法」としか言いようのない、不可思議な現象。
(まさか、マジ……なのか?)
心臓の鼓動が、速くなる。
まるで、誰も知らない秘密を覗き見てしまったような、恐怖と興奮がないまぜになった感覚に、指先が震える。
震える指を無理矢理に動かして、俺はメールをスクロールした。
【転生のルール】
・アンケートで答えていただいた「理想の世界」の「なりたい人物」に転生します
・転生が行われた瞬間、今の世界の記録や記憶からあなたの存在は抹消され、初めからいなかったことになります
・転生前の記憶や人格は転生後もそのまま保持されます
あまりにも信じがたいその内容。
だが、目の前、ほんの数十センチのところで回転する魔法陣の光が、悪戯や悪ふざけの可能性を奪い去る。
(この世界から存在が抹消、って、マジかよ)
だからこそ、そこに書かれた文章の重みに、心が震える。
だが、それでも……。
(――俺は、本当にあのゲームの世界に行けるのか!?)
この状況でまず感じたのは、圧倒的な期待と高揚だった。
我ながら、薄情な奴だとは思う。
これまでの生きてきた人生の全てが無に帰そうとしているのに喜ぶのは間違っていると、理性は言う。
――それでも俺は、あの世界に、〈フォースランドストーリー〉の世界に行きたかった。
リリサに、ミューラに、ナナイに、メルティーユ。
アッシュ、ギガロ、マイト、ディスティア、コロネ、フルミア。
払暁のサン、粉塵のヨー、宵闇のレクス、終焉のニルム。
宿屋のおっちゃん、デッドエンドサイトー、ティーカップ仮面マスクマン、ジーザス乳谷……。
画面越しに長い時を過ごしたヒロインたちが、サブキャラたちが、敵キャラたちが、ネタキャラたちが、俺の記憶の中でまざまざと蘇る。
何年が過ぎても俺の脳裏に色褪せずに残る〈フォースランドストーリー〉の珠玉のキャラクターたち。
彼らと会って話をすることを、共に戦うことを、時には恋することを妄想した。
しないはずがなかった!
何度も夢に見たそれが、実現するかもしれない。
そんな状況で、興奮するなというのが無理な話だ。
(いや、そもそも……)
これを作ったのが本当に神だと言うのなら、俺みたいに全てをなげうってでも行きたい世界がある人間だけにアンケートを送りつけていたとしても不思議じゃない。
実際、俺の頭の中にはこの世界から抹消される悲嘆なんてもはや欠片もない。
それよりも、自分が〈フォースランドストーリー〉の世界に行ったら何をするかという妄想で頭がいっぱいだった。
(……落ち着け、落ち着け)
妄想だったら、転生してからでもいくらでも出来る。
それよりも今しか見られないであろう、このメールに向き合うべきだ。
【ゲームへの転生の場合のルール】
・基本的にはゲームのシナリオの通りのことが起きますが、あなたがゲームと違う行動を取れば歴史が変わる可能性があります
・戦闘におけるターン制や不自然な通行不能エリアなど、ゲーム的過ぎる要素は変更されていることがあります
・難易度選択があるゲームの場合は、そのゲームにおける標準の難易度(「ノーマル」や「普通」など)を元に世界が作られます
・要望多数により自分の成長の限界|(いわゆるカンスト)は撤廃しましたので、好きなだけ強くなることが可能です
・ゲーム時のプレイ感覚を保持するため、ゲームプレイ時に表示されていたUIやメニューなどは転生してもある程度使用可能です
・セーブ・ロードに類するもの、ゲームオーバー時のリトライなどはなくなっているので、やり直しは出来ません
・転生後の世界やあなたにこちらから干渉したり監視したりすることはありませんので、自由に楽しんでください
(至れり尽くせりじゃないか!)
ゲームと同じようにメニューが使えるのは本当にありがたいし、成長限界の撤廃も嬉しい。
〈フォースランドストーリー〉のレベル上限は99まであり、普通にゲームを進めているだけではほぼ到達することはない。
ただ、クリア後の隠しダンジョンでは敵もグッと強く、経験値も多くなるため、裏ボス撃破時にはレベル99になっていたというプレイヤーも少なくない。
むしろ、レベル上げ厨だった俺にはカンストが早すぎて物足りなくなったくらいだった。
でも、「この世界」でならレベル100を超えられるかもしれない。
(最高だ! 最高じゃないか!)
興奮が冷めやらぬまま、俺はメールの続きを読んで、
「……あ、れ?」
その一行を目にした瞬間に、その熱狂は一瞬で鎮火した。
では、〈フォールランドストーリー〉の世界で理想の人生を!
「……誤字、か?」
俺がやり込み、そして愛したあのゲームの名前は〈フォー「ス」ランドストーリー〉だ。
間違っても、〈フォー「ル」ランドストーリー〉なんかじゃ……。
(……いや、待てよ)
一ヶ月前と言えばちょうどマウスの調子が悪くなってきていた頃だ。
あの時の俺は酔っていたし、手が滑って一個ズレた項目を選んだとしたら……。
――ゲームの名前を、間違って入力したかもしれない。
最悪の想像に、ゾワリと背筋が寒くなる。
(ど、どうしよう。どうすれば……!)
最高が、一瞬にして最悪へと変わる。
血の気の引いた顔で、俺は打開策を考えようともう一度パソコンに向き直り、
「……え?」
だがそこで、最悪は積み重なった。
「ひ、光、が……」
時間切れを告げるように、俺の横を回っていた魔法陣の光が急速に強くなったのだ。
俺は慌ててパソコンにかじりつき、死に物狂いで転生をなかったことにしようとする。
「ま、間違いなんだ! へ、変更! キャンセル! BBBBBBBBB!!」
だが、錯乱する俺に一切の容赦をすることなく、魔法陣は輝きを強め、
「ま、待っ――」
部屋中を白く染めるほどの光が、俺の意識を一瞬で世界から消し飛ばしたのだった。
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