第二話 俺って誰だよ(哲学)


 HPゲージを見た衝撃でぼくはまた気を失って、起きた時にはもう夕方になっていた。


 めちゃくちゃ気遣ってくれる家族や使用人の人たちに心配ないと必死に元気アピールをして、夜になる頃にようやく一人の時間が取れたけれども、ぼくの胸にはいまだにあのHPゲージショックが根付いていた。


 いや、むしろお前よくHPMPゲージに違和感覚えずにこれまで生きてこれたなと今までの自分に言ってやりたいが、まあ生まれた時から見えてたからね。

 もう慣れてしまったというか、最初からあって当たり前のもんだろ、ってなってしまうのだ。


 これで99.9%、ゲームの世界に転生したのは間違いないとは思ったものの、それでもぼくはあきらめきれなかった。


 そう、まだワンチャン、ワンチャンくらいならあるかもしれない。

 ゲームだっていうならメニュー画面が出るとかしないと……なんて考えてたら目の前にメニュー画面が出たので、ぼくは完全に抵抗をやめた。


(うん。やっぱこの世界ゲームだよね)


「アルマ」として「ぼく」の記憶をたどってみると、使われている言葉は思いっきり日本語で、見た目バリッバリの西洋人さんがネイティブ日本語で話しているという謎の状況だ。

 おまけにゲームの定番である「魔法」や「モンスター」もしっかりとあるっぽい。


 これはもう決まりだろう。


 そうなると、一番の問題は……。


 部屋の隅、鏡の前に立つ。

 そうして鏡の向こう、ぼくと全く同じ姿勢を取って、ぼくと同じようにこちらをにらみつけ……ているようでいて、いまひとつ迫力のない顔を、じっと見つめ返す。



「――俺は、誰なんだ?」



 鏡の自分に、そう問いかける。


 ……ぼく、いや俺だって、前世では異世界転生モノと言われる作品をほどほどにたしなんできた。

 ゲームへの転生モノはよくあるジャンルだったが、どのキャラクターに転生するかでその展開は百八十度変わる。


 一番オーソドックスな「主人公転生」から、特に名前のないキャラに転生する「モブ転生」。

 それから最初だけは無双出来てもすぐに役立たずになってしまう序盤の救済キャラとかに転生する「脇役転生」や、現在割と主流になりつつある、作中の嫌われ者に転生する「悪役転生」。


 それぞれがそれぞれで、物語が始まってからの流れが違う。


(……うー、ん)


〈フォースランドストーリー〉の主人公、アル(デフォルトネーム)。

 黒髪で眼つきの鋭いやせぎすの少年で、孤児として生きていた時についていた二つ名、鴉を意味する「クロウ」という異名から、物語後半で「クロフォード」という苗字をもらって「アル・クロフォード」を名乗るようになる(攻略wikiより)。


 名前変更は可能だが、選択肢によってキャラが変わるプレイヤーの分身タイプの主人公ではなく、きちんとキャラが立っていて要所要所できっちりフルボイスでしゃべるタイプの主人公で、好みは分かれるだろうがこれが俺には刺さった。


 また、アルが凡百の主人公と違うのは、彼は近ごろよくいるチート主人公やら、生まれつき特別な運命を背負った主人公ではなく、純然たる努力型のキャラクターだったこと。


 もちろん主人公が実は勇者の血筋だと判明して……なんてのはよくある展開だし〈フォースランドストーリー〉にもその要素はあったけれど、それはアルの本質とは無関係。


 実際、アルは本編開始時の十五歳の時、学園では魔法が使えない落ちこぼれという扱いだった。

 しかしそこからたゆまぬ努力と真摯な姿勢で難題を解決して仲間を増やし、最後までとってつけたような覚醒イベントや神様の干渉など全くなしに、最終的には世界を支配する魔王を倒すという偉業を成し遂げた。


 特に五周目くらいに達成したアルの魔王単騎撃破ルートでは、俺は数えきれないほど泣いた。

 いや、難易度自体は正直周回前提でもきついというあたおかレベルだったけれど、アルの出自を含めて全ての要素が芸術的にピタリとハマっていて、「ああ、全てはこの時のためにあったんだ」「アルだからこそ、魔王を倒すことが出来たんだな」と素直に腑に落ちる、控えめに言って最高のゲーム体験になった。


 逆境を、勇気と根性で覆す。

 彼こそが俺にとっての最高のキャラクターであり、最高のゲーム主人公なのだ!



 というのが、アンケートにも書いた俺が「なりたい人物」の、「アル」の特徴なんだけど……。



 ――絶っっっ対、違うよね!



 まず髪の色が黒ではなくて金色だし、鷹を思わせる鋭い眼つき、なんてのも欠片も感じない。

 太っているという訳ではないが、おいしい食事といい生活環境でぬくぬくと育ったため痩せていることも全くなく、顔のパーツ自体は整っていてイケメンと言えばイケメンなんだけど、どことなく間が抜けたぽわんとした顔つきは、もう鷹とか鴉とは対極にあるとすら言える。


(……それに、俺、貴族だよなぁ)


 六歳なのであんまり意識しなかったが、住んでる屋敷の時点でもはや平民じゃないし、厳しい孤児スタートでゲームが始まったアルとはこれも対極にあると言える。


 いや、地球のガチ貴族だったら六歳ともなれば社交界がーとか礼儀作法がーとかあるのかもしれないが、所詮ゲームのなんちゃって貴族。

 割と伸び伸びとやらせてもらってるんだ。


 それに、何より……。


(名前からして、もう違うんだよねぇ)


 今世での俺の名前は、〈アルマ・レオハルト〉。

 元の世界の名前である〈有馬 悠斗〉とニアピンしているのはともかく、〈アル・クロフォード〉とは似ても似つかない。


 いやまあ、愛称として「アル」って呼ばれることはあるし、そりゃこのゲームで「アル」に転生させてくれってなったらぼくになるのは分かるんだけど、でも……。



(いやほんと、誰なんだよ君は)



 鏡に向かって、もう一回問いかける。


 鏡の中の自分はその問いに答えることはなく、ちょっと困ったような顔で首を傾げていたのだった。

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