第六十八話 魔法の指輪
――それからは、父さん無双だったんだよなぁ。
僕は指輪を手に入れた顛末を思い返し、こっそりと笑みをこぼした。
買うべき指輪に当たりをつけた僕は、その時のスポンサー様である父さんにすぐさま購入の許可を求めた。
しかし、事情を聞いた父さんは、
「アルマ。君が装備のエンチャントを見抜けることは、家族以外に誰にも話してはいけないよ」
と僕を諭すと、颯爽と露店の店主との交渉に赴いてしまった。
露店の男の人は、僕がここの領主である公爵様の息子だと知った時は、遠目でも分かるほどに顔色が青くなっていたけれど、無理もない。
露店をやっていた冒険者にとっては「子供相手にグレーな商売をしているところを、その子供の親でもある領主様に見られていた」とかもう悪夢以外の何物でもないシチュエーションだったと思うけれど、そこからが父さんの本領発揮だった。
父さんは、勝手に露店を開いていることをやんわりと注意した後で、「息子が商品を気に入っていたようだし、飯の種を無慈悲に取り上げるのも忍びない。ここにある指輪全てを一括して十万ゴールドで買い取ろう」と持ちかけたのだ。
それを聞いた冒険者は地獄から天国。
涙を流さんばかりに喜んで、父さんに何度も感謝しながら即座に指輪を全て譲り渡した。
……まあ、それはそうだろう。
もちろん一個二千ゴールドのぼったくり価格で全ての指輪が売れれば総額十万ゴールドくらいは超えるだろうが、現実的じゃない。
むしろ大したお咎めもなく、明らかに店に持ち込むよりは高い値段で全ての指輪が捌けたのだから、店主としては万々歳。
一方で父さんの方はと言えば、そもそも百五十万ゴールドもする指輪をポンと買おうとしていたのだ。
十万ゴールド程度で懐が痛むはずもなく、むしろ百五十万の指輪を遥かに上回る価値のものをたったの十万ゴールドで大量に手に入れられたのだから、丸儲けもいいところ。
まさにお互いウィンウィンの取引だったと言えるだろう。
オマケに「僕が特定の指輪を買った」のではなく、「貴族が善意で売り物を全て買い取った」という形に収めることで、僕がエンチャント効果を見抜けるという痕跡も消してみせた。
この辺りの手腕は、流石は大貴族という感じだろうか。
そのあとも、父さんに頼んで「エンチャントの研究のため」という名目でエンチャント装備の買い取り窓口を設置してもらったりして、僕はエンチャントのついた装備を収集し、ついには目当ての指輪を揃えることが出来たのだけど……。
「――ま、待ってほしい! 〈エレメンタルマスター〉製造機、って……」
その辺りの詳細は、ファーリさんにとってはどうでもいいことだろう。
突然の言葉に動揺している彼女を落ち着かせるように、僕は口を開いた。
「その指輪には特別な効果があって、兄さんも同じものを使って訓練してたんだよ」
「あの、〈エレメンタルマスター〉が……」
呆然とつぶやく。
友達がいないと自認する彼女が知っているくらいだから、やっぱり兄さんは魔法の世界では相当に有名人なんだろう。
……じゃあここに来るまで、兄さんの噂一つ聞いたことがなかった僕って一体、という話にもなってくるけれど、今は蓋をしておく。
「な、なら、これはレオハルト公爵家の秘宝?」
「……まあ、そうかな」
一応それは父さんが買ってくれたものだし、僕の家族くらいしか今のところ知らないし、嘘ではないだろう、たぶん。
何より、「僕が見つけてきた」なんて話になったら面倒だし、きっとそういうことにした方が都合がいい。
「あ、だから、この指輪のことは、誰にも……」
「ぜ、絶対に言わない!」
一応口止めもしとこうかなと思ったら食い気味で反応されて、ちょっとビビる。
「そ、そう? ま、まあどうせなら前みたいに裸にでも誓っ――」
「命を懸ける!」
「へぁ!?」
覚悟ガンギマリ過ぎてて怖い。
い、いや、家の秘術とかもしかするとそういうものなのかもしれないけど、僕の第十三階位魔法の時とあまりにも温度差がありすぎる。
別に僕としては世間に公表したって構わないくらいの気持ちだから、そこまで思い切られるとむしろこっちの方が困ってしまう。
「そ、そこまではしなくていいよ。父さんも、僕が話したいと思ったら話していい、って言ってたし」
「ん。なら、命は懸けない。でも、魔法使いの誇りに賭けて誓う」
なんで譲歩されたそっちが不服そうなのか。
そんな謎の一幕を繰り広げたあと、ようやく効果発表タイムだ。
「そ、それで、この指輪にはどんな効果が? も、も、もしかして、魔法の素質が上がるとか……」
ソワソワと何度も何度も指輪を触りながら、ファーリさんが尋ねる。
期待と不安がせめぎ合って落ち着かないようだけど、その姿には先ほどまでの悲愴感はない。
「やっぱり魔法が好きなんだな」と微笑ましく思いながら、種明かしをする。
「その指輪は一見二つとも違うものだけど、二つには同じ効果がついていてね。なんと、その指輪を嵌めていると、魔法に消費する魔力が少なくて済むんだよ」
「!? た、試してみる!」
止める間もなかった。
言うが早いか、ファーリさんは練習場の方に駆け出して、
「――〈ウォーターボール〉」
慣れた様子で、水の第六階位魔法を唱えた。
魔法は無事に発動して、的を打つ。
ただ……。
「確かに、少しだけ魔力の消費は減った気がする。……けど、このくらい、じゃ」
その結果はとても満足いくようなものではなかったようで、ファーリさんはそこまで口にしたきり、気落ちしたように肩を落としてしまった。
最後の希望が絶たれたかのような、あまりにも消沈した表情。
けれど、僕はその微笑ましい勘違いに笑ってしまった。
「ああ、違うって。いや、確かにそういう効果もなくはないけど、もっと有効な使い方があるんだ」
確かに第六階位魔法なんて使えば、そう思ってしまっても無理はない。
だけど、その指輪の真価はそんなところにはないのだ。
「……どういう、こと?」
ファーリさんの、縋るような視線が僕の目を捉える。
その期待を裏切らないように、僕はあえて自信のある態度を装った。
「簡単に言うとさ。その指輪をつけてると――」
そして、僕は意外とそそっかしいファーリさんが勘違いする余地のないように、端的に告げる。
「――初級魔法が、無限に使えるようになるんだよ」
その言葉に、ファーリさんは思わず「えっ?」と驚きの声を漏らして、そして数秒後、
「…………………………えっ!?!?」
何か信じられないものを見るような目で僕を見て、もう一度驚きの声を発したのだった。
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驚きのダブルアタック!
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